幼児化本丸。
この本丸は、簡単に言えばそういうものであった。
審神者が顕現させる刀剣男士は悉く幼児の肉体となるが霊力自体に問題があるという訳ではなく、幼児化する原因は全くの不明である。
しかしどうしてか刀剣男士が隊を組んで戦場に出た時のみに限り、個体差はあるが肉体年齢がやや上がるのでギリギリ戦闘が可能の状態となる。それゆえに本丸は存続となり、審神者も刀剣男士も、この本丸で日々を過ごしているのだ。
さて、この幼児化本丸の刀剣男士となった一文字則宗は、本来別の本丸の監査をする予定だった。
だがその本丸はとある事件により審神者が惨殺され閉鎖、結果として監査官としての予定が白紙状態となった。それならばこのまま政府所属で気ままにやっていこうと、則宗は興味のあった部署への異動願いを人事に提出し、無事受理されるかどうかをわくわくしながら待っていたのだが、なぜか突如この本丸の監査を担当することになってしまった。発足されたばかりの本丸だけれども、調査くらいならやる気さえあれば出来るだろうという政府の判断で。
だから当初、則宗はこの本丸の異常性に気付いていなかった。なにせ本当に突然決まったことだったし、渡された資料には最低限の情報しかなかったので。
特命調査については元から知っているからどうにかなったが、担当することになった本丸の資料なんてじっくりと読む暇もなく。顕現数だの発足日数だの、そんな最低限の情報を頭に入れただけのほとんどぶっつけ本番で、則宗は監査に臨んだのだ。
本丸へ通信を入れた時だって、資料に目を通しながら喋っていたのでモニター越しの本丸の様子だって覚えてなかった。
だから現地で顔を合わせて、そこでやっと自分が監査することになった本丸が特殊であることを知ることになり、そして今に至る訳である。
「ほれ坊主、坊主たち。僕は畑仕事をせねばならんからな、ここで仲良く並んでお昼寝しておくれ」
この本丸には、生活における日常的な雑事をこなせる男士ですら限られている。
則宗は政府で顕現されたまま所属のみを変更した身であるので、この本丸では唯一の成体の器を持っており、力仕事は今や殆ど則宗が担当していた。本当は畑仕事なんて面倒なことはやりたくないが力仕事を幼子にやらせる訳にもいかないので、自ら進んでやるしか道はなかった。
こうやって縁側に腰かけ、膝に赤子を乗せてあやし続けていてもやることは減りはしない。赤子の体温ですっかり温まった膝から陸奥守を降ろし、どっこいしょと爺臭い掛け声を上げて腰を上げてみれば、もう膝が恋しいのか小さな手の平が則宗の方へと伸びていた。
右隣に腰かけていた加州も、まん丸の瞳で立ち上がった則宗を見つめてる。先程までしゃぶっていた手を口から話し、首を傾げながら自分の隣、先程まで則宗が据わっていた場所をペチペチと叩いて戻ってこいと仕草だけで抗議している。
「おいおい、勘弁してくれ」
まだ朝に軽く畑の世話をしたっきりだから、今度はしっかり仕事をしたいというのに。
まだ動き回ることも出来ないくらいに幼い赤子と、お喋りは出来るけれど人見知りと恥ずかしがり屋の気もあり表情や行動で意思表示する幼児の可愛さという誘惑に、うっかり負けそうになる。
「ほら、ねんねだ、ねんね。畑から美味いもんを採ってきて調理してやるから、だから今はお昼寝しよう」
「や」
「……嫌かぁ。じゃあ畑で芋掘りをしよう。手伝ってくれよ、坊主」
「ん」
「よし、なら陸奥守の坊主は背負っていくか」
常備してるおんぶ紐を素早く取り出し、慣れた様子で則宗は足をもぞもぞ蠢かせて一人遊んでいる陸奥守を背中に背負う。そして加州の小さな手を取り、ようやく当初の目的通りに畑へと向かう。
歩幅の違いに気を付けながら、横に並んで歩く加州を眺める。幼くて脆くて、傍から見ればただの幼子だ。
戦場に出る時は肉体年齢が五歳ほど上がって戦闘行為が可能になることは知っているが、それにしたって今はただただ幼い。背中をポカポカと温めてくれる赤子に至っては、戦場に向かったことがないらしいのでいざという時にどのくらい年齢が上がるのか全く分からない。顕現した男士を初めて戦場に出す時は毎回ドキドキするとこんのすけが話していたが、ドキドキどころではない。
監査開始時、戦場で見た加州清光は十歳前後の矮躯だった。
資料として見たことがある加州清光とはまるで違い、痩せ細ったその躰を見た瞬間、則宗は彼にたらふく肉を食わせたくなった。
基本的に、刀剣男士の見目や内面は「こういうもの」と定まっている。予め、人型の原型が一振り一振り大まかにではあるが存在するのだ。それから外れた変異体を、多くの者が『亜種』と呼んでいた。
これが噂に聞く亜種とやらの加州清光なのかぁ、と則宗は懐から取り出した飴を彼の口めがけて押し込みながら、その小柄で痩せぎすな子供を心配してしまった。同情は侮辱にもなり得るゆえに、そんな感情抱くことが烏滸がましいというのに。
しかしその感情こそが、則宗がこの本丸に来た理由だった。
一文字則宗の個体の中で、自分はどうやら少しばかり《下手くそ》なのだろう。放っておけなかった。見て見ぬ振りが出来なかった。手を伸ばさずにはいられなかった。
短刀の刀剣男士くらいの背丈で打ち刀を奮う加州。それに続く、やはり背丈に合わぬ刀を振るう幼子たち。
監査する為に見た戦闘風景の異様さにまず慄き、思わず本丸担当のこんのすけを強引に呼び出し首根っこ掴み上げ説明を求めた則宗は、全ての説明を聞いたその場で即座に決意したのだ。優であろうとなかろうと、絶対にこの本丸に入ってやろうと。
予定通り上を捻じ伏せゴリ押しで本丸への所属を果たした則宗は、ここで二度目の衝撃を受ける。戦場で見た時より幼くなっている男士達に。
嘘だろ、と思わず漏らしてしまったことは仕方ない話であった。この事実は他の審神者に不安や不審、差別心を抱かせる可能性があるからとごく一部を除いて伏せられているというのは担当職員の弁であり、則宗は頭を抱えた。ついでに監査官時代に本丸の資料として貰っていたデータも確認したが何度読み返しても本丸内での幼児化状態についての文言は見つけられなかった。もう眩暈すら起こらなかった。ますます覚悟が決まっただけだった。
「坊主、転ぶんじゃないぞ。僕が怒られてしまう」
「ん」
手を引いているけれど、子どもはすぐに何処かへ走っていってしまう。走って転んで泥だらけ。この本丸ではよくあることで、則宗はもう何度も遭遇している。つい三日前だって、顔面から地面に突っ込んで、お前そんな声が出るのかというくらいの大声で泣き叫んだ山姥切国広がいた。
だから今、加州の手をしっかり握っているけれど口頭でも転ばないように注意してみけば、小さな丸い頭がコクコクと上下に揺れる。
平和だなあ、けれど何とかしないとなあ。
畑への道すがら、いつまでもこの"状況"を放置し続ける訳にもいかず、則宗はそっと息を吐いた。