02
「探偵業って儲かるんですか?」
私の突然の質問に安室さんは一瞬こちらを見た。けれどすぐに視線は目の前に戻り「嗚呼、車の事ですか」と言った。失礼な質問だと承知して聞いたのにも関わらず、安室さんは相変わらず笑顔を作ったままだ。
「一目惚れしまして、無理してローンを組んだんです」
「そうなんですか」
正直ただの好奇心で聞いただけなので、それ以上会話は広がらなかった。窓硝子から外を見れば、本当は乗るはずだった電車が隣を走っていた。安室さんに何かされるとは思っていない。けれどこの人と二人きりになってはいけないと、私の脳が赤信号を出している。
「苗字さんは免許は?」
「持ってますよ」
「運転はされるんですか?」
「適度に」
私の露骨な態度に気づいている筈なのに、安室さんは口を止めなかった。「車種は?」と聞かれ、何故そんな事を聞きたがるのかと疑問に思う。けれどもしかしたら無理してローンを組んだという話は本当で、無類の車好きなのかもしれない。外の風景から安室さんへ視線を移せば、青い瞳が一瞬交わった。
「ダイハツのコペンです」
「可愛らしい車ですね」
「見た目重視で選んだので」
「苗字さんにお似合いです」
残念ながら私は車に詳しく無い。だから車種を言われただけでそれがどんな車か分からない。けれど安室さんはそれが直ぐに分かったので、もしかしたらただの車好きなのも強ち間違ってはいないのかもしれない。それか頭の中に膨大な情報を仕入れているか、だ。
私の住んでいるマンションは都心から少し離れた場所にある。一つ大きな道路を抜ければ閑静な住宅街が広がり、そこに我が物顔でそびえ立っている。けれど安室さんにマンションの前まで送ってもらうのは、決して良い判断とは言えない。マンションから少し離れたコンビニに車を留めてもらった。
「家の前で無くていいですか?」
「はい。近くまでありがとうございました」
コンビニの光が車内を照らした。その光でも格好良く見えるなんて、随分得な容姿である。外に出ようとバッグを手に持った時、助手席側の扉が開いた。ひんやりとした外の空気が車内に入り込む。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
いつの間にか車から降りていた安室さんが態々扉を開いてくれ、挙げ句の果には私の手を取って車から降ろしてくれた。その手を拒否する事も出来ず、ゆっくりと手を合わせれば優しく引き寄せられた。それに合わせて静かに車から降りる。これでは他人から見ればただのカップルだ。とりあえず安室さんが帰るのを此処で見ておこう。
「苗字さん。貴女は運命の出会いを信じますか?」
突然何を言い出すのか。そう思ったが遅く、安室さんは低く響くような声で「僕は信じます」と言った。青い瞳が真っ直ぐに私を見つめる。その表情に顔が熱くなる。だが、冷静に考えてあんなに人を監視するような瞳で私を見ていた人が急にこんな事を言い出すなんておかしな話だ。裏があるに決まっている。
「もしよろしければ連絡先を教えていただけませんか?」
真剣な表情だった。けれど騙されるな。それにコナン君が別れ際に言った言葉も気になる。あの子の事だから、きっと何か確信があって言った筈だ。私はクライアント向けの笑顔を作り、ゆっくりと口を開いた。
※
夜は明け、出勤時間から遅れて十分。慌てて事務所に入ると、それはそれは凄い勢いで私を睨みつけて来る人物が一人。視線で殺す、とはこういう事だろう。ごめんね、と言えば男性とは思えない綺麗な指で眼鏡のブリッジを押し上げた。
「遅刻するなら連絡しろと何度言えば理解出来るんですか?」
「許して、笠原君」
精一杯のぶりっ子をする。けれど目の前の彼にそんな攻撃は効かず「アラサーには痛々しいですよ」と言われ、私の口元は引き攣る。ここで言い返したら私の負けだ。今はまだその時では無い。
「それに何ですか、そのスカート丈。もう年齢的にキツイですよ」
「それ以上言ったら減給確定」
「すみませんでした」
彼、笠原君は私の専属秘書である。専属と言ってもここは私の個人事務所だ。一つ年下の彼は仕事は驚くほどに良く出来るが、それに比例するように口が悪い。勢い良く自分の椅子に座れば「その椅子高いんで、丁寧に扱ってくれません?」と注意された。
「ねー、そういえば笠原君って彼女いないんだっけ?」
「それが何か。…俺、上司と恋仲にはならないので」
「そのままそっくり返すから安心して」
バッグから必要な書類を取り出し、デスクに並べる。そして最後に内ポケットからスマホを、と思いチャックを開ければそこは空っぽだった。ここには私のプライベート用のスマホが入ってたはず。昨日毛利さんの家を出てから、一度時間を確認する為に触った。そこからは今の今まで触る所か取り出してもいない。一気に顔が青くなる。
「先生?どうされました?」
「携帯が無い」
「仕事用のですか?」
「ううん」
「なら良かった」
「良くないよ!」
仕事用のスマホが無くなるのは処刑されてもおかしくない位のレベルだけれど、プライベート用のスマホが無くなるのだって困る。落としたのなら解約しないといけない。ロックは掛けているけれど、悪い人に取られてしまっていたら情報を抜き取られている可能性もある。そうなった時は最悪だ。
その時、事務所の固定電話が鳴り響いた。それを笠原君が取る。恐らく仕事の依頼か相談か。そう思っていたら「苗字に代わりますので、少々お待ちください」と聞こえ、笠原君は私のデスク上にある子機に繋いだ。
「安室さんという方からです。携帯を拾ったと」
「安室…」
「お知り合いですか?」
「顔見知り程度」
そんな会話の後、私は子機を取った。もしもし、と出れば「朝早くにすみません。安室です」と昨日聞いた声が聞こえてきた。彼の話を要約すると、携帯を拾ったからポアロに取りに来い、との事だ。短い会話の後、静かに子機を置いた。
「何処まで行きますか?運転します」
「ありがとう。毛利探偵事務所までお願い。そのビルの一番下の喫茶店で待ち合わせ」
デスクに広げた書類を再度片付け、またバッグに詰める。その間に笠原君はテキパキと事務所の戸締まりを始めた。来たばかりなのに申し訳無い。
「準備は出来ました。さっさと行って、さっさと帰りましょう」
「ご迷惑おかけします」
「慣れてますから」
笠原君はそう言いながら、脱いでいたスーツのジャケットを羽織った。口さえ悪く無ければ、見た目含めて良い男なのに勿体無い。そんな事を思いながら、私はバッグを持ち事務所を出た。
2018/05/01