02

どっぷりと日も落ち、外は暗くなった。私は太宰の隣で乱歩さんにあげるはずだったお菓子を食べる。面倒な事に巻き込まれてしまった。今日は見たいテレビがあったのに。もう終わってしまっただろうな、と溜息が溢れた。


「…本当にここに現れるんですか?」


敦君の問いに答えたのは太宰である。「心配いらない」そう言いながら、相変わらず趣味の悪い本を読んでいる。読者も読者なら、著者も著者だ。しかし太宰の自殺への愛も今に始まった事では無いから、慣れてしまった自分がいる。


「虎が現れても私の敵じゃないよ。こう見えても『武装探偵社』の一隅だ」
「…じゃあ、何で私がここにいるの」
「もしも、の為さ」


太宰に限って"もしも"がある訳が無いことぐらい、私が一番知っている。それに今回の人喰い虎だって、私でなく太宰の領分だ。太宰だって、私の出番が無いことくらい分かってる癖に。太宰を見れば「何か?」と言いたげな表情をして私を見た。


「はは、凄いですね。自信のある人は」


敦君から投げ出された声は、か細く、消えてしまいそうだった。彼の口からでてくる境遇は、同情したくなる話、正にそれであった。膝に顔を埋める姿を見て心が痛む。

「こんな奴がどこで野垂れ死んだって――」小さく発せられる言葉に私も投げ掛けようとすると、それは太宰の手によって静止させられた。太宰の目は、それは冷たく冷え込んでいた。


「さて、そろそろかな」


太宰の言葉で、私は開いた窓越しに空を見た。真っ黒なキャンパスに、蛍光塗料で描いたような満月が一つ光輝いている。ガタン!と大きな物音が響くと、敦君が必要以上に驚く。

「きっと奴ですよ!太宰さん、苗字さん!」そう言った敦君の声には焦りと恐怖が混じっていた。しかし、太宰はそれに対して冷静に対処する。私は太宰の隣で、静かに二人のやり取りを見聞きする。


「ひ、人喰い虎だ…。僕を喰いに来たんだ」
「敦君、落ち着いて」
「座りたまえよ、敦君。虎はあんな処から来ない」
「ど、どうして判るんです!」


敦君の額からは汗が流れていた。これは恐らく恐怖から来るものだ。慌てふためく敦君を他所に、太宰は読んでいた本を閉じた。「そもそも変なんだよ、敦君」太宰のその声に、私は静かに瞼を閉じる。


「経営が傾いたからって、養護施設が児童を追放するかい?大昔の農村じゃないんだ」


太宰が一言喋る度に、この"人喰い虎"の事件の真相へと近付いて行く。私が目を開けば、敦君は訳がわからない、と言いたげな瞳でこちらを見ていた。私は満月を見上げる。するとそれに釣られるようにして、敦君もそれを見た。


「君が街に来たのが二週間前。虎が街に現れたのも二週間前」


太宰がゆっくりと立ち上がる。それでも私は変わらず座り続ける。目の前の敦君の呼吸は段々と荒くなっていく。見開かれた瞳、そこから敦君の姿形がみるみると変わっていく。私は静かにお菓子の袋を置いた。


「君も"異能の者"だ」


そこにはもう敦君では無く、人喰い虎がいた。勢い良く太宰へと襲いかかるが、ひらり、と簡単に交わされる。私は袋に入った大量のお菓子と共に避難しようとすれば、人喰い虎は私の方へ向いていた。


「こりゃ凄い力だ。人の首くらい、簡単に圧し折れる」


太宰は人喰い虎の力に感心していたが、私からすればこんな馬鹿力に襲われるなんて"かつての同僚"だけで充分だ。人喰い虎は唸り声を上げて私へと飛び掛かる。

次の瞬間、人喰い虎は倉庫の隅まで吹き飛んだ。手加減したつもりだったが、少し力加減を失敗してしまったらしい。私の右手からはバチバチと電気が流れていた。


「おっと、殺さないでくれよ」
「当たり前でしょ。もう人殺しはしないって」


束の間の時間。それから数秒後、人喰い虎はふらふらしながら立ち上がり、今度は太宰へと襲いかかる。それは綺麗に一直線であり、私の役目は終わったと、一人深呼吸をする。


「君では私を殺せない」


太宰の声が静かに響いた。すると人喰い虎はみるみると本来の姿を取り戻す。ふらり、と太宰に倒れ掛るのは敦君だ。しかし、すぐ床に落とされてしまった。


「おい太宰!苗字!」


声の持ち主は国木田君だ。慌てるようにして入ってきた彼に、太宰がここ迄の経緯を説明した。国木田君は頭をかきながら、大きな溜息を吐く。私は太宰に言われるがままに連れて来られたが、真逆置き手紙をしているなんて思わなかった。


「お陰で非番の奴らまで借り出す始末だ。皆に酒でも奢れ」


国木田君の声に続くように、探偵社の仲間達が入って来た。「なンだ。怪我人は無しかい?つまんないねェ。名前、今からでも遅くないが」その言葉にゾッとして慌てて首を振る。


「でもさ、助けたは良いけど、どうするの?」
「どうする太宰?一応区の、災害指定猛獣だぞ」


私と国木田君の言葉に続けるようにして、太宰は「うふふ」と笑った。そして床で眠る敦君をちらりと見た後「うちの社員にする」と言った。その言葉に皆、目を丸くする。太宰以外で微笑んでいるのは、名探偵の乱歩さんだけだ。

床で眠る敦君はとても気持ち良さそうだった。けれど、顔に傷跡が出来、そこからまだ乾ききらない血が流れていた。その傷は申し訳無いと思いつつ、これから先に起こる事を想像して頭が痛くなった。





苗字名前――
能力名「雷桜」


2018/03/25