流行病






「アキ、おい、しっかりしろ!」


床の上に倒れ込んで動かなくなったアキをみて、慌てて駆けつけて抱き起こした。腕の中のアキはスヤスヤと健やかな寝息を立てて眠っていた。なんだ、心配させやがって。
実ははじめから狸寝入りを決め込んでいた。容認はしたものの、アキの存在を手放しに信じることはできなかったからだ。

呪いの話を言い当てたことは確かに驚いたが、忍びの類や、もしくは当事者であれば情報を得るのは容易い。まあ、今回のことでその容疑は晴れたわけなのだが。

腕の中の彼女を見下ろして、思考を巡らせる。アキの存在は特殊という一言に尽きる。
突然空中に現れたばかりか、見えない何かと親しげに言葉を交わし、どこからともなく青い火の玉を発生させてそれらを操り悪霊退治をやってのけた。自分自身に霊感の類がないせいでアキが一体何と戦っていたのかまでは分からないが、緊迫した空気とこの世ならざるものの気配は確かに感じられた。
アキ自身もどこか浮世離れした雰囲気を纏っている。村娘のような粗雑さはなく、かと言って位の高い姫君のような儚さもないのに、不思議な品と教養を持ち合わせている。何の目的で現れたのかは分からないが、あの能力は役に立つのは確かだ。四国を統べるに当たっては是非とも欲しい人材である。それだけに、他の奴らに知られるのはまずい。とくに毛利あたりに知られようものならどうなるか分からない。


──いっそこの城に繋いで囲うか?


よぎった考えはすぐに打ち消した。
長宗我部ともあろうものが瞬間的にも非道徳的なことを考えつくなんて。よほど睡眠不足がたたっているらしい。


「う、ぅ…ん」


「!」

身じろいだ彼女に体が強ばった。が、起きる様子もなくちょうどいい場所を探すように胸に擦り寄ったかと思うと、そのままこんこんと眠り続ける。不思議な能力があるにしたって無防備過ぎないか…?黙っていたらそこらの娘と変わらないではないか。
一人で考えてるのが馬鹿らしくなってくる。このあとのことはひとまず様子を見るしかなさそうだ。アキが起きたら事の顛末を聞いて、そしてこれからの話をしよう。


そう結論付けて、はたと気づいた。この状況をどうしたものか。おそらくもうすぐ夜明けだ。控えのものに布団を用意させるか?別室を整えさせるにしても皆寝静まっていることだろう。見張りでつけていたはずの忍びの気配もなくなっている。あの怪異のせいなのか、はたまたアキの仕業か、どちらにせよひと仕事終えて気持ちよく眠っているアキを起こすのは躊躇われた。けれどこのまま板の間に放置するのも礼を欠く。

…抱き起こしても眠っているくらいだ、隣に誰が寝ていようと気にしないだろう。

仕方ないと諦めて自分の寝所に運ぶ。寝顔が幼いせいか、妹ができたような心地だ。自分の上掛けをかけてやってからそばに寝転んだ。今日から悪夢にうなされることもないのだと思うと、本当に感謝が尽きない。張っていた緊張が緩んだのか、すぐにうとうとと眠気が襲ってきた。


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「う……、ん、?」


ふと、目を覚ました。辺りはすっかり明るくなっている。今何時だ。見覚えのない和室の天井に一瞬戸惑ったがすぐに思い出した。そうだ、私いま佐助さんの世界にいるんだった。昨日は海に落ちて散々だったけど、元親様に拾ってもらって、早速超能力的なものを発揮して、それで、私…。つらつらと思い出しながら寝返りを打って横を見た途端思考が止まった。


ちゃっかり上掛けにくるまっていた私の横には、元親様が穏やかな顔をして寝ている。寝顔も大変に男前だ。…じゃなくて。


私の寝ている横に元親様が寝ている…


元親様と一緒に、寝てる…?



なんで!?


