不思議な夢とアリス


最近妙な夢を見る。
眠りに就いて瞼をあげると、そこは鬱蒼とした森のなか。

またかとうんざりして視線を下げれば、いい加減見慣れてきた青のワンピース。
そして白のエプロン。
そしてすね毛。
1本、やたら男性ホルモンを主張している長い毛を見つけた。

それをただボーッと眺めるという不毛な時間を過ごしていると目の前から、がさりと葉の動く音。


「あっ」

「おー」


茂みの間から現れたのは、ウサギの耳をつけた白川だった。
それに片手あげて挨拶すると、やつはいきおいこんで騒ぎ始めた。


「うはぁぁここにおられましたか有栖川くん!今日もかわいいね!よっ!憎いね!」

「そう見えるんならおまえはあれだな、変態だな」

「ぎゃふ!男はみんな狼なのだよ気をつけたまえよ!」


一体何に気をつけろというのか。

白川とはクラスメイトだが、現実ではほとんどしゃべったことがない。
だから実際の白川がどんなやつかはよくわからない。

そしてここに出てくる白川もよくわからない。
言ってる意味とか。


「おまえいつもそんなテンション高いの?って夢んなかで訊いてもしょうがないか」


白川はウサギ耳を揺らしてキョトンと首をかしげてみせる。
念のため言っておくとかわいくはない。


「あ、そーだよね話したことないもんね。俺はいつでも有栖川くんを見てるけど!」

「ああそう」

「淡白!」


でもそこがまたいい…!とウサギ耳を震わせて悶える白川。
ここで下手に蔑んだ目を向けるとまた奇声を発するので、ただただうろんな目を向けてやる。


「じゃあ俺はこれからお城に向かうから!有栖川くんもスカートをたくし上げて生足晒しながら男を誘惑しつつ追ってくるといいと思うな!」

「誰がするかめんどくせぇ」

「怠惰!でもそこがまたいい…!」


よくわからないポイントに悶えつつ、トランプ模様の服を翻して森の奥に消える白川。


「……だから何がしたいんだおまえは」


俺は応えの帰らない独り言をぼやきながら、することもないのでやつを追う。
すると毎度毎度やたら美形な男と出会うことになる。


「やあまた会ったね」

「あー、どうも」


木に寄りかかってるだけなのにさまになる、ネコ耳を生やしたちゃらいイケメン。

夢でよく会うこの人は、うちの学校の生徒会会計だ。
前に夢で名乗られた。

リアルではしゃべったことどころか間近にお目にかかったこともないけど、言われてみると確かに壇上に上がっているのを見たことがある。


「前から訊きたかったんだけど君……えーと、有栖川くんだったよね」

「すげー。よく覚えてますね」


言ってから、俺の夢なんだから覚えてるもなにもないんだよなと思った。


「その格好でその名前は覚えやすいからねぇ」

「あー」


確かに今の服は青いワンピースに白いエプロンで、どうしたって某有名なアリスの格好だ。


「で、それ。その格好。趣味?」

「冗談でしょ。それともあんたのそれは趣味なんすか」


ふわふわとセットされた髪からひょっこり顔を出すネコ耳。
それを揶揄すると、会計はフフッと笑って俺の後ろ髪に指を絡めてきた。
なぜだ。


「ネコをやる趣味はないなぁ。かわいいネコちゃんをなかせる趣味はあるけど」

「ヘー」


俺の後頭部と腰を引き寄せてなんか卑猥な空気を流す会計。
これ現実でやられたら普通引くと思うんだけど、イケメンなら許されるのか?

