「猫殺しくん、俺と直接知り合い個体の則宗殿が監査官デビューしたって話したっけ?あの続きなんだけど彼、この度目出度く……いや目出度くはないんだっけ?まあとりあえず、本丸所属になったらしいよ」
桜が薄桃色の花を散らせ、青々とした木々へと姿を変え始めた頃。
新年度だなんだと理由をつけられ増やされた業務を一つ一つ確実に片付ける中、佐藤から手渡された報告書に目を通しながら山姥切が振った話題に対し、目をひん剥いて驚いたのは南泉だった。
「してないが?! 御前も政府に協力してたってことをまず今知ったんだが、にゃ!?」
「あれ、じゃあこれ誰に話したんだっけ……」
「その話なら俺だな」
悲鳴を上げて腐れ縁に詰め寄ろうとする打刀を素早く羽交い絞めし、そのまま気の良い笑みを浮かべながら佐藤が返事をする。
「ああ、佐藤くんだったか。ごめんね、あの時期デスマーチの序盤だったから記憶がふわっとしてて…」
「徹夜した日の煙草休憩中にしてくれた話だったからな、記憶が朧気になるのも仕方ない。あの話なら、俺と芥川しか聞いてないんじゃないか?」
「芥川くんもいたんだっけ。駄目だな、殆ど記憶が飛んでる……司書くんはもうちょっとペース配分を考えて業務をこなしてくれないと、その内誰かに刺される気がする」
地獄のデスマーチを思い出したのか、若干遠い目をしながら話す山姥切。そのデスマーチの苦い記憶を共有している佐藤も苦笑気味だ。司書も悪気があって書類仕事を溜め込んでしまう訳ではないが、それにしたって業務の効率が悪い。頭は比較的良い方である筈なのだが、こればかりは性格だろう。であればその分を自分がカバーすればいいと当初の山姥切は考えていたが、それに待ったをかけたのが森である。
これは拙いと直感で感じた医者の判断は早かった。そしてある意味正しかった。このまま全てをカバーされ続ければ、司書は間違いなく帝國図書館での山姥切長義信者第一号の道を歩んでいただろう。錬金術師が神に狂うなんて、恐ろしいことが起こりそうな予感しかしない。
そんなわけで司書が山姥切に依存してしまうことを懸念した森からストップをかけられてしまい、司書自身の業務はギリギリまで手を貸してはいけないとルールが出来てしまった。これがデスマーチが定期的に開催されるきっかけであった。デスマーチ開催という犠牲を以て、司書の山姥切狂信者への道は今のところ閉ざされている。このまま末永く閉ざされていて欲しい道である。
しかし図書館に集う殆どの面々は、このデスマーチが必要な犠牲の結果であるとは知る由もない。
「記憶がすっぽ抜けるくらいのブラック環境を強いた司書の野郎は後でシメるとして、御前の話だ。山姥切、御前が配属された本丸について詳しく話せ、にゃ!」
佐藤に羽交い絞めにされたままの南泉も、勿論知る由もない。
「南泉と則宗とやらは知り合いなのか?」
「同じ一文字なんだよ、猫殺しくんと則宗殿は。人間とは感覚が違うからなんとも言えないけど刀工の繋がり、派閥みたいなものでね。君達でいうところの三田派、白樺派、新感覚派、みたいな感じかな」
「へえ」
それなら気になるもの仕方ないことだと佐藤は納得し、羽交い絞めにしてた腕の拘束をゆっくりと解いた。
「知り合いの則宗殿っていうのが、本来は俺が所属する本丸へ監査に来る予定だった則宗殿なんだけどね」
「待て」
「あの本丸って、ほら、お茶目な事故でなくなっただろう?」
「おい佐藤が胃を痛めてるぞ。全てが終わった後に太宰のやらかし報告を受けてぶっ倒れたんだろ佐藤と井伏は。その片方がいるのにその話題出すのかお前。まじかお前」
「え? 佐藤くん、則宗殿の話したんだよね?」
「その前情報は聞いてないんだが!」
胃を押さえながら悲痛な叫びを上げる佐藤に心底同情した南泉は、丸まっている彼の背を摩りながら「ごめんなこいつちょっと情緒がやべえんだよにゃあ…」なんて謝罪している。
そんなふたりの様子を見て何かを察したらしく、一部で情緒がややズレている疑惑のある山姥切はあの時に言い忘れてごめんね、と謝罪をするが違うそうじゃないと突っ込んでくれる頼れるツッコミ、田山が不在の為に佐藤の胃が更に痛んだだけであった。
「同じ本丸へ監査に行くからっていう縁で知り合っていた則宗殿だったんだけど、本来行く筈だった本丸が無くなったから結局別の本丸に監査官として派遣されてたんだよ。で、監査に行った本丸が問題があるものだったみたいで。本来なら則宗一文字は監査で優を取った本丸であろうと所属義務がある訳でもないから、監査後の行動は各々の意思に任せてる。そして彼、俺の知り合いの則宗殿はどうやら他の一文字則宗とは違う考えで以て本丸所属の道を選んだんだ」
「その本丸にオレやお頭や日光の兄貴は」
「残念ながら若い本丸だからいない。むしろ優を取れたのかも怪しい」
何故そんな本丸に御前は所属しているのかと南泉は首を傾げる。自分も同じ気持ちだよとばかりに山姥切は溜息を吐き、更に続けた。
「まあ、政府と繋がりを切ってないらしいし、機を見計らってなにか仕掛けるんだろう。俺の知り合いの御仁は、情が特別深い個体みたいだから」
あまり面倒事は好まないのだけれど、知り合いってことでこっちに何か連絡が来るかもしれないからその時は猫殺しくんも覚悟を決めてね、と宣う山姥切に対し、渋い顔をしながら南泉は頷くしかなかった。


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佐藤「それ、若い連中が言う『フラグ』ってやつでは…?」

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