放課後の夕日
「うう…」

思い出すだけで涙があふれてくる。零れ落ちる涙を拭おうと紺色のカーディガンの袖を引っ張った。

空がだんだんとオレンジ色に染まっていく時間。その日、カラフルな絵の具がこびりついている美術室の机で腕と顔を押しつけて泣いている俺がいた。


「こんにちはー!今日は先輩に耳寄りな情報を…えっ先輩、どうしたんですか?」

しばらく同じ体制のまま出てきた鼻水をすすっていると、元気な挨拶がとりえな後輩がいつも通り黒板の横のドアから入ってきた。ええ?えええ?といいながら俺の周りをうろうろしながら、おーいせんぱーいとこっそり声をかけてくる。あいにく今は返事をする余裕はない。どうせ出てくる声は情けないものだろう。

数分の間そいつが、ねえねえせんぱーいと声をかけ続け俺の周りをいったりきたりしているのを背中で感じたすごく鬱陶しい。俺は今傷心に浸っているんだ。邪魔をしないでくれ。家に帰る気分ではなかったので部活をしに美術室へ来たけど、正直部活をやる気分でもなかった。

そう思いながらうとうとし始めた時、入り口とは反対側、美術準備室のドアの開く音が聞こえた。

「そいつ今多分返事できないから諦めな」

このダンディな声は部活の顧問だ。いつも準備室に籠っては絵を描いたり昼寝をしたり植物を育てている。突然現れた先生に後輩が詰め寄った。

「ちょ、ちょっとちょっと!先生!先輩どうしたんですか?」
「好きな子に告白したらフラれたんだってよ」

あっさり言いやがってクソジジイ。

そう、俺は好きな人に告白をして玉砕したのである。ずっと好きだったのだ。中学1年生のころからずっと。俺は今年で高校2年生になった。ヘタレな俺はずっと告白できないままこの気持ちを隠してきた。でも来年はおそらく受験で忙しくなる。だから早いうちにと思って今日、告白することに決めたのだ。

その結果がこれである。俺が恋したあの子はやっぱりとても優しくて、好きになって良かったと心から思う。本当に。だが、長い恋だったこともあってふられたことへのショックはとても大きかった。思い出すだけで涙が溢れてくる。

後ろからぐずぐずと鼻をならす俺に向かった後輩のうわあ……とどん引いてる声が聞こえて余計情けなくて涙が出た。

「せ、先輩大丈夫ですよ!先輩はちょっとヘタレでコミュニケーション能力には欠けますけど、えっと、絵は上手いと思います!」

突然口を開いた後輩は何故か俺の気にしてる点をグサグサついてきた。痛い。胸に刺さる。でも、言ってることは酷いけど、俺を慰めようとしてるのかもしれない。少し顔をあげて横目で後輩を見た。

顔をあげた俺をみた後輩はにっこり笑顔で口を開く。

「きっと先輩のことが好きなモノ好き…いえ、素敵な人だって絶対居ます!元気出してください!!」
「ぶっとばすぞテメエ…」

追加でダメージを受けた俺はもう一度腕に顔を押し付けた。

「ええええ先輩大丈夫ですかね…!?」
「いや、とどめさしたのは多分お前だよ…」

本当にな。

「あっじゃあ私、先輩の元気が出るようにコンビニでお菓子とジュース買ってきますよ!お菓子パーティーしましょ!!
もちろん奢りです!先生の!」
「俺の!?」

突っ込んでおきながら先生は諦めてお金を渡したのか、いってきまーす!と元気な声が遠ざかっていった。台風のように騒がしいやつである。先生が呟いた青春だなあ、という言葉を聞き流してゆっくり目を閉じた。



次に目を開けた時に飛び込んできたのはだいだい色だった。眩しくて顔を上げると、おはようございます!と大きな声をあげて満面の笑みの後輩がいた。

「先輩、ポテチは何味が好きですか?」

木の器にザラザラとポテトチップスを開けていくのを眺める。夕日がだいだい色で部屋を染めていく。

「お前もさっさと食べないと俺とこいつで全部食っちまうぞ」

先生と後輩がパリパリとポテトチップスを食べる音が室内に響いた。

「まあな、またいい出会いがあるさ、きっと」
「そうですよ!人生まだまだこれからです!」

2人が夕日に照らされた顔でにやりと笑う。なんだか心が温かくなった。ゆっくりと顔を上げる。

「…絵、描きたくなってきた」

そうかそうか、と頷きながらパリパリと食べ続ける先生が傍から絵の具を引っ張って俺に寄越した。

「失恋真っ最中の今描いたら、いい思い出になるかもなあ」

先生の言葉に頷いて、夕日色の絵の具を探す。食べないんですか?とポテトチップスを差し出す後輩の頭を一度だけ撫でた。

窓の外が見える位置にキャンパスを立てかけて色のついた筆を叩きつける。

「豪快にいきますねー」

先生と後輩の顔を見て少し笑った。

「失恋記念日、だからな!」

文化祭でこの絵を見た彼女は何も思わないだろうけど、俺自身がこの絵を見るたびに、今この瞬間の甘酸っぱい気持ちを少しだけ思い出せたらいいなと思った。


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