背伸び草
真っ青な青い空に、もくもくと美味しそうな白い雲。鳴り響く蝉の鳴き声に慣れた夏休み5日目の午前10時。

「あっつい」
「わかる」
「溶けそう」
「わかる」
「なんで俺たちは今、真夏の太陽の下にいるのか」
「それはね、俺達が花壇の水やり当番だからだよ」

絶望である。何故俺は春の委員会を決めるじゃんけんに負けてしまったのだろうか。なぜ俺が美化委員に。それでもなってしまったものは仕方が無いことで、美化委員は面倒な仕事も多いが楽な仕事もたくさんあると聞いてそれなら楽な仕事を選び続けようと決めたのだ。

それなのに。

幸いにも一番嫌な仕事…夏休み明けに毎週ある花壇の草むしりは隣のクラスのやつが引き受けてくれた。しかし、楽な仕事ばかりに逃げ続けてた俺に罰が当たったのだ。夏休みの花壇の水やり。先生から直々の指名である。

「それでもこの暑さはなくね!?今日の気温何度よ」
「天気予報のお兄さんは35度ですって言ってたよ」
「ちくしょう…」

俺と共に先生の指名を受けた隣に座る男はクスクスと笑っている。涼しい顔しやがって。二人して水色のホースを握って花壇と向き合った。

体育館前に広がる花壇の花は、暑さなんか気にしてもいないようで真っ直ぐに空へ向かって伸びている。中でも、太陽に向かって元気に背伸びをする大きな黄色い花。

「この学校向日葵植えてるんだよなー。でけえ…」
「まさに夏、って感じだね。黄色がちょっと眩しいかも」

青い空、白い雲、そして真っ黄色の向日葵。BGMには蝉の声。オプションには汗。聞こえはいいけど現実はいいものではない。本当に溶けそう。頭も暑くなってきた。

「っていう無駄話をしている暇があったら早く水やりをしろと」
「正論だ…」
「水出していいー?」

いつの間に移動したのか蛇口の方から飛んで来た声におう、と返事をして手をあげる。すると手の中のホースがぎゅるるると音を立て始めた。しかしいっこうに水が出てくる気配はない。

「水出たー?」
「出てねー!これ真っ直ぐに伸ばせば…わっ!?」

勢いをつけてホースを伸ばそうとホースをぐいっと上に上げた瞬間、ホースからバンッと水が吹き出した。勢いにびっくりして思わずホースを投げてしまった。上に向かって。

「つめたっ!!」

勢いよく舞い上がったホースから出た水によって頭からもろに水を被った。暑かったけど冷たい水はちょっぴり冷たすぎた。

「あーあ、びしょ濡れだね…」
「勢いよく蛇口ひねってんじゃねーよ…」
「ふふ、ごめんごめん」

ホースを拾いながらごめんと謝りつつも笑っているのは丸見えである。何だか無性に腹が立ったのでホースを奪い取って、そこから出る水を掬って顔に投げてやった。つめたい!と目を瞑ってくるくると回っている。ざまあみろ。

「はー、ちょっとやめてよね」
「先にやってきたのはそっちだろ」
「不可抵抗ですうー」

ベタベタと肌に張り付くカッターシャツを鬱陶しく感じながらも、今度はしっかりとホースを握って花壇と向き合った。向日葵は俺を見上げている。水をかけるとキラキラと輝いた。

「さっさと終わらせて帰ろうぜ」

声をかければこくりと頷いて俺からホースを奪い取った。ホースの口を指で潰して広範囲に水を撒く。俺はぐっ、と太陽に向かって伸びをした。

「そういえばさ」

呟く声の主をみると、真っ直ぐに大きな向日葵を見つめたままもう一度言葉をこぼした。涼しそうな顔には汗がつたっている。

「水やりだけじゃなくて、草取りも仕事だった気がする」

やったぜもうすぐクーラーの涼しい部屋に帰れるぜ!と内心喜んでいた俺はその言葉で地獄に落とされたような感覚に陥った。向日葵ばかりに目がいってしまったが、その根元にはぼーぼーと雑に生える雑草があった。

「軍手とってきます…」

太陽と向かい合って用具倉庫へ向かう。向日葵が俺の背中にざまあみろ!と言っている気がした。こうなったら先生にアイス奢ってもらうまで帰らねえ。


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