キース/かな様
(もしウィンダミアスタートだったらの設定で王宮で働いている時に縁談が持ち上がったら。ifのifです。※ヒロインがアルブヘイムではなくウィンダミア スタートだったらを読んでいただいてから推奨)
「え゛っ、わた、わたしに縁談、ですか・・・?」
本日も実にお日柄の良い、と言ってもここウィンダミアは雪が多くてほとんど曇天な訳だが、それでも陽がささないわけではない。
この大きなお城の中にある陛下専用と思われる緑豊かな中庭のテラスでお茶をお運びしていた時、にっこりと私の腕を握り、いや、袖を握りしめて逃さないようにしているのが正しいのだろうが、ここは麗しき王子様であらせられるので、腕に手を添えて、が正解だろう。
ハインツ様が天使のような微笑みを浮かべ、言い放ったのは、こんな下級の侍女に言うような事ではない話だった。
脳内の解説にさえ突っ込み補足をしてしまう私、仕事に集中しろ・・・
しかも、しかもそれが、あのウィンダミアの誇る空中騎士団のお一人のボーグ・コンファールトというお方らしい。私にはそんな方と会う機会もないのでどんな方なのかも想像もできない。
というか覚えてない。どれだ。
どれでもいいが、いかんせん私は地球人なので結婚してしまうわけには行かない。
しかし悲しきかな日本人の血ゆえに権力者にはノーと言えないよね。
お世話になってる方に頭が上がらないのよほんとに。
というわけで黙っていたらついにやって来ましたお見合いの日。
お見合いとは名ばかりの、顔合わせ式の打ち合わせである。
身売りかな?
私は身1つでこのお城に奉公に来たわけで、服なんてメイド服しかないのでございまする
なので当然メイド服でスタンバイしているのでございます
「うぅ、胃が痛い・・・ボーグ様ってあのボーグ様なのよね・・・」
ピンと伸ばしきった背筋とは裏腹に胃はキリキリと痛むし、なんだか頭痛もして来た。
他の侍女たちに聞いたところどうやらボーグ様という方は地球人がこの世の何よりも憎く、今とても活動的だというワルキューレというアイドルを毛嫌いしてるとか。
もうあかんやん
うっ
やばい、考えただけで全然良い夫婦生活が思い描けない。地獄しか見えない。
ここ意外と権力主義だから私なんて牢獄で一生過ごすんじゃね?
いや、無くなるよね。普通に考えてこんな下の下の身元不明の女引き取らないよ。
しかもここ30歳が平均寿命なんだよね・・・?それでもって13とか14で嫁に行くのよね?
ないない。
20過ぎてたらもうおばさんじゃん。
ないない。
あ、そう考えたら気が楽になって来た。胃もちょっとリラックスして来た気がする・・・
この前ハインツ様と食べた美味しいアップルパイの事でも考えよ・・
「おいそこのお前」
ス、と目を閉じてアツアツだったアップルパイの湯気まで想像したところで突然声が降りかかって来た。
そう。降りかかって来た。
目を開くとものすごい近くに美しい顔があった
光を受けて金に輝く髪の毛
白くシミひとつない肌
威圧的で鋭そうな目にはまるでサファイアの宝石をはめ込んだかのような、澄み渡る空がそこにあった。
「・・綺麗・・・」
「・・・」
ついうっかり見つめてしまっていたけれど、おやおや?
ボーグ、様なのか?
話を聞いた侍女によると惚れ惚れとした様子で、「赤く美しい長髪」「大きな瞳」「少しやんちゃだが凛々しく勇敢」「最年少の15歳」どれにも当てはまらない。唯一一致していることといえば空中騎士団のお一人だろうということだけだ。
・・・・・・・イメチェン?
失礼なことを口走りそうになったので黙っていると、近かった距離がさらに近づき、ついには頭の上に影が落ちた
形のいい眉がピクリと動き、目がすぅと細められる。
「・・・ボーグ・コンファールト、か。期待を裏切るようで悪いが、お前の事はこのキース・エアロ・ウィンダミアが娶る運びとなった。異存は?」
「え、あっ・・・えぇ?」
「異存はないかと、聞いている」
異存、とは
反対の意見や不服な気持ち
あると言えばある
だって、初対面だ。
これじゃあもう、まるで、話を合わせたかのような、打ち合わせでもしたかのような、そんな話じゃないか。
私とあなたは顔見知りでも知り合いでも幼馴染でもない。
しかしどんな疑問が頭を渦巻こうが悲しいかな私は一般庶民で目の前の美丈夫はこのお国の空中騎士団様なのである。誰がどう見ても頷くしかなかったのはいうまでもない。
ぎこちなく頷くと、「では決まりだ。手を出せ」といわれ、これまたぎこちなく右手を持ち上げる。
なんだろう
首輪ならぬ手鎖的な?
