06

「おはよう、敦君」
「…苗字さん。ここは?」


寝ぼけ眼で、ぼー、と天井を見上げる敦君は、こう見ると矢張りまだ幼さの残る少年だ。可愛いなあ、なんて思っていたらこの空気を壊すように国木田君の声が響いた。「やっと起きたか、小僧」じゃなくて、もっと優しい言葉を掛けてあげればいいのに。


「僕、マフィアに襲われて…それから…」


敦君は考え込むような仕草をした後、ハッとした表情をし「そうだ!谷崎さんにナオミさんは!?」と叫んだ。私はにこりと笑い「隣で晶子ちゃんの治療を受けてるよ」と言った直後、隣室から谷崎君の叫び声が聞こえた。


「…治療中?」


どうやら疑問に思っているようだけれど、治療で間違いない。私は有難い事にまだ"あれ"は受けたことが無いが、出来ることならこれから先も受けたくないと思っている。


「聞いたぞ、小僧」


国木田君はそう切り出した。「七十億の懸賞首だと?出世したな」その言葉は心配している風にも、嫌味にも取れる。私の予感からすると、恐らく、どちらでもないけれど。


「そうです!どどどどうしよう!マフィアが探偵社に押し寄せてくるかも!」
「大丈夫!そうなったら一緒にケチョンケチョンにしよう!」
「な、何を言ってるんですか!苗字さんは怖くないんですか?!」
「うん。怖くないよ」


動揺を隠せない敦君に言えば、至って落ち着いて「狼狽えるな」と国木田君が言う。国木田君は言葉では恐ろしいほど格好いい事を言っている。だからこそ私は今にでも出てしまいそうな笑いを堪える為、口元を手で隠す。

しかし国木田君の異変に敦君も気付いたようで、焦りの見えた表情から一転、じとり、と国木田君を見る。


「あの…手帳逆さまですよ」


敦君がそう言った後の国木田君の表情は非常に見物であった。それでもまだ頑張って笑いを耐える自分に表彰状を送りたい。


「俺は動揺していない!マフィア如きで取り乱すか!例え今ここが襲撃されようと、俺が倒す!」


――相当焦ってる。きっと、今の気持ちは敦君とシンクロしているだろう。国木田君はズブズブの説明をしながら、マフィアを倒すシュミレーションをして見せた。


「ふん。奴らは直ぐに来るぞ。お前が招き入れた事態だ。自分で出来る事を考えておけ」


その台詞だけを聞くと、敦君を見捨てたようにも聞こえる。しかし、矢張り国木田君は国木田君だ。扉の傍まで行った所で「ところで、二人共」そう言うとくるり、とこちらを向いた。


「先刻から探しているんだが。眼鏡を知らんか?」


その時の敦君の表情を、カメラに納めて額縁に飾っておけば良かった。後で後悔するぐらい、彼の表情は愉快であった。





午後からの最初の任務は"乱歩さんに美味しいお菓子を届けること"であった。あと三十分もすれば乱歩さんは名探偵の仕事に出るはずだ。あと少しで事務所に着く。

鼻歌交じりで両手に買い物袋をぶら下げて歩いていると、事務所から銃声音が聞こえた。…黒蜥蜴あたりだろうか。見つからない様に物陰に隠れて数分、逃げるようにして人が事務所から降りてきた。矢張り、彼らだった。何故か数人、窓から落ちてきたけれど。

何も知らない振りをして事務所に帰れば、そこは惨劇であった。上も横も下も。全てが悲惨な状態だった。私の机からはパソコンが落ちていて、ディスプレイは割れていた。買い替えたばかりなのに最悪である。


「あ、名前やっと帰ってきたの?」
「はい。間に合って良かったです」
「国木田くーん。僕そろそろ名探偵の仕事に行かないと」


乱歩さんの声を聞きながら、私は鞄に必要なものを詰めていく。私と乱歩さんはワンセットである事が多い。乱歩さんはそれはそれは優れた能力を持っているけれど、その分、世間一般の常識が欠けているのだ。そのフォロー兼護衛が私の仕事なのだ。


「乱歩さん、今日トッポは持っていきますか?」
「うん!あとグミも忘れないでね!」
「ちゃんと入れてありますよ」


一つ一つ確認しながらお菓子を詰める。乱歩さんの元気の源であるお菓子を忘れたら大事件だ。私は乱歩さんを背負っては帰れない。


「あ、そういえばさっき太宰が川流れしてましたよ」


そう言うと国木田君はまた大きな溜息を吐いた。すると「今日は苗字と小僧に手伝わせます」と言い、敦君を指さした。


「さ、敦君!突っ立ってないで準備する事はたくさんあるよ!ついでに太宰も連れて帰ろう?あの流れからするとたぶん、私達が向かう方向と一緒だし」


そう言って私より幾分上にある顔を見上げれば、大きな瞳には涙が滲んでいた。「泣いてるの?」と聞けば「泣いてません」と返される。「泣いてないの?」と問えば「泣いてません」とかえされる。


「泣いてるの?」
「泣いてます!」


まるで逆ギレのように言った敦君の言葉に笑いが込み上げる。何て面白い子が入社したんだろう。これからの成長がたのしみだ。


2018/04/01