実際、会計にはそのちゃらさに見合うだけのピンクな噂が絶えない。
ただしうちの学校は人里離れた全寮制の男子校。
ということは噂の相手は必然的に男になる。

いくらモテモテでもまったく羨ましくはない。


「フハッ、淡白だね。それとも逃げないってことは期待してる?」


気がつくと会計の顔が目前に迫っていた。
イケメンはこの距離で見てもイケメンだ。


「まあ夢だし、そんなムキになっても」

「ほんと淡白だねぇ。まぁ確かにそうなんだけど、なんか詰まんないなー」


密着していた体を離して唇を尖らせるイケメン。
たしかに目つきの悪い大の男が男に迫られてうろたえてたら面白いだろうけど。


「そもそも会計さんかわいい系しか相手にしないんじゃなかったですか?」


再び木にもたれていた会計が俺のつま先から顔まで、じっと品定めする。


「うーん確かにね」


しげしげと眺めて納得する会計。
よかった。
白川と違って目は腐ってないらしい。

ちなみに俺はこっそり自分を中の上だと思ってる。
かわいい系じゃなく格好いい系で。

そして俺はこっそり、共学にいけば憧れのイケメンよりもほどほどにかっこいい平凡のほうが親しみやすくてモテるんじゃないかと思っている。
ただの願望ですが何か。

ジリリリリ!


「あ?」

「あーもう朝なんだ」


とつぜん響いた金属音にふたりそろって空を見上げる。


「名残惜しいけど仕方ないなぁ。じゃあまたね」

「出来ればもうこんな奇天烈な夢は見たくないっすね」


にっこり微笑む会計に顔をしかめて返してやる。

俺の意識はそこで途切れた。
うっすらと目をあければ、そこは紫の空ではなく自室の見慣れた天井だ。

またあのイケメンパラダイスな夢を見てしまった。

ぼんやりしながら腕を伸ばして時間を確認。
すると現在朝7時。
俺の目覚まし8時なのに。
最近は夢のなかの金属音で目が覚めるからセットした意味がなくなっている。

二度寝する気にもなれず、仕方なく顔を洗いに立ち上がった。

掛け布団の下から表れた俺の服は、もちろんワンピースなんかじゃなく普通のシャツに短パンだ。
別に女装癖もなにもないのに、なぜ毎度あんな格好になっているのか。
深層心理で求めてるとか決してないと思いたい。

鏡を見ればいつもどおりの凡庸な俺の顔。
今回は会計だけだったが、あの夢には他の生徒会役員やらなにやら、名だたるイケメンが勢揃いしている。

俺とおなじ普通の顔なのは白川くらい。

だからか、俺はリアルでほとんど接点のない白川に勝手な親近感を覚えている。
でも夢のなかのあのテンションにはびっくりする。

のろのろと着替えて寮を出ると、前方にキャーキャー騒ぎながら進んでいく人だかりがあった。
たぶんどっかのイケメンが登校してるんだろう。

どっかのっていってもここは学園の敷地内だからもちろんうちの生徒で、それを取り囲んでキャーキャー言ってるのもうちの生徒で、つまり全員男なわけだが。

(寮から登校するだけでこの騒ぎじゃイケメンも大変だな)

ふと、人の合間を縫ってその姿が垣間見えた。
ふたりのかわいい系男子の肩を両手に抱く会計の姿。

なるほど人だかりの原因は会計だったか。


「ハヨー有栖川。どした?」


さっきまで夢に見ていた人物を目にしてなんとなく足を止めていると、後ろから声を掛けられた。


「ミツキ」


朝から笑顔で駆けてくるいかにもな爽やかスポーツマン。
俺とはあまり合わなそうなキャラなのに、何故だかわりと仲がいい。


「いやー、会計ってほんとタラシなんだなって思って」

「あー凄いよな。毎日違うやつ連れてるって話だぜ」

「ヘー」


毎日どころか今まさにふたりも連れてたけどな。
イケメン半端ねぇ。


「そもそもかわいい系の男がそんなにいるこの学校がすげーな」

「ハハッ確かに!」


快活に笑うこの男もそういえばイケメンだ。


「……俺は深層心理でイケメンを求めていたりするんだろうか」

「は?」


俺の独り言に首をかしげるミツキの顔をじっと眺める。
イケメンだ。


「なんでもね」


まあ友人がイケメンばっかなわけでもないし、夢だって白川がいるからイケメンだらけではないし、ただの偶然だろう。

教室に行くと、夢に出る唯一のフツメン、白川がまず目に入る。
これだけ連日見続けるとどうしたって意識してしまうらしい。

白川は何やらニヤニヤしながら携帯をいじっていた。
メールでも打っているのか、両手をせかせかと動かしている。
ときどき耐えきれないというようににやける口元を抑えながら、それでも携帯をいじる手はとめない。