いや、奴隷じゃあるまいしな。そんな漫画みたいな事ないか。
この国の決まりは知らないけど、まさか指でもバッサリ行くとかじゃないよな。うわ、怖い怖すぎる。うーん・・・ありそうだな。
一瞬でも恐ろしい想像から逃げるためにぎゅっと目を瞑る。
なかなか何も起こらないのでそろりと片目を開き、恐る恐るキース様をみると、そこには怪訝そうな顔をしたキース様・・・・おおお何故なの、何故だというの・・・
「お前は・・・阿呆か・・」
キース様の手が緩やかに伸び、身体は随分と近くにあるというのにやけに時間をかけて私の差し出した手とは別の手を掴んだ。
「・・・手を出せと言われたらこっちだろう」
え?・・・・え?・・・そうなの?
ウィンダミア では手を出せっていわれたら左手を出す決まりあったの?言ってよ!言ってよ誰か!
手が解放された時には、指に何か冷たいものが当たる
おいおい私は左手とおさらばなのかい
そう思ったのも束の間
手をみると、水仕事で荒れてしまった手にはもったいない程の美しい指輪が左手の薬指に納まっていた
あまりにも綺麗で、驚くほどだ。
指にピタリと寄り添う冷たいリングは、空から降る光に反射して美しく輝いている。
いつまでも見ていたいほどのそれにしばらく惚けていると、ピリリと走る静電気のように突然気がついた。自分の手にそれがあることに、左手の、薬指にくっついている事の意味に。
「え、あ、き、きーす様」
口がもつれて思ったように声が出ない。考えていることがついうっかり口から転げ出るのはしょっちゅうだが、こうも蹴つまずいているのは初めてだ。
「なんだ」
キョトンとしたお顔はあまりにも先程の凛とした表情とは似ても似つかず、少し彼を幼くさせている。ああ、そうではなくて
この給仕や水仕事であかぎれやささくれでいっぱいになった手から美しい指輪を外し、キース様の男性であるというのにしなやかで美しい手を取り手のひらにそれを収める。
「・・・・ダメか」
掌にポツンと置かれた指輪がきらきらと揺れる。
それを寂しげに見つめる彼もまた、とても美しい。
「い、いえ・・・そうではなく、・・・私は卑しい身分で、・・拾われて・・雇われている、身分です」
自分で言っていて悲しくなる。
そうなのだ。
今まで考えることもなかった身分の差というものがこの国でガツンと私に拳を振り上げ容赦なく殴りつけてくるのだ。たった数ヶ月、たった数年、されど数日だ。
ちゃんとした出身地も言えず、拾われて雇われてやっと人としての生活をしている。
それがもう身にしみているのだ。
キース様はどのようなお方なのか、年も知らないが、空中騎士団に所属なされているとってもお偉いお方だ。
そんな方が私なんて娶って何になる。
薬にも毒にもならない女を買って何になるというのか。不思議で仕方ない。
長い沈黙の後、口を開いたのはキース様だった。
「・・・では、お前の雇い主から買おう」
「・・へ?」
何を言ってるんだこの人は
うっかり口から飛び出しそうになった言葉をやっとの思いで飲み込む
「お前が選択することを拒むのならば俺がその選択肢を摘み取るまで。お前はそのまま何も考えず俺に買われるがいい」
「は!?」
ついうっかり出てしまった不敬な言葉はチラリと目配せされるだけで終わったが、何とまぁ、乱暴な方法を取るものなのかと目が飛び出すところだった。
「ではお前の雇い主のところに行くか」
そう言って私の手を引っ張りずんずん歩いて行くこの人は一体何者なのだろう。
私の腕を握る力の優しさに、消して使う言葉ほど乱暴な方ではないのだと、そう感じた。
数日後、私の雇い主であるハインツ様に聞くと、実はハインツ様の異母兄弟であり、兄上様であるという事が判明した。とっても驚いたし、余計に肩身が狭くなった気がする。
「僕の姉様になるのだな。」
そう輝かんばかりの笑顔で言われてしまうと、もう私からいう言葉なんてなにも無くなってしまった。
一体私の夫となる方は歳は幾つで、今どんな生活をしていて、好きなものは何なのか、嫌いなものは何なのか。
聞くことが多すぎて目が回りそうだ。
それでも、あの輝く金の髪に隠れた美しいお方の優しげな顔を思い出すと、ほんの少し、ほんの少しだけ楽しみな気持ちが湧いて出てくる。そんな気がした。
それから数ヶ月後、私のお相手がボーグ様からキース様に変わった訳が実は一目惚れであっただなんてハインツ様の口からうっかりこぼれ落ちてしまうのはまた別のお話。
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これにて以前のリクエストでの別次元:人さらい型キースの夢が叶いました。
別世界のキースだけど幸せハッピーなら良いよね・・・
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