ザァッと血の気が引く音が聞こえた気がした。
覚えてる、簪に呪いがかかっていたから、それを何とかしようとして一晩時間をくれといった。そこまでは確かに覚えてる。
元親様には寝てもらって、私はいなりと一緒にその周辺を警戒していた。それで、ヤバそうなのに襲われて、まさかの展開にびっくりして、いなりとなんとか撃退して、それで…それで?どうしたっけ?

恐ろしいことに記憶が無い。まさか寝落ち?あの状況で?百歩譲って寝落ちたとしてだ。それにしたってなんで元親様と寝てるの。なにがどうなったらそうなるの?佐助さん私は誓って何も無いですよ!元親様の筋肉に興奮しちゃったのは認めるけどでも何も無い!やましいことはないですよ!

猛烈に後ろめたくなって、心の中で佐助さんに土下座する勢いで謝る。いや、ほんとに何も無いんだけどなんかごめんなさいって気持ちでいっぱいです。もぞもぞとお布団の中で距離を取りつつ周囲を伺う。こんなときにいなりはというと、足元の方で丸くなって寝ている。おいこら、私に状況を説明して。肝心な時に頼りにならない。

周りに誰か控えてたりするんだろうか、それはそれで見つかったらあらぬ誤解されそうでやばい。
のたうち回る勢いで自問自答していたら、いつの間にか目を覚ましていたらしい元親様に、よう、と声を掛けられた。心臓が止まりそう。


「よく寝てたな」


「えっと、あの私…」


どこから謝っていいか分からないんですけどとりあえずごめんなさい。頭がえぐれる勢いでその場で土下座をすると、待て待てと元親様に止められて、こうなった経緯を説明された。曰く、私がいなりに頼んで周りの見張りまで全部倒してもらったのが裏目に出て、誰も私の寝床を用意してなかったらしい。床で寝落ちた私を不憫に思った優しい優しい元親様が気を利かせてご自分の寝所に運んでくれたのだそうだ。なんという親切心、そして私の自業自得。理由がわかったらなおさら頭が上がらない。


「それで、解決したのか」


私が謝り倒すのを見かねて、話を逸らすように元親様が聞いた。そうだ、その話をしないとだった。私はできるだけ細かくあの戦いのさなかに見た映像を話して聞かせた。思い出したら怖くて涙が出そうだけど、手がかりはあの映像しかないし、元親様に助けてと言うくらいだから切迫した状況かもしれない。


「なるほどな」



「思い当たる場所はありますか…?」


一通りの話を聞き終えると、元親様は納得したきり黙ってしまった。その表情は厳しい。まさかあの時の映像は過去のことで、該当の人物はもう手遅れだったりするのか。険しい顔に不安になって重ねて聞いてみる。あることにはあるが…と前置きされた話を聞くとこうだ。


その場は元親様の城から少し離れた場所にあり、普段は療養所として開放しているのだそうだ。ひと月ほど前、異国の偵察という目的の長い航海を終えて、とある船が戻ってきた。乗組員の間には病が蔓延しており、陸に帰ってきてからも原因の分からない病は回復の兆しを見せず手の施しようがない状態らしい。不治の病か、はたまた流行病か。判断もできず、手をこまねいているあいだに死者が出た。いよいよ異国から病を貰ってきたのではと噂が噂を呼び、乗組員たちは隔離され、その療養所には誰も近づくものはいないという。


「不治の病…」


「お前の知識が役に立てば何よりだが、流行病ならなるべく人を近づけたくねぇ。ましてや、なんの関係もないアキをこれ以上巻き込むわけにも…」


そう言って目を伏せる元親様。正直言って今更である。たしかに、原因の分からない病ってめちゃめちゃ怖いけど。でも、昨夜の得体の知れないばけものは、きっとこれが原因なのだ。このままその療養所の病人たちが全滅でもしたら今度は悪夢じゃ済まされないかもしれない。ここで見て見ぬふりをしてもきっと解決しない。まさに乗りかかった船、というやつである…上手くないか。


バカな冗談はさておき、それを告げると元親様は渋々療養所の場所を教えてくれた。


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