無神論者のインモラリティ


アロイス→←シエラ - update : 2018.06.21
魔法1st読了後推奨。
突然始まって突然終わる雰囲気SS。



「君は神様にお願いしたいことって、あるかい?」

 いつも気の抜けた笑みを浮かべる男が、今日もやはり府抜けた顔で訊ねた。研究に必要なものが足りないからと、この魔法店にやって来たアロイスが、いかにも胡散臭い“願いの叶う魔法のランプ”を手にしながら告げた言葉だ。

 それに紅玉と橄欖石のオッド・アイを瞬かせたシエラは、忽ち目を眇めて中空を浮遊したまま頬杖をついた。

「なぁに、藪から棒に。欲しいの? そのランプ」

 仕入れた彼女自身も話半分に、“店に置いておいたら面白そう”という単純な理由で陳列している商品だ。まさか目に止める人が居るとも思わなかったし、ましてその人が自分にとって馴染み深い旧友――と言って良いものか、彼女自身にも大いに疑問の湧くところではあるが――だと、一体誰が予想できただろう。

 ランプに向けるものと同様の胡散臭い眼差しを寄越すシエラへ、アロイスは苦笑しながら首を振った。

「まさか。万物の願いを叶えられる魔法なんてこの世には無いよ。それは君もよくわかってるだろう?」

「そうね」

 どんな願いでも叶えられる魔法があるとすれば、それは紛れもなく、彼の訊ねた通り神の所業だろう。

 そもそも、神という不明瞭で不確定な存在を持ち出してきた時点で、彼女から言わせれば眉唾物の話題だった。

「だったら、どうしてそんなことを聞くのん?」

「人って不思議だなと思ってさ」

 不思議? とシエラが首を傾げると、彼はランプの蓋を開けて中を覗いたり、ひっくり返して台座の彫刻を眺めたりしながら「うん」と頷いた。

「そんな万能の魔法なんてありはしないと知っていながら、こうして“願いの叶う魔法”と銘打ったり、神様なんて居るのかもわからない存在に願掛けしたりする。人は目に見えないものを信じない筈なのに、目に見えないものを強く夢見るんだ」

「別に不思議なことはないんじゃなーい? 人間なんて、矛盾でできてるようなものじゃない」

 彼にも思うところがあったのか、おざなりにこぼされた持論にアロイスは「そういうものかな」と同意含みの納得を覚えさせた。

「だからかな。たまに、どうしようもなく、どうしようもないことを願いたくなるんだ」

 男がことりとランプを棚に戻す。もとより売れるとも思っていない商品だ。それ自体に苛立ちはなかったけれど、彼の言葉にはシエラのざわめく心がささくれ立った。

 どうせ彼は、いつもの調子で何でもないことのように“無い物ねだりだと思い込んでいる”願いを胸の内に飼っているのだ。

(私に追い付きたいだとか、いつまでも追い付けないだとか)

 本当に、彼はいつまで経ってもポジティブにネガティブなのだから。ごろりと横たわるように体勢を変えたシエラが、尊大に足を組んで「バカみたい」と呟く。

「私はそんな願い、無いわよ。叶えたいなら自分で叶えればいいじゃない。そうじゃなくちゃ、つまらないでしょ」

「さすがシエラだね。君はいつだって迷いがない。……羨ましいほどに」

 いつだったか、彼はシエラに買い被りだと言ったけれど、羨ましいなんて、それこそ買い被りもいいところだ。

 迷いがないのは違いない。けれどそれが、矛盾が無いこととイコールだなんて思わないでね。

 感情のささくれを摘み取るように、彼女は自嘲を込めて鼻で笑った。

「願掛けしなくちゃ叶わない、他力本願な夢なら捨ててるわ」

 あなたに私を見てほしい――そんな些細な願いでさえも。



end

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今年のお正月にSS名刺メーカーで上げたアロシエ短文の加筆再録。
アロイスさんはシエラさんに「追い付きたい、追い付けない」と思ってるけど、シエラさんは最初から肩を並べてるつもりで。
隣に並んでいるつもりなのに、いつまでも後ろに居ると思ってる彼に「気付いて」「私をちゃんと見て」と思ってる彼女の、両片想いのような膠着状態も良いと思う。