じっと見ていると、ふと顔を上げた白川と目が合った。


「あっ」


白川はなぜか慌てたように目を白黒させる。


「……ハヨ」

「おっあっ、お、おはよ!」


無言もあれなので挨拶してみた。
白川の僅かに青くなる顔とどもる声が、ちょっと面白いと思った。

(しかしやっぱり夢と現実は違うんだな)

そんなことを考えていたからか、席に着いても白川をぼんやりと眺めていた。


「有栖川って最近よく白川のこと見てるよな」

「あっ?」


突然掛けられたその声に、びっくりして顔を向ける。
前の席に座るミツキが、椅子を跨いでこちらを見ていた。


「気づいてないとでも思った?」


爽やかに笑うミツキ。
なんだすこし恥ずかしいぞ。


「そんなに見てたのか」

「自覚ないのかよ!白川となんかあったの?」

「別に」


夢のなかでよく会うんだとか寒すぎて言えん。


「ふーん?そういや白川もよく有栖川のこと見てるよな」

「え」

「なんだよ気づいてなかったの?」


有栖川って鈍いよな、と笑うミツキ。

確かに俺が白川を意識してからはさっきみたいに目が合うことが多かった。
それは俺が見てるから視線を感じて、ってことだと思ってたけど、もしかして夢で言ってた通り白川も俺を見ていたんだろうか。

でもあれ夢だしな。
むしろ無意識下で白川の視線に気づいてたから、夢んなかでそれを反映させたとか。
むしろ夢についてそんな考えても仕方ないか。


「まー有栖川が一番見てるのは俺だけどな」

「はなはだ不本意なことにな。おまえの背中でかすぎて黒板見づらいんだけど」

「なに?背中が男らしくて惚れ直す?」

「耳鼻科いけ」


シッシッと手で払えば、ハハハと笑うミツキ。
爽やかで冗談言えてスポーツ万能でイケメンってどんなハイスペックだ。

存在が嫌味な爽やかイケメンから視線を外して、なんとなく白川のほうを見る。
なんかすげー机にうずくまって悶えてた。
どうした。

よくわからんが俺はこういう白川を見て夢に反映させたんだろうか。
これまでは特に白川を意識したこともなかったけど、人間ってのは目の端で捉えたものを記憶してたりするらしい。


「ほら席に着け野郎どもー」


いつの間にか担任が来ていて、みんなわらわらと席に戻り、ミツキもきちんと前を向いた。


「先生今日もかっこいーっ!」

「吉原ーあたりまえのことを言うな。チューしちゃうぞー」

「きゃー」


いかにも会計が連れて歩きそうなかわいい系男子がきゃっきゃと騒ぐ。
毎朝よく飽きないな。

実際、うちの担任はイケメンだった。
教師なのにホストのような派手なタイプのイケメンだ。

中身は普通の、ちょっとやる気のない教師ってだけだから別にいいけど、教職員がその風貌っていうのは果たしてどうなんだ。
あと冗談でもチューしちゃうぞとか言うのもどうなんだ。

