「貴様は一体何をしているのだ」
ドレスの裾を泥だらけにしてしゃがみこんでいたレナは、唐突に投げ掛けられた声で顔を上げた。
振り向くと、見慣れた赤い鎧のグリーヴが見える。首をめいっぱい反らせても顔の見えない長身の男だが、逆光であっても彼女にはそれが誰であるかすぐにわかった。
「まぁまぁ、ガウェインさん。偶然ねぇ。ちょっとね、お花を植え替えていたのよ」
土に汚れた手を払いながら立ち上がったレナは、問われたことにそう答えて微笑む。彼女の足元には、淡い桃色の花が一輪、不格好に揺れていた。
「それは見ればわかる。そうではない。何故こんな場所で土いじりをしているのだと聞いてるんだ」
さもありなん。この場が彼らの同乗するいつもの騎空艇であれば、彼女の土いじりもまぁ趣味の一環だと納得できるだろう。
しかし二人の立つその場所は、物資補給のために一時的に立ち寄った片田舎のような島だった。
見るものと言えば、小さな市場しかない往来の片隅。石畳の途切れた舗装されていないその一角で、見知った女がドレスが汚れることも顧みず土いじりをしていれば、怪訝にも思うものだろう。
呆れの色を含んだ、金緑石のような瞳がレナを見下ろす。最近、彼は以前ほど気や声を荒立てなくなったなと、彼女はこっそり考えた。
「あのお家の、影になっているところがあるでしょう?」
レナがすっと指差したのは、少し離れた市場の端に見える二階建ての煉瓦の家だった。何の変哲もない家がどうした、とガウェインの視線が訴える。
「その影に隠れるように、このお花がぽつんと一輪だけ咲いていたの」
まるで愛おしい人でも見るように、レナは足元の野花を見下ろした。植え替えたばかりだからか、或いは道具を使わず手作業で植え替えたせいか、周りの土が不自然に盛り上がっている。
「日も当たらないところで、寂しそうに、それでも一生懸命に咲いていたから、なんだか応援したくなっちゃって」
「また貴様はお得意の“幸せのお裾分け”とやらをしていたわけか」
「うふふ。……本当は、自然に咲く花に人の手は入れない方がいいってわかってはいるのだけど、せめて日向に移してあげたかったの」
それがエゴだと気付いているレナは、苦笑混じりにそう付け足した。いつものように難しい顔をしたガウェインが、目を細めて花とレナを交互に見やる。
やがて小さく息をついた彼は、自分の胸ほどまでしかないレナの頬を、武骨な籠手でごしごしと擦った。
「それで泥まみれになっていては世話はないな」
「あら、あらあら。土が付いていたかしら? 自分じゃ見えないから気付かなかったわぁ。ありがとう、ガウェインさん」
「フン、いつまでも汚れたものを視界に入れたくないだけだ」
無遠慮に擦られたせいで赤みの増した女性の頬は、彼女が植え替えた花に似た色をしている。その様をじっと見ていたガウェインは、
「……貴様も花のようだな」
ぽつりと独り言のようにそうこぼした。
実際、彼にとっても無意識の独り言だったのだろう。
「花? お花が欲しいの?」
レナが問い返すと、ガウェインはたった今我に返ったように息を呑んだ。
「要らん。なんでもない。疑問は解けたのだ、俺は行く。じゃあな」
「あら、待って待って」
彼が焦ったそぶりできびすを返そうとするので、レナは引き留めようと手を伸ばす。しかし、土で汚れた指先が目に入ると、その手を止めて指先に魔力を集中させた。
「はい、ガウェインさん」
やがてふうわりと柔らかな風がレナを包むと、その手元には桃色の花が一輪形作られていく。足元の花を模した魔生花だ。
彼女は魔力で生み出されたその花を、何事かと足を止めたガウェインへ差し出した。
「だから要らんと言っているだろう」
「だったら、土を払ってくれたお礼ということで……受け取ってくれないかしら?」
ね、と柔らかいながらも引く気配を見せないレナに、ガウェインは眉間に皺を寄せながらも、ため息をついて彼女の花を受け取った。
決して押しに弱いわけでもないのに、掴み所のないふわふわとしたレナの前においては、ガウェインも我を張り続けることができなくなるようだ。
花を持つ、鎧を着た大男。これほど似合わない絵面もないだろう。
「滑稽だな」
彼のとくべつ他意もない呟きに、彼女は「そうかしら?」としごく不思議そうに首を傾げる。
「とっても素敵よ。もーっとお花を咲かせたいくらい」
「やめろ。貴様の優しさというヤツは、俺には甘ったるすぎる」
上機嫌に笑うレナに犬でも払うように手を振ると、ガウェインは今度こそ歩き出した。
翻る彼のマントを追うように、レナも杖を握って小走りに駆け出した。
「ふふ、冗談よぉ」
彼女の軽やかな足音に気付いたのか、大股で歩く彼の速度が緩やかに落ちる。追い付いたレナは、ガウェインの隣に並んで「どこかへ行くの? ご一緒してもいいかしら?」と天気の話をする気軽さで尋ねた。
勝手にしろ、と彼が言う。そこに突き放す為の冷たい色は窺えない。
嬉しいわぁ、と彼女は言った。ガウェインは、相変わらずの仏頂面でレナを一瞥する。たったそれだけだ。
それだけで、レナの心は薄く柔らかに色付いた。
彼女の心の色と同じコスモスの花が一輪、彼の手の中で静かに揺れていた。
end
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