※山姥切くんがいる図書館のお司書の話
※お司書の話だから捏造多数
「そういや司書ってここに来てどのくらい経つんだ、にゃ」
貸し出しから戻ってきた書物たちを、慣れた手つきで棚へと戻していく山姥切に向かって問い掛けたのは南泉だ。同じように、けれどこちらは慣れない手つきで空いたスペースに本を丁寧に戻していく彼は、ただの世間話のつもりだったのだろう。
けれど、山姥切は手を止めた。
まだ本棚へと戻す本たちは残っている。しかし山姥切はその手を止めて、隣に並び、同じように戻し作業をしていた南泉へと向き直る。
「司書くんに直接聞かなかったのは正解だ、猫殺しくん。彼の過去に関連する質問は、絶対に本人にはしてはいけない」
「……何かあるのか?」
「俺も彼の全てを知ってる訳ではないから、なんとも言えない。ただ、彼は自らの過去を全て捨てた男だ」
だから彼の名前を、この図書館にいる文士達は知らない。そう付け足した山姥切に、そういえば自分も司書の名を知らないことを今更ながら思い出した南泉は、へえ、と気の抜けた相槌を打つ。
誰だって知られたくない過去はあるもので、きっと司書もそうなのだろう。だから名前も過去も捨てて、ただの司書になった。ただそれだけの話だ。
南泉はそう納得してこの話題を流そうと思ったが、しかし山姥切は言葉を続けた。ゆっくりと、しかし隣の男以外には決して聞かれぬように小声で、注意を払いながら。
「今から言うことは絶対に口外しないでほしい」
ひっそりと紡がれたその言葉に、南泉は無言で頷いた。
今、この場にいるのは自分達だけである。しかし周囲を細心の注意は払うべきだと、この部屋に一つしかない出入り口の扉に視線をやり、その周辺に人の気配がないことをしっかりと確認する。そうして、ここ等一帯には自分達だけしかいないとしっかりと確認した上で、続きを促すように山姥切を見つめてみれば、山姥切も頷き、口を開く。
「――彼、元海軍所属だ」
「! 軍人か。アイツ、力仕事は専門外ですって態度で上手く隠したにゃァ……全く気付かなかった」
「ここに来た当初は俺だって気付かなかったから見事なものだ。普段の態度からして、彼は根っからの研究者で非戦闘員だと思えてしまうからね。本当、演技が上手い」
その声色に嫌悪感はない。山姥切は純粋に、過去の経歴を隠し続けた司書に感心しているのだ。全くそんな素振りを見せてこず、気弱で貧弱な錬金術師というレッテルで自分を覆い隠し続けている男に、感心している。南泉だって感心したかったが、しかし普段から「私は非力なので十冊以上の本を持つと筋肉が死にますので力仕事はお任せしますね!」と堂々と宣言する司書を思い出してしまい、平然と嘘を吐くその根性に腹が立ってしまう。
「海軍の軍人がどう転べば政府お抱えの錬金術師ににゃんだよ……」
「さあ。持てる人脈を駆使して得た情報は、彼の過去は海軍に属していたっていうことだけ。ああ、あとそれから」
山姥切は、なんでもないように言葉を続ける。
「こいびとが海に沈んだらしい」
そこで発狂したって、俺は聞いた。
山姥切は微笑みながら、惨酷であろう真実を南泉に教える。それが本当かどうかは分からないし、調べようがなかったけれど。けれど狂ってから彼は錬金術師としてここに来たという。
「多くの人の子は離別の痛みに耐えきれないから、司書くんがそうでも仕方ない。俺だって南泉、お前との離別は心を痛ませる原因になる筈だ。ただ俺は心が強くて本物だから、痛くても立っていられる。けれど司書くんってわりと脆くて胃が弱くてふにゃっとしてるし、多分耐えきれなかったんじゃないかな」
可哀相だよね。
そう、やはり笑みを浮かべて、なんでもないように山姥切は言った。
喋りながらも途中から本棚に本を戻す作業を再開させていた山姥切は、手にしていた最後の本を本棚に戻す。それで終わり。作業は終わり、ここにいる理由はなくなった。
「じゃあ戻ろうか」
「……ああ、そうだにゃあ」
溢れそうになった言葉は全て飲み込んで、南泉は頷く。
■了■