谷崎君の勢いの良い謝罪が、喫茶『うずまき』に響き渡る。敦君は素っ頓狂な表情をしているが、谷崎君だって好きで爆弾魔役をした訳ではないのだ。"してやられた"のだから。
静かにお茶を飲む国木田君の眉間には、変わらず皺が寄っている。その隣でニコニコしている太宰が非常に気味が悪い。
「何を謝る事がある。あれも仕事だ、谷崎」
「国木田君も気障に決まってたしねェ…『独歩吟客』!」
ポーズ付きで国木田君の真似をした太宰を直視してしまったせいで、思わず飲んでいたコーヒーを吹き掛けてしまいそうになった。太宰は仕事が出来る男ではあるが、こういう抜けた部分もあるのだ。唐突にするのはやめて頂きたい。
「ともかくだ小僧」
国木田君が探偵社の社員の在り方について話しているが、私は耳に入れることもなく、隣の席で引っ付いて座っている馬鹿兄妹を見る。武装探偵社は曲者揃いだと思っているけれど、この二人が一番の曲者だと私は思っている。
「よろしければ名前さんもご一緒されますか?」
「ナッ、ナオミ!」
「そう言うの困って無いから大丈夫」
「困ってない!?」
私の言葉にいち早く反応したのは案の定、太宰だった。さっきまで給仕さんをナンパしてた癖に、こういう話題だけには敏感だ。正に野次馬精神である。
しかし直ぐに私の意識は敦君の質問により、馬鹿兄妹に奪われた。この二人が本当に血の繋がった兄妹であるかどうかは知らないが、無闇に散策しない事がベストだと思っている。恐らくそれは、この二人に関わった人すべてが思っている事だろう。
「そういえば皆さんは、探偵社に入る前には何を?」
敦君の疑問は決して可笑しな事では無い。それなのに急に静まり返り、敦君は困ったような表情を見せた。しかしそれは太宰の「何してたと思う?」の一言を皮切れに、質問が膨らんでいく。
「谷崎さんと妹さんは…学生?」
「どうしてお分かりに?」
まず、この二人を当てられなければ他の人が当たることは無いだろう。敦君の推理は至って普通で、真実であった。「じゃあ国木田君は?」太宰の言葉に敦君は顎に手を当てて悩む。
「うーん、お役人さん?」
「惜しい。彼は元学校教諭だよ。数学の先生」
「へえぇ!」
敦君は目を見開いて驚いていた。しかし何度思っても、国木田君の"先生"と云う職は似合っていると思う。私は教えてもらいたいとは思わないけれど。
「じゃ、私と名前は?」
「太宰さんと苗字さん?…あ、そうか。初めて会った時古くからの友人って言ってましたね」
敦君の真っ直ぐな瞳が私達を見る。真剣に考えたようだけれど、直ぐに困惑した表情になった。分かりそうで分からないものなのか。と云うのが、逆に私の疑問である。
「無駄だ、小僧。武装探偵社七不思議の一つなのだ。こいつ等の前職は」
「最初に中てた人に賞金が有るンでしたっけ」
そうなんだよね。太宰はそう言いながらコーヒーを掻き回す。「太宰に関しては溢者の類だと思うが、苗字も一緒だとなると謎は深まるばかりだ」国木田君の言葉に太宰はじっとりと彼を見たけれど、私は知らん振りをしてコーヒーを飲む。
「ちなみ懸賞金って如何ほど」
「参加するかい?賞典は今ーー七十万だ」
すると物凄い勢い敦君が立ち上がる。彼の前に座っている谷崎君が驚きを隠せないほどだ。敦君の目はギラギラと光っていて、次から次に様々な職種を口に出す。だが、一向に中る気配が無い。
「役者!」
「役者は照れるね」
「あー、いいね、役者」
矢張り、今回も前職当てゲームの正解者は出無さそうだ。国木田君は相変わらず酷いことを言っているけれど、それに対し太宰は「この件では私は嘘など吐かない」と返す。それは私も一緒だ。
「苗字さーん…ヒントください…」
「ヒント?ヒントか…うーん」
敦君の言葉に私は考える。言い過ぎたらすぐに分かるだろうし、言わなさ過ぎても一生当たらないだろう。「、あ」私がそう呟くとまた敦君の瞳が輝く。
しかし、そこで谷崎君の携帯が鳴る。「依頼ですか?」彼のその一言で、この場は静まり返った。
2018/03/30