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 緊迫した空気が、一変、どっと熱気が流れ込んだ。


「ロンッ!!!一盃口、ドラ3で!」

「えぇ〜…、そんなんあり?てかドラ乗るのほんとに止めて、名前ちゃん…」

「だって赤ドラ寄ってきたから〜」

「五萬絡みだから、赤ドラ来ますわ、そら」

「あー、裏ドラは乗らなかったー」

「いや、乗らなくてよかったわ!俺箱になるし!」

「てかなんでそんな箱ギリギリなんスか?冬島さん」


深夜、という訳ではない。お酒も飲まず、素面の大人が揃って四角い卓を囲み、「麻雀」をしているのである。
勿論、場所も場所なので賭け事はしていないが、負けたものには罰ゲームというスリルはスパイス程度にある。
といってもいつもジュースやらお菓子を奢るという可愛いものではあるが。

今日の麻雀の面子は東、冬島、名前、諏訪の四人だった。時刻は名前の定時過ぎでなければ開催できなかったので、まだ半荘だがもう夜ご飯の時間を過ぎているくらいである。
諏訪隊作戦室の窓から見える景色は暗闇だ。

麻雀は頭脳を使う、緊迫した遊戯だ。それ故か、理由は定かではないがほぼほぼこの面子はお腹が減っている状況だった。
半荘も終わったキリの良いところだったので、お腹の減りも限界だった諏訪が切り出した。

「一回清算して、ビリは夜ご飯奢るでよくねっスか?」

「いや、悲しいけどこれは俺がビリで明白だろ?」

「あはは〜、冬島さんごめんなさい」

「今日はツモ上がりは少なめでしたが…」

「皆まで言わなくていい、今日は俺が振り込み多かったから…自業自得ってやつだ…」


雀卓の上の牌をケースに皆で詰め込みながら、点棒計算をしなくてもわかるくらいの負けをした冬島は思い切りしょげている。この中では一番年上なのだが、特に年上の威厳らしきものは感じられないほどだ。いつもならどちらかというと麻雀でも上位に食い込んでいるのだが、今日は本調子でもなかったらしい。
理由は明らかにはなっていないが、やはり女性がいると弱いという説はあるのかもしれない、と内心諏訪は思った。


じゃらと牌と卓がぶつかる音が響く最中、ふと名前の手が東の手と触れた。
ただ指先同士が触れるだけのものだったのだが、なんとなくその触り方に心が波立った彼女はチラッと東を見てみる。
麻雀してるし、洗牌中に指が触れあうこともあるから日常茶飯事だけどーと思いながら見たのだが


「(ん?こっち見てる?)」


こっちを見ているように感じただけでなく、むしろ少し口元が笑っているようにする思えた名前。
事実を言うならば、確実に東は笑っていた。それは、彼女以外にもその状況をこの短い間で観測していた者がいたからこそ、確実とも言える。


「(おいおい!卓囲んでる時に熱烈な視線アピールをすんなッつの!!)」


顔に出るのは彼の性質として仕方がないのかもしれないが、あまりにも明らかに顔を歪めた諏訪は、バレるのもお構いなしに二人の光景を見ているが、東と名前にはバレていない。むしろ、落ち込んで目線が下降気味の冬島にもバレていない。
しかしある意味大人なのか、ツッコミを入れたときの東のことを考えると怖いのか、あえて声には出していない。

一方、見つめられて微笑みかけられた名前は、無論困惑もした上で、気まずい気持ちになり、東から視線を外した。
偶然だという気持ちでとりあえず心を落ち着かせるフリをしてみれば、思ったよりも気持ちは落ち着いていく。フリに心は意外とついてきた。


「(…東さんのことだから二着になった私に笑いかけたんだろう、たぶん)」


この面子で二着に食い込めたのは結構すごいことだし、と何の気なしに思うことにしたのだった。

 ケースに牌が埋め込まれていって、雀卓の上が何もない状態になった時には、落ち込んでいた冬島も目線が多少上を向いていた。諏訪の表情も、どことなく引き攣っていたが元の形を保とうとしていた。
視線を外された後の東はというと、ちらりと諏訪が盗み見ていたが何食わぬ風であった。これだから麻雀強いんだよな、この人―と思いながら、意外と空気の読む諏訪は黙っている。


各々はご飯を食べに行こうと荷物をまとめ、誰ともなく作戦室の出口に向かえば、他も流れるように出口へ。
行き先は諏訪と冬島が回転寿司5皿まで、などと話していたので、おそらくこのまま出て行ったら行き先はそこだろう。




 ボーダーの入り口を出た頃合い、名前のトレンチコートのポケットの中身がブブッと震えた。夜の暗さだと、ポケットの中が発光しているのがよくわかる。

少し前の方で盛り上がっている男たちの声を尻目に、少し歩みの遅くなった彼女はポケットからスマートフォンを取り出す。
光る待ち受け画面に映った名前で、とりあえず返信しよう、と判断しスマートフォンを取り出すと、彼女より少し後ろを歩いていた人物がぬっと横並びになった。


「彼氏か?」

「あ、そうです。仕事終わったって連絡だと思いますけど」

「最近はよく会ってるのか?」

「いえ、最近は仕事が忙しいらしくて、あんまり…」


珍しく自分のことについて質問をしてくる東に対し、少し違和感を覚えながらも彼女も質問に答えていく。
彼氏のこと聞かれたのなんて数えられるくらいしかないはずーと薄ぼんやりと思っていると、名前の耳に理解不能な言葉が飛び込んできた。


「二番手に俺を置いておくのはどうだ?」

「………は?」


二番手、二番手、二番手?
思いも寄らなかった言葉だったらしく、名前の頭の中には、その単語しか残らなかったらしい。
何の二番手だというのだろう、隊でいう二番槍的な意味だろうか。しかもその二番槍的ポジションに東さん?東さんはどちらかというと一番槍とか二番槍とか、そういう立ち位置ではないだろう。

彼女の思考はだんだんと本筋の部分から乖離していった。
しかし、乖離から呼び戻してくれるような流れはなく、間抜けにも口から漏れ出た言葉に、東は反応もしない。言い直しや、追従する言葉もない。かといって彼女の隣を離れるでもなく、並んで歩いている。

スマートフォンに届いたメッセージに返信しようとした名前の手は止まり、スマートフォンは再びポケットの中へと戻っていった。