則宗は子育て初心者である。
武器の付喪神に育児経験がある訳がないので、当たり前のことであった。だからこそ時の政府で肉の器を得た頃には自分が育児をする側になるとは全く考えてもいなかった。しかしこれが現実だ。育児に追われる今こそがリアルだ。戦場以外でも毎日が戦いだ。生活や育児の知恵をネットで授かり、日々をなんとか乗り切っていた矢先のことである。
子どもたちが、寝る前に話を求めてくるようになった。
睡眠導入に最適な話など、民話くらいしか覚えがなかった則宗は手慣れた様子で端末を取り出し、数多の知恵を貸してくれる先人たちに助けを求めた。スレ立てなどもはやお手の物である。
するとすぐに子育てを乗り切った猛者たちは異国の童話や絵本を教えてくれ、更にとある場所も勧めてくれた。政府の管理下にある施設で良い場所があると。
「なるほど」
次々と流れてくる寝かしつけに最適な推し本の熱いプレゼンを眺めながら、則宗は一人呟いた。
勧められた本を通販で買うだけであれば簡単だ。数回のタップの後、すぐ手元に届くだろう。けれど折角だから、勧められた本だけでなく勧められた場所にも足を運んでみようという気になった。
外出許可を取ることに関してだけが面倒なのだが、"せめて"寝物語をせがむ子どもたちに寝入る瞬間までは楽しい気持ちになってほしい。であれば、やるべきことは一つだ。

「代理殿、一つ相談があってな。ちょいと話を聞いてくれないか」

ここに属する刀剣男士の誰もが近寄ることを拒む"本丸"。
それは審神者が行う業務の殆どを肩代わりし、実質本丸の主となっている人間が住まう場所であり、二の丸で暮らす自分だって用がなければ足を踏み入れることもない場所だが、今回は外出許可を得るという目的があって自ら赴いた。
本丸内は相変わらずの静寂。住まう人間が一人しかいないから当たり前なのだろうが、それにしたって寂しい場所だ。
「許可するわ」
そう、ひっそりと襖越しから聞こえてきた声はこの本丸と同じくらいに寂しい音色だった。
同じ空間にいることは許されない。襖越しでしか話すことも許されない。たった一人で本丸に閉じこもり、業務だけはきちんとこなす審神者の代理人。
今回も顔を合わせて話すことを避け、会話をさっさと切り上げようとしているのか用も聞かずに許可を出している。そんなに誰とも会いたくないのか、と思いながら則宗は言葉を投げる。
「まだ何も言っちゃいないんだがね、いいのか?」
「許可するって言ってるでしょ!早く消えて!ここから去って!早くッ!」
ガシャン、と物が壊れる音がした。
襖越しでもよく通るヒステリックな声に負けない位に、ひどい音だった。壊れた物はまだ寿命でもなかっただろうに、自分のお喋りが原因で壊されてしまった。そのことにほんの少しの申し訳なさを感じながら、則宗はその場を後にする。
だって消えてほしいと言われ、去ってほしいと叫ばれた。なら、それに従うことが一番いい。これ以上言葉を重ねても意味がないのだから。


何もかもが恐ろしい代理人の過去を知らぬからこそ、分からない。
言葉を重ねることが大事であると、則宗はまだ知らない。

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