オブシディアンを指でなぞって3
無様にも、得体の知れない2人組みに手も足も出ず、瓦礫に埋もれるという醜態を晒してしまったわけだが。
どうやら命はあるらしい。
気がつくと病院のベッドの上ではあったのだが。
それにしても不思議な夢を見た気がする。
ホワイトタイガーに助けられたと思ったら、ヘルサレムズ・ロッドに似つかわしくないあの不思議な少女に助けられる夢だ。
もう一つ不思議なのは、骨は砕け、身はえぐられ、壁に叩きつけられた事で全身くまなく傷だらけだったはずだと言うのにそれが一つも見当たらない。
この身に残るのは芯まで冷え切るようなそんな何かだけだ
「ああ、起きられたんですね。蛙チョコ食べてください。ああ、ダメですよ。ちゃんと捕まえていないと。逃げちゃう」
静かだった部屋に突如声が降りかかった
起き上がって声のする方を見ると、何もなかったはずの場所にあの少女が立っていた。
驚いて声も出ない
そんな事も気にしない、と言ったように彼女は手を差し出して言った。
逃げる?
はい、と両の手で蓋をするように差し出された彼女の白い手を見る
少し黄色いなとは思うが、アジアンの割には白いその手は、歳の割に日に焼けておらず、不健康そうだ。手から腕、身体へとたどって見て見ても自分の倒せなかった相手を吹き飛ばしたとはとても思えない。
「?ほらはやく。身体がガタガタ言ってますよ。見ていてとっても寒そう。はやく食べた方がいいですよ。それと、ホットココア。これがよく効くんです。」
いつのまにか寂しげだったサイドテーブルには湯気の立つ甘い匂いを漂わせたココアが佇んでいる。いつもは飲む気もしない甘ったるいキッズドリンクも凍えた体にはとても魅力的だった。
はやくはやくと急かされて受け取った「蛙チョコ」は信じられない事に手の中を本物の蛙のように動き周り、しまいには窓から逃げて行ってしまったではないか。
ドン引きしていると、渡した当の本人は「はやく食べないから逃げちゃったじゃないですか」と大層不機嫌だ
失礼してココアを飲み干すと、あんなにも冷え切った体はいつもの調子を取り戻したようだった。
「君、僕にゲテモノを食わせる気なのか。あんなもの食うなんて君は魔女かトロールなのかい?」
身体がガチガチだったのが嘘のように指の先まで温度を思い出したように落ち着き始めた。
ほっとしたところでふと思う。
この女、なんてもんを食わす気だったんだ
僕のよく知るチョコとはあんなに機敏な動きはしない。
彼女はキョトンとしてパチパチとまつ毛をはためかした後、手をぱちぱちと叩きこう言った
「すごい!そんなことまでわかるんですね!でも半分、正解。さっきのは正真正銘のチョコレートです」
「私は実は魔女なんです。もちこ・御手洗。こちらに逃げ込んだ数名の魔法使いを捕縛するために魔法省から来ました。貴方はライブラのスティーブン・アラン・スターフェイズさんですね。貴方の負傷により、正式に要請を受けライブラにお世話になる事になりました。よろしくお願いしますね。」
ふふ、2、3ヶ月の休暇が終わったと思ったら早速またヘルサレムズ・ロッドで一緒にお仕事なんて縁がありますね
とクスクス笑う彼女は一体何者なのだ
いや、今名乗っていたが、いやいやいや、もはや何一つ分からない。
嫌味のつもりで混ぜ込んだ言葉が褒められ、ぽかんとしてしまう。
今の俺はさぞかし滑稽な顔を晒しているのかと思うと、泣きそうなほどだ。
やっと柔らかくほぐれた身体はぐでん、と重くのしかかる不可解に押しつぶされ、ため息が一つ、こぼれ落ちた。
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「ぎゃー!!なんつーもん掴んでんですかあんたは!」
ライブラの本部、いつものオフィスでの本日のBGMはレオナルドの雄叫びだった
我がライブラのメンバーは出勤時間が割とまちまちであり、朝から見る顔触れも決まっているようで決まっていない。
朝というには遅すぎて、昼というには早すぎる時間、ガチャリと開いた扉のすぐそばで何やらまな板と包丁でガタガタやっている魔女こと、ミスもちこに向かって盛大に反応したのが彼だった。
俺やクラウスが恐ろしくて触れられずにいた事に突っ込めるのはもはや彼かザップくらいだろう。
貧弱そうな割にレオナルドの神経はやや太めだ
俺は彼女の手に握られている真っ二つになったワームを見ないようにしているというのに。
「ええ〜じゃあレオ君がやってくれます?このフロバーワームをこう、ぎゅぎゅーっと絞って粘液をこの小瓶にぼとぼとーっと」
「んなキモい事無理っすよ!てかもちこさんそんなものなんに使うんですか・・・怪しいです。怪しすぎますよ」
「え?魔法薬学やらないの?こんなのここじゃまだ怪しいうちに入らないって聞きましたけど。いやあ・・懐かしいなぁ学生の頃は嫌だったなぁ〜芋虫すり潰したりネズミの腸とかカエルの脳みそとかみじん切りにするの。」
「うそだろ」
ほんとだよ。まったくもって絶句しているレオナルドに賛同する。
ここヘルサレムズ・ロッドでもそんな気味の悪い事はそうそうしない。
ティーンの時に日常的にそんな事をするなんて気が狂いそうだ。結局グロテスクな作業をやらされている少年を横目に今朝方届いた報告書や請求書、依頼書の山を片付けていく。
ごちゃ混ぜになった紙の束を振り分ける作業に入った時、手に持ったずっしりとしたそれが突如重さを失った
「なっ」
ふわりと浮いた何百枚という紙が空中でトランプゲームのようにずらりと並んだかと思うと、僕の目の前にものすごい早さで3つに振り分けられていく
「振り分けるだけなら私がやりましょう」
にこりと小瓶を片手に、まるで指揮者か何かのように棒切れを振り回す彼女を見て、その場にいた全員が言葉を失ったのはいうまでもない。
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私的勝手な妄想上、番頭は悪態を吐く時は俺、それ以外は僕って言ってそうだなって事で一人称バラバラです。
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