内緒の花壇
9月になり、長いようで短かった夏休みが終わりを迎えた。夏は終わったはずなのに今年の9月は8月と変わらず毎日が猛暑だ。太陽を隠してくれる雲が一つも見当たらない真っ青な青空の下、俺は一人汗を拭っていた。

「あっちい…」

何故俺がこんなに暑い中外で日の光を浴びているのかというと、美化委員会の仕事で草むしりをするためだ。
桜が満開だった春、委員会を決めるホームルームの時に保健室で寝てた俺が悪いんだけど。確かにそうだけど。毎週水曜日だけこの中庭の花壇の手入れをしなくてはならない。やりたくないけどやらないと成績に響く。夏も終わったばかりでまだ草はぐんぐんとすぐに成長してしまうから面倒だ。暑い。本当に暑い。

花は一つもなく、育てる人がいないから使われていないはずの花壇。放っておくと草が伸びて面倒になるからという理由で先生に仕事を任された。汗を垂らしながらえっさほいっさと草を抜いていると突然影ができた。

「こんにちは、少年」
「…こんにちは先輩。相変わらず機嫌が良さそうでなによりです」

声の聞こえた方を向けば、横で控えめにニコニコと笑う女の人。俺がここで草取りをし始めて知り合った2年生の先輩である。名前はお互いに知らない。先輩だというのがわかったのはリボンの色だ。学年別に色の違うネクタイとリボン。俺がこの雑草のような緑色なのに対して先輩のリボンは真っ青な今の空にそっくりだ。ちょっと羨ましい。そして彼女はよくここにいる。どうやらいい昼寝スポットらしい。

軽く会釈をすると、先輩は俺の横で屈んだ。スカートの後ろを手で抑えて膝に挟む。日焼けをしない白い肌が水のように透き通っている。先輩はもう一度、少し控えめな声で俺に声をかけた。

「調子はどう?」
「健康面では大丈夫です。今の状況的には土が固くてやってらんないですね」

先輩はいつも何を考えているかわからないけど、先輩もあまりの気温の高さに少し暑そうだなあ、とぼんやり思った。先輩は俺の返答に対して小さく、そうだねぇ、と返すと立ち上がった。俺は先輩を見上げる。

「お姉さんがそんな君に、アドバイスをしたいと思いまーす」

ニコニコと嬉しそうに笑う先輩が太陽の前に立っている。太陽の光を浴びない俺には黒くて濃い影が伸びた。ふふん、と探偵気どりな先輩はビシッ、と俺に指を向けた。

「土を柔らかくするには湿らせることが一番だ」
「まあ…水かけれりゃあちょっとは土が柔らかくなるのかもしれないですけど。先輩水道の場所分かってます?」

この花壇は校舎裏にあるため、近くに水道がない。ホースで土を湿らせることはできないのだ。ホースが不可能ならじょうろといいたいところだが、じょうろに水を汲んでこの花壇へ運ぶのにはあまりにも距離が遠すぎる。これも、ここに花が植えられていない原因の一つだ。そろそろ花壇を移動しろよと生徒会に文句をいいつけたい。

「まあまあ、見てなさいって」

そう言うがいなや、先輩はどこから出したのか手にペットボトルを持っている。ペットボトルの半分ほどに入っているそれは、学校の自販機で買うことができる天然水だ。そして、この水安いし美味しいんだよねー、と呟きキャップをはずした先輩は、何を思ったのかペットボトルの水を花壇に撒き散らし始めた。

「ちょ、先輩馬鹿!?なにしてるんですか!!」

長い腕を伸ばして花壇いっぱいに水をぶちまける先輩。宙を舞う水が太陽の光に反射してキラキラと輝いた。

「その水、買ったばかりでしょう」
「いいのよ」

先輩が移動したことによって俺自身も太陽の光にあたる。なんて暑い日なんだろう。ふと顔をあげると、まるで本当に花の水やりをしているかのように酷く優しい顔をした先輩がそこにはいた。

「私ね、ここに花が咲くのを見てみたいの」

大好きなこの場所でね。そうポツリと呟いたと同時にペットボトルの水が空になる。先輩の話によると、この花壇はもう何年も花が植えられていないという。日光はよくあたるが、水道が遠く水やりが難しいのが一番の理由だ。

「だからね、よかったら少年に頼みがあるんだ」
「あー…」
「うふふ!」

ニコニコと太陽のような笑顔になった先輩は、持っていたペットボトルを俺に差し出した。ペットボトルなら持ち運びに便利でしょう、と。

「キャップに穴をあければシャワーみたいになるし。ほら、小学生の時朝顔とか育ててたでしょう?」
「いつも世話せずに枯らしてましたけどね」

でもたしかに、ペットボトルをじょうろ代わりにするのはいいアイデアだ。こんな小さなペットボトルではなく、1リットルペットボトルにすれば水も多いから花に水をあげることができる。

先輩のお願いはかなり難しいものがある。もうすぐ涼しい季節になるからすぐには花の種を撒いても育たない春先まで待たなければならないのだ。その時に俺はもうここに草取りをしにきていないかもしれない。なぜなら委員会の任期は1年だから。…ああ、そうだ、それなら。

「先輩、言いだしっぺもちゃんとお世話しますよね?」
「お?」
「来年俺と一緒に美化委員になりましょう、俺だけに任せるなら巻き込みます」

なかなか言うねえ、そう言って先輩は右手の小指を差し出す。

「わかった。じゃあ約束。嘘ついたら針千本のーます、ってね」

二人で花を育てるのも楽しいかもね。目を伏せた先輩に返事をするように俺も右手の小指を先輩の小指に軽く絡めた。



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mannerism様へ提出。
13/10/31

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