そもそも淡々とし過ぎてて冗談か本気かいまいちわからん。
いや冗談なんだろうけど。

そんなたわむれの最中、教室の後ろのドアがガラリとひらいた。
大柄で目つき悪くて、明るく染めた髪をバックに流すといういかにも俺不良ですなイケメンが入ってくる。

こんだけイケメンが多いとありがたみないな。


「山根ー遅刻だぞー」

「うるせーよ眠いんだよしょうがねーだろ」


やる気なく声を掛ける担任にやる気なく返事をして、自分の席につくなりうつ伏せになって寝る不良もとい山根。
そんななりなのに学校くるだけ真面目だと思う。

それからの授業は滞りなく進んだ。

そしてその日も、例に漏れず例の服を着た例の夢を見た。


「有栖川くんこんばんは!」

「おー」

「今日もかわいいね!よっ憎いね!」


相変わらず白川には兎の耳が生えていて、相変わらず寒いセリフを抜かしてくる。


「おまえは現実のかわいげをどこに置いてきたんだ」


朝は俺が話しかけただけで慌てふためいてたのに。


「かわいげ?ん?有栖川くんはここでも現実でもかわいいよ?」

「会話が出来ん」


きょとんとする白川にうろんな目になる。


「じゃあ今日も張り切って生足晒してイケメンを魅了してくれたまえよ!」

「よしわかったおまえ会話する気ないだろ」


いつもどおりすることもないので走っていく白川を追った。

しばらくすると、テーブルを囲む3人の男が見えてきた。
今日はどのイケメンかと近づいてくと、そこには見慣れたやつらの姿。


「有栖川じゃん!なんだそのかっこ!」

「その言葉そっくり返すわ」

「確かにな」


いち早く俺に気づいたのはウサギの耳を付けたミツキ。


「なんだおまえがアリスか。どうせなら吉原とかのかわいい系を寄越せ」

「あんた教師としての自覚ありますか」

「夢んなかでんなもん気にしてどうすんだよ」


だるそうに頬杖をつく帽子をかぶった担任。


「んだようるせーよ眠いんだよ寝かせろ」

「夢のなかでも寝るのかおまえは」

「あ?夢?……ああ、夢か」


いま気づいたかのようにあたりを見回す山根には小さな耳と細い尻尾がついている。
そしてテーブルのうえにはお菓子やティーセットが所狭しと並んでいた。


「あれか。なんでもない日を祝うってやつ」


会計はチシャ猫だったし、ハートの女王やら何やらにも会ったことがある。
この夢はやっぱりアリスの世界なんだな。

ということはだ。


「なあ、白川みなかったか?」


この夢の鍵は、いつも最初に出会って俺を連れまわす白川にあるのかもしれない。
なんて、夢に意味なんてないからんなことしてもどうしようもないかも知れないけど。

(でも毎日おなじような夢を見るって、しかもその記憶が鮮明ってなんか怖いだろ)

そう思って白川の行方を訊ねたわけだが、どうやら夢のミツキは現実とは少々勝手が違ったらしい。


「また白川?」


いつもの爽やかな風貌を歪めたミツキに、俺は目を見開いた。


「ミツキ?」

「夢ん中でも白川?白川っておまえのなんなの?」

「なにって。ミツキ、どうした?」


ミツキが俺の腕をギリギリと握ってくる。
その顔はいつもの爽やかな笑顔に戻っていて、それにむしろ恐怖を覚えた。


「おー痴話喧嘩か?いいぞやれやれー」


おいそれでいいのか。

投げやりな教師に心のなかでツッコミを入れるも声に出すほどばかではない。
というよりミツキが怖いので茶化せない。


「有栖川は俺だけ見てればいいんだよ」

「ミツキ、手、痛いんだけど」

「じゃないとさ」


俺の言葉は完全無視か。
くそぉこの夢に会話出来るやつはいないのか。

ミツキが相変わらずの爽やかな笑顔で俺の耳元に口を寄せる。
夢だってわかっててもこえーよ。


「みんなの前でぐちゃぐちゃに犯したくなんじゃん」

「……は…」


囁かれた言葉の意味がわからず、でもなんか悪寒みたいのが背中を走って、とっさに体を引こうとした。
でもミツキに捕まれた腕は外れないどころかますますギリギリと握られる。
だからこえーって!


「まあ、そうじゃなくてもいつかはぐっちゃぐちゃにするけどね」


まじこえええ!


「おい」


さすがに今の言葉は聞き捨てならなかったのか、担任がガタッと席を立つ。

(あんたにも一応教師としての何かがあったんだな、感動した!)

