08





ここ数日のもちこさんの様子は確かに変だった。軽口も減ったし、ぼうっとしていることが多い。隣の部屋故に聞こえてしまうものは仕方がないのだが、毎日記録するように言われたボイスレコーダーはしっかりつけているようではある。
心配になって、2人の部屋の中間に取り付けられた薄い扉をノックしようと近づいた時の事だった。

「・・・眠るのがこわい」

ポツリ、そう呟いてボイスレコーダーを切る音が聞こえた。

眠れないのか?
何故
いつから?


もちこさんと言葉をかわすようになってから、短い時間ではあるが歌を聞くようになってからと言うもの、自分が戦場でヴァール化しかけた時のことを夢に見ることも少なくなった。
まさか彼女は悪夢に魘されるから眠ることを拒否しているのか?
歌に力が宿る程に、体力は削られ、精神は消耗されてしまうと聞いた。
それに加えて心まで削られ、すり減らされていると言うのか

「もちこさん、すいません入っても構いませんか?」
「・・・・メッサー君」
中に入ると薄暗い部屋の中、窓際に設置されたベッドでうずくまるもちこさんの姿。
目を凝らしてよく見るとその目には隈がうっすらとできている。
「・・・眠れて・・ないんですか?」
光を写していない虚ろな目がノロノロとこちらを捉えた

ぽろり
その瞳から一雫の雨が溢れ、頬をつう、と伝うのが見えた。

「夢を、見てしまうんです。私のいた時代の夢・・私、歌を歌ったら急にいろんなことを考えちゃって、お、思い出しちゃって・・・目がさめるとすごく、疲れる」

どうしようもなく、帰りたい。さみしい。つらい。こわい、何もしたくない、・・帰りたい。このまま、このまま眠っていたい。起きたくない。眠りたくない。起きたらどうせ、また一人ぼっち。寝たくない。夢を見たくない。どうせさめる夢なら、見たくない。
1人になりたくない・・さみしい。さみしい
どうして、どうして・・・

そう繰り返し呟くもちこさんはもう限界なんじゃないかと思えた

そうだ
この女性はここで働く職員のように自ら戦場へ来たのではない。
ここの人よりもはるかに弱く、小さなただの人間なんだと思い出した。

自分のように身寄りが居ないわけではない。
会えないだけで、存在している。
それなのに会うことは叶わない。
その事実が何より彼女を苦しめるのか。

そっと彼女に手を伸ばし、その手を握る
恐ろしいほどその手は冷え切っていて、もういく日も血が通っていないのではと思うほどだった


女性の部屋、ましてやベッドに近づくのは少し躊躇われたが、こんな状態の彼女を放っておく方が良くないと自分に言い聞かせた
放っておけないと、
放っておきたくないと思った

少し落ち着いたのか握った手のひらは熱を持ち始め、涙も止まったようだった

「・・・明日から少しの間実験を中止してもらうように頼んでおきます。誰か人を呼びましょうか?誰か、女性の方を」
扉の方を向き、手を離そうとすると、握っていた手が強張り、ぎゅっと俺の手を握る力が増した。

もちこさんの目が見開き、瞳がゆらゆらと揺らめいている
その瞳には不安と孤独が滲んで見えた


「いや・・・・1人にしないで、置いていかないで、」

かすれる声が、より彼女を哀れに思わせる

「・・・はい」

この弱い女性が心配でたまらなくなる
不安と寂しさと恐怖で揺れる瞳も、放っておけなくさせる
子供のように涙し、震える肩を安心させてあげたい

「・・・眠ってください。手は握ったままでいます」

彼女のおかげでまた空へ戻ることができた
恩人を守るための翼を得た
ならば自分は彼女のために何ができるのだろう

手を繋いで体温を分け合うことで、しばしの休息を、安堵を与えられるなら

「目が覚めたら、居なくなってない?」

「大丈夫ですよ。目がさめる時も手を握っています
約束します」


そう言い終わる前にもちこさんはすうっと寝息を立て眠ったようだった





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