「あのね、ガウェインさん。私が人でなくなっても、また一緒にお茶を飲んでくれる?」
底抜けに晴れた昼下がり、レナは微笑みながら目の前の男に問いかけた。
丸テーブルも花びらのように薄いティーカップも不似合いな、武骨な鎧を纏った男は、不意の問いに、仮面の下に潜ませた眉根を寄せる。
「どういう意味だ」
声の調子や口振りから、ガウェインが微かに苛立ったことを感じ取ったのだろう。彼女は何でもないことのように笑って、手にしたカップをソーサーに戻した。
彼と彼女が同じ騎空団の艇に乗り合わせたのは、しばらく前のこと。それからほんのひと月まえに、少しばかり、個人的な話をする機会を得た縁で、近頃はこうして共にお茶をするようになった。
――大体は、艇内でばったりすれ違った折に、レナがガウェインを引っ張っていくという具合だったが。もっとも、小柄な彼女と大柄な彼の体格差だ。心底嫌がっていれば、彼女の腕を振り払うことなど造作もないのだから、不快ではないのだろうとレナは解釈していた。
大抵はレナが一方的に喋っては紅茶と菓子を勧め、ガウェインが憮然と鼻を鳴らしながら、腹の足し程度に茶菓子を摘まむ。
そんな奇妙な茶会が二、三、あるいはそれより少し多く繰り広げられた矢先のこの言葉であったから、不穏さを隠しきれない彼女の発言に気を立てるのも道理だった。
「どういう意味、と言われても……そのままの意味よ。いつか私が呪いで木に変わってしまっても、こうして一緒にお茶を飲んでくれるかしらって、ふと思ったの」
「くだらんことを聞くな」
「あらまぁ」
赤い手甲に包まれた太い指が、まるでおもちゃのそれを掴むようにカップを傾けた。巨大な戦斧を軽々と振り回す彼の大きな手にかかれば、繊細な作りのティーカップも枯れ葉のように崩れてしまいそうだ。
ころころと笑うレナの問いをにべもなく切り捨てたガウェインだったが、二人の間にある焼き菓子に手を伸ばそうとしたところで、はたと我に返ったように動きを止めた。
仮面に覆われた瞳が、レナを今一度見据える。
「また、呪いが進行したのか」
今度は彼から漏れた問いかけに、レナは隠し立てするそぶりもなく穏やかに頷いた。
「ええ。今朝見たら、目に見えて広がっていたの。ついこのあいだ肘を越えたばかりだったのに、もう肩近くまで、木の枝のようになってしまったわ」
そう告げたレナの左腕は、よくよく見れば、先程から殆ど動いていない。いつもは綺麗に膝の上で重ねられる手が、今日は片方だけ、 だらりと身体の横に下ろされていた。
「臆病風に吹かれたか。貴様は呪いを解くためにこの艇に乗ったのだろう」
「ええ、そうね。けれど困ったことに、私の呪いの進行は、私が呪いを解くまで待ってはくれないみたいなの」
困ったと口にしながらも不安げな表情をおくびにも出さないレナに、ガウェインは掛ける言葉も持たず、ゆっくりと冷めていく紅茶で口を湿す。
互いに呪いを身に受けた身の上と言えど、その作用はまったく違うものだ。鎧を脱げなくなるという膠着状態の彼に対し、彼女のそれは、刻一刻と進行していく。
花を咲かせ続けなければやがては自らが樹木となる運命を背負った女に、まして危機感を自ら投げ捨てた彼女に、一体何を言えるというのだろう。
心配などという生温い感情を抱くよりも先に怒りを感じる性分の彼は、それでも、彼女を前にするといくらかそれが削がれてしまう。
故にガウェインは、チッ、と舌打ちをひとつこぼすに留めた。
「怖さは、とうに通りすぎてしまったわ」
すぐ側にある窓から外を見つめながら、レナは途切れた言葉にゆっくりと続ける。
噛み含めるように紡がれた言葉は、けれど、と継ぎ接がれた本音への布石だったのか。
「今はただ、そうね。寂しい」
ぽつり、と呟くように、柔らかな彼女は彼へ答えた。
「きっと近いうちに、こうしてガウェインさんや団長さんたちとお茶をすることもできなくなってしまうのね――そう思うと、とても、寂しいわ」
恐怖など忘れてしまったかのように笑う花のかんばせが、そのひととき、ほんの瞬きの間だけ、寂寥を匂わせて、たちまちパッと綻ぶ。
「心配をかけてしまうから、団長さんには内緒ね。これは、私の、ガウェインさんへの我が儘だから」
「なんてね」と付け足せば、すっかり冗談のていにしてしまえるほど、それはひどく、短い間の彼女の“我が儘”だった。
何が我が儘なものか、とガウェインは閉ざした口の内で転がした。傲慢と評されていた彼からしてみれば、彼女の言う“我が儘”は、そう形容するにはどれも足りないささやかなものばかりだ。
ややも乱暴にカップを置いたガウェインが、席を立ってマントを翻す。
「くだらん心配なんぞする暇があるなら、貴様は次の島に降りる用意でもしておけ」
「あらあらまぁまぁ、お茶の時間はもうお開きかしら」
「呪いの情報を探すのだろうが。騎空艇が下降を始めている。じきに停留所に着く」
一度ガウェインへ向けた目を、再び窓の外に向けたレナは、それから「あら?」と小首を傾げた。
予定では、今日の討伐の編成メンバーに、ガウェインもレナも入っていなかった筈だ。
「もしかして、手伝ってくださるの?」
「勘違いするなよ。俺の呪いを解くついでだ」
大股で部屋を後にするガウェインの背中に、レナの視線が傾く。そちらをちらりともせずにドアを閉めた彼は知らない。
「やっぱり、ガウェインさんは優しいのねぇ」
そう言って、カップを抱え、嬉しそうに後を追うレナの微笑みを。
end
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