ただ俺が担任に目を移した瞬間さらに腕に力がこもって感動どころじゃなくなった。
まじかおい、いつもの爽やかどこいった。


「そのへんにしとけよ」


そう言って俺の二の腕を救ってくれたのは、なんとあの山根だった。

山根がミツキの腕を掴んでその力が緩んだ瞬間、俺はミツキを振り払ってスタコラサッサと逃げ出した。
後ろから、有栖川!っていうミツキの声が聞こえる。

そんなこんなで適当に森のなかを走っていると、またしても猫耳を生やした会計と会った。


「やあ昨日ぶり」

「あー、ども」

「腕どうしたの?」

「ああーいや……」


赤くなった腕を手で隠しながら答える。


「兎に襲われて?」

「ふはっ、なにそれ」


あまり笑いごとじゃないんだが、笑い話にしてくれたほうが気が楽なので放っておく。


「あっ、今日会計さん見ましたよ」

「えっ?」

「かわいい系男子をふたりはべらして登校してんの。いやー噂には聞いてたけどほんとにタラシなんすね」


俺の言葉にポカンと口を開ける会計。


「えっ、なんで?」

「えっ、なにが?」

「うちの生徒?」

「あれ言ってませんでした?」


会計だって自分で名乗ったのにな。
あ、学校で会計やってるって言っただけか?

まあいいか夢だし。


「聞いてない……けど、うん、夢だしね」

「まあ夢ですしね」


ジリリリリ!


「あれ、もう?」

「みたいですね」

「まだ全然話してないのに」


いつもの金属音になにやら不満げな会計。
しかし俺はさっきの一悶着で疲れたので、もうさっさと現実に戻りたい。


「俺はもう十分です。もう疲れましたまじで」

「そうなの?じゃあ」

「またとかもう本当にいらないですわ。こんな夢まじで願い下げですわ」


またね、といういつもの言葉を遮ってこめかみを揉む。
それに会計が眉を寄せるのを目の端に捉えてちょっと慌てた。


「あ、いや、別に会計さんが嫌だとかじゃないですから」


なんとなくフォローすると、会計はきょとんとしたあと、やらしく笑った。


「俺に会いたいって、やっぱり期待してるの?」

「会いたいとまでは言ってないすね」


ちぇー、という会計の声を遠くに聞いたところで、俺の意識はフッと途切れた。


「ハヨー有栖川」


それから普通に学校に向かうと、いつものようにミツキが声をかけてきた。


「あー、ハヨ……」


いつもの爽やかスマイルに安堵しながらも、若干、なんかこう、肩を掴もうと伸ばされる手に一歩引いてしまう。

いやあれは夢だってわかってる。
わかってるんだが。


「どした?」


そんな俺の微妙な変化に気づいたのか、笑顔のまま不思議そうに首をかしげるミツキ。

(すまん。おまえは悪くない)


「いや、あー、はやく行こうぜ」


なんとも言いようがなくて、俺は早足で教室へ向かった。

その日はすこし珍しいことが起きた。
遅刻常習犯の山根が、予鈴前に学校に来ていたのだ。

俺はなんとなく、なんとなくミツキと居づらくて、朝礼前にトイレへ行こうと教室を出て、そのとき山根とバッタリ顔を合わせた。


「あ」

「おまえ……」


山根としばし目を合わせて、俺はどうしたもんかと言いあぐねた。
挨拶をする仲ではないし、かといって山根には夢のなかでちょっとした恩義を感じていたため無言というのもあれだ。

でもあれ夢だし、というところまで頭を働かせる前に、俺はとっさに、さっきはどうもと言って山根の横を通り過ぎた。


「ああ?」


という山根の訝しげな声が後ろから聞こえた。

(しまったおかしな人になってしまった)

