「君は神様にお願いしたいことって、あるかい?」
いつも気の抜けた笑みを浮かべる男が、今日もやはり府抜けた顔で訊ねた。研究に必要なものが足りないからと、この魔法店にやって来たアロイスが、いかにも胡散臭い“願いの叶う魔法のランプ”を手にしながら告げた言葉だ。
それに紅玉と橄欖石のオッド・アイを瞬かせたシエラは、忽ち目を眇めて中空を浮遊したまま頬杖をついた。
「なぁに、藪から棒に。欲しいの? そのランプ」
仕入れた彼女自身も話半分に、“店に置いておいたら面白そう”という単純な理由で陳列している商品だ。まさか目に止める人が居るとも思わなかったし、ましてその人が自分にとって馴染み深い旧友――と言って良いものか、彼女自身にも大いに疑問の湧くところではあるが――だと、一体誰が予想できただろう。
ランプに向けるものと同様の胡散臭い眼差しを寄越すシエラへ、アロイスは苦笑しながら首を振った。
「まさか。万物の願いを叶えられる魔法なんてこの世には無いよ。それは君もよくわかってるだろう?」
「そうね」
どんな願いでも叶えられる魔法があるとすれば、それは紛れもなく、彼の訊ねた通り神の所業だろう。
そもそも、神という不明瞭で不確定な存在を持ち出してきた時点で、彼女から言わせれば眉唾物の話題だった。
「だったら、どうしてそんなことを聞くのん?」
「人って不思議だなと思ってさ」
不思議? とシエラが首を傾げると、彼はランプの蓋を開けて中を覗いたり、ひっくり返して台座の彫刻を眺めたりしながら「うん」と頷いた。
「そんな万能の魔法なんてありはしないと知っていながら、こうして“願いの叶う魔法”と銘打ったり、神様なんて居るのかもわからない存在に願掛けしたりする。人は目に見えないものを信じない筈なのに、目に見えないものを強く夢見るんだ」
「別に不思議なことはないんじゃなーい? 人間なんて、矛盾でできてるようなものじゃない」
彼にも思うところがあったのか、おざなりにこぼされた持論にアロイスは「そういうものかな」と同意含みの納得を覚えさせた。
「だからかな。たまに、どうしようもなく、どうしようもないことを願いたくなるんだ」
男がことりとランプを棚に戻す。もとより売れるとも思っていない商品だ。それ自体に苛立ちはなかったけれど、彼の言葉にはシエラのざわめく心がささくれ立った。
どうせ彼は、いつもの調子で何でもないことのように“無い物ねだりだと思い込んでいる”願いを胸の内に飼っているのだ。
(私に追い付きたいだとか、いつまでも追い付けないだとか)
本当に、彼はいつまで経ってもポジティブにネガティブなのだから。ごろりと横たわるように体勢を変えたシエラが、尊大に足を組んで「バカみたい」と呟く。
「私はそんな願い、無いわよ。叶えたいなら自分で叶えればいいじゃない。そうじゃなくちゃ、つまらないでしょ」
「さすがシエラだね。君はいつだって迷いがない。……羨ましいほどに」
いつだったか、彼はシエラに買い被りだと言ったけれど、羨ましいなんて、それこそ買い被りもいいところだ。
迷いがないのは違いない。けれどそれが、矛盾が無いこととイコールだなんて思わないでね。
感情のささくれを摘み取るように、彼女は自嘲を込めて鼻で笑った。
「願掛けしなくちゃ叶わない、他力本願な夢なら捨ててるわ」
あなたに私を見てほしい――そんな些細な願いでさえも。
end
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