ホーセズネックを飲み干して



私には密かな夢があった。



明日が来るのが怖い
今日が最後かもしれない
今日が何月何日で、何曜日かなんて全く関係のない世界。
彼らは日々刀を振るい血にまみれ、私の指示に従いよく戦った。
辛かった。早く終わって欲しかった。
刀達もゆっくりさせてやりたかった。自由にさせてやりたかった。
それが叶わないまま突然私の生は終わってしまったのだけれど。

覚えている。突然の本丸奇襲。私の胸に敵の槍が刺さって、私は死んだのだ。私を呼ぶ声が聞こえる。
かけるつけた私の初期刀の歌仙が膝をつき、涙を流す姿が霞んで見えた。ああ、どうしよう。もう何も見えない。声も出ない。暗い。寒い。歌仙が見えない。みんなが見えない。敵の恐ろしい足音も、声も聞こえなくなって、駆けつけてくれたみんなの声が聞こえた気がする。怪我はないだろうか。誰も折れてないだろうか。そんな。さよならも言えないだなんて。





握りしめた主の手がどんどん熱を失っていく。ああ、悲しいとは、苦しくて悔しいとはこういうことなのか。自身の身体が汗を吹き出し、どんどん冷えていくのがわかる。こんなところで人間の体は正直だ。歌仙と、もうその口で呼ばれることはないのか。
「君は、死んでしまうのかい・・?僕は、せめて君を守って折れたかったが、、その前に君が命を燃やし終えてしまうなんて。

・・・死にゆく君は、とても美しいね。美しい人間だった。願わくば、僕も、僕もどうか、、ぼくを連れて行っては、くれないのかい?」
問いかけたところで。君の唇は動かないのだろう。
君の目蓋は開かれないのだろう。

どうして僕は君と一緒に死んでゆくことができないのだろう。
なんとも、刀の身はこうも切ないものなのだろう。
せめて、主の傍に。今この時だけでも。1番近くにいたい。
いつか君と一緒に人生を語らいたい。
いつか君と一緒に年を取ってみたい。
いつか、いつか、、







晴れ晴れとした空の下、桜の花が舞う。
新しい制服に身を包んだ生徒達が門をくぐる。真新しい服、カバン、靴。

どうやら私は、前世の記憶を持ったまま生まれてきたようだった。
今世は平和を絵に描いたような緩やかで毎日が心踊る世界だった
私は今年で高校1年生になる

新しいクラスの指定された席に座る。教室の中はまだ人が少なく、全席が埋まるまではあと1時間はかかるかもしれない。
カバンを机に引っ掛けてそわそわしていると、何やら賑やかな声が扉の外から聞こえて来る。

「ちょっとーやっぱり早すぎたんじゃん。もう少し髪セットしたかった!」
「うるさいなブス。早く行こうって急かしたのお前じゃんか」
「君達、やめないか雅じゃない!!」
「ぎゃー」「いったーーー」

心が震えた気がした。
時が、息が止まって、空気も止まったんじゃないかというくらい。
これは。この声は。


教室に騒々しく入ってきた彼らは、揃って大きく目を見開いた。大きな瞳がふるふると震えたように思う。

自分の目からも熱いものがわっと飛びたした瞬間、
「あ、あ、あるじだよね?俺だよ、清光。お、覚えてるの?」
「うっううやすさだだよ、おぼ、覚えてくれてるかなぁ?」
ボロボロと涙を流す清光と安定。以前の姿より少し幼い見た目と幾分か短い髪。
その後ろには、、顔を真っ赤に染めて、涙を静かに流す歌仙の姿があった。
口をパクパクさせて、ようやく絞り出すように歌仙が口を開く。
「会いたかった!信じられない・・・また会えるだなんてっ」

びっくりしたのと、嬉しさとが胸いっぱいに広がってうまく言葉が出ない。
うん、うん、と頷くことしかできなくて、先生が教室に入って来るまで4人で抱きしめあい、涙を流した。
止まったはずのものが動き出した気がした。



「まさかあるじ、じゃなかったもちこが同級生で同じクラスだなんてびっくりしたなぁ」
「ほんとだよ!清光と歌仙と会えただけでも奇跡だと思ったのに!」
「私もびっくりしたよ!久しぶりだね。本当に嬉しい」
全然かわってない2人が懐かしくてつい、クスクスと笑ってしまう。
「僕もまさか君とこんな形で再会できるなんて夢のようだよ。君の初期刀として時をかけた時のことも覚えていられることも喜ばしいことだ。」

「えへへ、私も嬉しい。ずっとね、夢だったの。こんな風におしゃべりして、明日したい楽しい事を考えるの。ふふっ嬉しくて舞い上がっちゃうね」

キョトンとした3人の顔がふわりと笑顔を纏う

「そうだねもちこ。
君と同じ世界で、主従もない対等な立場で、君と生きて行けるだなんてこんな幸せなことはないよ。ねぇもちこ。明日は何して過ごすんだい?」

僕の名前は歌仙兼定。風流を愛する文系名刀だった。
これからは君の友人さ。どうぞよろしく


一緒に生きて、一緒に死んで行ける人生。
胸に広がるこの幸福をなんと名付けようか。


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