ミツキといい山根といい、あの夢は俺の現実に少なからず影響をきたし始めている。


「また白川」


その言葉にビクッとして前を見ると、ミツキが爽やかスマイルでこっちを見ていた。


「有栖川ほんと白川好きだな。見すぎだろー」

「まじか。見てた?」

「ほんとに自覚ないのかよ」


いつものように快活に笑うミツキ。

あたりまえなんだが、現実のミツキは怖くもなんともない爽やかイケメンスポーツマンだ。
俺をモヤモヤさせる夢の影響も、朝を過ぎればほとんどなくなっていた。


「なんだろう、白川って百面相だから見てて面白いんじゃね?」


見ていたという意識がないので適当に応える。
でも言っててわりとしっくりきた。

そうか、白川は見てておもしろいのか。


「まー言い方を変えるとたんに挙動不審なわけだが」

「ぶはっ有栖川ひでーな!」


昼休み。
俺はひとり購買へと向かっていた。

ミツキと席が前後になってからずっと昼飯はふたりで食っていた。
あいつはいつも弁当だからそのまま教室にいる。


「会計さま!これから食堂ですか?」


廊下で聞こえた声に俺は思わず立ちどまった。


「それがねー今日はちょっと仕事が立て込んじゃってさ、購買で適当に……」


聞き馴染みのある声に、もはや見慣れた……いや、猫耳が生えていないことに若干の違和感を覚えるが、とにかく最近よく見る会計とばっちり目があってしまった。

そしてなんでか会計が目を見開いたもんだからこっちも目を見開く。


「アリス……?」


しかもそんな呟きが聞こえたもんだから俺はとっさに走り出した。

いや逃げることはない。
逃げることはないんだけど、俺のなかを嫌な予感だけが渦巻いていく。

この予感を確かめたくて、俺は教室へと駆けていった。

ミツキは駄目だ。
嫌な予感しかしない今の段階では怖すぎる。

山根は予感が外れてたに怖いことになりそうだ。
意味わかんねーとかぶっ飛ばされそう不良こえー。
担任はなんとなくない。

となると残るはひとりだ。


「白川!」

「ひゃい!」


教室のドアを開け放ち叫ぶ。
普段ならんな目立つことしないが今は緊急事態だ。
ずかずかと白川の席へ近づいてその腕を取った。


「いきなり悪いな。ちょっと話」


それだけ言って弁当を食べていた白川を連れだす。
教室を出るときにミツキが怖い笑みを浮かべていたのは気のせいだと思いたい。


「あっ有栖川くん?」


手近な空き教室に入ったところで、ちょっと冷静になった。

白川がめっちゃ困っている。
どうしたもんか。
用件は、おまえもアリスの夢見てる?なわけだが、この予想が外れてたら俺はちょっと頭おかしい人になる。

(さてどう切り出そうか)


「えっと、悪い。おまえにちょっと訊きたいことがあって、あー……おまえさ」

「う、うん?」

「俺の女装はかわいくないよな?」


だめだ俺頭おかしい人だ。
女装願望持ちのおかしい人だ。
もうちょっとあるだろ切り出し方。

対する白川は口をパクパク開閉して顔を青くしている。

そんなに衝撃的な質問だったか?
想像したら気持ち悪くなったとか?
こいつ女装趣味かよキモいとか?

だよなあれをかわいいと思うのは夢のなかのおまえだけだ。
というかやっぱりあの夢を見てるのは俺だけか、そりゃそうか。

おなじ夢を複数人が見てるなんて、そんな非現実的なことあるわけない。


「あー、メシどきに悪かったな。もういいや。あ、俺別に女装趣味とかじゃないから。変な想像すんなよ」


いちおう釘を刺して踵を返すと、白川が突然叫びだした。


「ごごごごごめんなさい!」

「はっ?」

「ちちち違うんです!ただちょっとした出来心で妄想しちゃっただけなんです、だって有栖川くん理想の平凡受けだから…!」

「はぁ?」


内容はよくんからないが、このマシンガントークは夢のなかの白川と通じるものがある。


「おっ怒っていらっしゃいますか有栖川くん!でもやっぱり平凡受けと女装は正義っていうか萌えるっていうか妄想だけなら自由っていうかあれっ?なんで俺の妄想だだ漏れしてるの怖い!有栖川くんはエスパーでありましたかエスパーアリスでございますか平凡と見せかけた過去あり中身非凡受け萌え!」

「あ?悪い長すぎて聞いてなかった」

「怠惰!でもそこがまたいい……!」


その、いつものフレーズでようやく俺は確信を得た。


「おまえもあの夢見てるのか」

「はい?」


俺の真剣な顔に白川はただただ怪訝な表情を浮かべる。


「夢、って、えっ?有栖川くんは俺の不純な妄想に怒っていたわけでは……」

「エスパーじゃないからおまえの妄想は知らん」

「あ、そうなんだ。いや俺はてっきり有栖川くんの女装ボーイズラブを脳内展開していたのがばれたのかと」

「いまおまえがばらしたけどな」


いやなんとなく察してはいたけども。
さっきのセリフや夢での言動はやっぱりそういうことだったのか。


「ぎゃふ!誘導尋問とは卑怯なり!」

「おまえ本当にそのテンションなんだな」


夢と寸分違わねーわ、とぼやくと、白川はきょとんと首をかしげてみせた。
なんでかないはずのウサギの耳が見えた気がした。


「ときに有栖川くん、先ほどから言っている夢とは?」

「俺もおまえも他のやつもばかみたいな格好したアリスの夢」


俺の応えに目を見開いた白川は頭をフル回転させているようでうんうん唸っている。


「有栖川くんがその夢見てるんですか?」

「おー。俺と、たぶん会計もな。ってかここまできたらたぶん全員。おまえも見てるんだろ?あの夢」

「見てるというか、妄想してるというか……」


妄想という言葉に方眉をあげると、白川がわたわたと説明する。


「えっと、理想の平凡受けである有栖川くんとイケメンの絡みをね、俺が影からこっそり観察するっていう、そういう妄想をしててですね!」


毎日この絡みが見たいなぁって思いながら寝ると不思議とその夢を見るんだとニヘニヘ笑う白川。


「しかし妄想のなかに有栖川くん達を巻き込んでしまうとは……腐男子の妄想力はハルヒにも匹敵するということか!」


まて、まてまて。


「でもみんな自我を持って行動してたから俺の目論みと違ってニャンニャン展開にはならなかったってことぎゃっふぅっ!」


延々とわけのわからないことをしゃべり続ける白川の脳天に全力のチョップをお見舞いする。


「つまり全部おまえのせいじゃねーか!」

「申しわけござりませぬぅぅぅ」


ハハーと時代劇のような土下座をする白川。

まあ実際なにかしらの被害があったとかではないんだが。
あ、でも友人の知りたくもない裏の顔は知ってしまったな。


「ハ!ということはみんなあの夢を見ていたということか…!ということは夢で会うたび意識しちゃって現実で会ったらトキメキが止まらないてきな!ぎゃふー!」

「ねーよ」

「ぎゃふー!」


凝りもせずテンション上げる白川を一刀両断すると、高いテンションのまま床に崩れ落ちた。

実際はないとは言い切れないわけだが。

床とお友達になっている白川を見てそんなことを思う。


「あ、おまえ、このこと誰にも言うなよ」

「ふぁぁい」


特にミツキにばれたらなんかヤバそうだからな、と心のなかで付け加えた。

難しい顔をしてたのか、崩れ落ちたままこっちを見上げる白川の顔がすこし申しわけなさげだ。
安心させるようにその頭をヤンキー座りで撫でてやると、ニヘニヘと締まりのない顔ですり寄ってきた。
初めて触った白川の髪は思ってたよりフワフワしていた。

(あの夢のなかのウサギ耳、1回くらい触っときゃよかったな)

もう見ることもないだろう耳を思い浮かべながら、チャイムがなるまで撫で続けた。
その夜、アリスの格好をした俺が白川のウサギ耳を鷲掴むことになるのを俺はまだ知らない。


「おまえは懲りるということを知らんのか」

「申しわけござりませぬぅぅぅ!」

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