※いつ書き終わるか分からないのでとりあえずリス限にしてたけど終わる気配がないから公開



ささやかな幸せは砂のように脆く、意図も簡単に指の隙間からすり抜けるものであると、南泉はその晩身を以て知った。
美しい銀髪が赤黒く染まり、宝石のように美しい瞳は瞼の奥に閉ざされ、昨日口吸いしたばかりの薄い唇から南泉をおちょくるような言葉はもう二度と零れない。

愛憎の末に、審神者は山姥切長義を殺した。

折るではなく、殺した。
俺を見てくれないから、お前ばかりを見るからと審神者は震える声で言った。だって、俺はこんなにも好きなのに。俺が愛しているのだから、あいつだって愛を返すべきだと、大粒の涙を零しながら主張した。
忠臣が、初期刀が、誰かが諫めていれば。
諫めてくれていれば、きっと変わったかもしれない。その愛は間違った愛であると、押し付けた愛は凶器でしかないのだと、愛しているから愛せというのは傲慢であると、気付いた誰かが言ってやれていれば。
けれどその願いが叶うことはなかった。誰も教えてやらなかった、誰も教えてやれなかった。なにせ彼の恋心を知っていた者は七つの頃から育てた審神者を我が子のように慈しみ、その恐ろしい愛を許容していた。歪な愛の彼の配下として顕現した刀剣男士なのだからその愛だって受け入れられるだろうと手を叩いて彼を応援したのだから、この結果は当然だった。当然の結果で、分かりきっていた結末だ。
誰かが、その歪みに周囲にいた誰かが気付いてくれていれば、何かが変わったかもしれない。
自分が気付けばそれが一番良かった。けれど審神者は、自身を育てた刀しか傍に置かないから、南泉は彼が青年になってから顕現したので傍に置かれることもなく、最低限しか関わりがなかった。関わろうとしてこないから、南泉も関わらなかった。関わって、その本質を知っておけばよかったと心から後悔したが、それだって後の祭り。握り締めた拳に爪が食い込んで畳へと血が滴っているが、そんなことはどうでもいい。
現状での問題は、審神者が刀剣男士である山姥切長義を殺したことだ。
私情による危害は原則として禁じられている。審神者であっても、刀剣男士であっても、お互いがお互いに牙を剥くことは原則として禁じられており、禁を破れば必ず罰がある。
最初期、審神者によって刀身を折られて消えてしまう刀剣男士が大勢いたが実行者を裁く法がなく、だからこそ理不尽な暴力によってまるで見世物のように折れる刀剣男士が後を絶たなかった。どうせ同じものを顕現出来るのだからと、手軽に折られて死んでいく地獄に、漸く政府が重い腰を上げ、審神者と刀剣男士の間に法を定めた。審神者であれば神殺しの罪で裁かれ、刀剣男士であれば契約者殺しの罪で裁かれる。例外こそあれ、余程の事がない限り害を成せば罪になる。
だからこの審神者は、山姥切長義を殺したことを裁かれるのだろう。神を殺した罪は政府の法によって裁かれることは、南泉だってちゃんと知っていた。畳の上に横たわってぴくりとも動かない、死んで尚美しいままあり続ける山姥切長義は、間違いなく審神者によって害された。裁かれるのは、最早時間の問題だ。

「俺は裁かれない」

だというのに、審神者はおかしなことを呟いた。口元は歪み、笑っているように見える。未だに大粒の涙を零し、彼は泣きながら嗤っているのだ。
形だけでもやっと手に入れた宝物を離すものかと、畳に横たわっていた美しい其れを掻き抱いて泣き笑うその姿は南泉にとっては悍ましく、しかし審神者の瞳の奥はギラギラと燃えていた。

「折れてない、だってここにいる。長義は折れてない。眠ってるだけ、眠ってるだけなんだから、俺は誰にも裁かれない」

とんだ屁理屈だと、南泉はぎょっとする。眠っているというのなら、いつかは起きるということだ。しかしその器には魂の気配が感じられない。誰が見ても一目瞭然だ、その美しい肉人形はもう動かない。決して動かない、容れ物としての役目を終えた、人間でいうところの死体なのだ。
審神者の馬鹿げた主張は通らない。きっと自分だけでなく、この本丸にいる者達だってそう考えるだろう。
南泉はそう考えていた。だって実際、身体が死んでいる。魂がいなくなった身体は生きているとは言えない、ただの死体だ。だからこの場に居る他の刀剣男士に視線をやってみれば、初期刀であり審神者の育ての親ともいえる歌仙兼定は、顎に指を添えて何かを考えているようだが、暫くして口を開く。

「そうだね、彼は折れていないし身体も消滅していない。なら死んでいるとは言えないだろう」
「……は?」
「主、まず彼の身を清めよう。髪に血がこびり付いているし、口元からも血が溢れてしまっている。堀川、湯を持って来てほしい。それから手拭いも」
「分かりました。主さん、一旦長義さんを寝かせましょうね。もう誰もそのひとを盗りませんから、そんなに泣かなくても大丈夫ですよ」

歌仙兼定や堀川国広の口から出てくる言葉全てに、ただただ絶句する。何を言ってるんだと見開いた目で二振りを見てみれば、歌仙も堀川もきょとりと目を瞬かせる。

「刀剣男士は人型の器で顕現するが、折れれば器も消失する。けれど山姥切長義は折れていないし、器も消えていない。故に政府が敷いた法には触れていない。審神者によって刀剣の破壊が行われた訳ではないからね、ただ眠っているだけ。バグか何かと処理されるだろう」
「……ッざけんな!お前等、いい加減にしろ、にゃ!」
山姥切が殺されるところを見ただろう!
吠えるように、南泉は叫ぶ。眠っているなんて戯言を吐くなど許されないし、その神経に吐き気がする。込み上げる嫌悪感を隠しもせずに二振りを睨めば、歌仙はいつも通りの表情で、ふーっと息を吐く。
「主、南泉は納得しないようだよ」
何とか言ってやりなさい、と諭すように審神者へと声を掛けてみれば、大粒の涙を未だに流したまま、審神者は自分に口答えする刀剣へと視線をやる。
「今日までは南泉が独り占めしてたじゃないか。もういいだろ。長義は俺のものだよ」
「ハッ、お前のモン、だァ?ふざけんな、その躰にゃもう山姥切はいない。ただの肉の器だ。それでもお前のモノじゃねえし、山姥切をお前が殺したことに代わりはない。今からお前の悪行、政府に報告してやっからにゃ」
審神者が死んでない、眠ってるだけだと喚いたところで山姥切の殺害現場を南泉は目撃している。だから政府にそれを報告すれば、審神者は罪人となって御用となるのだ。
そんな南泉の考えとは裏腹に、審神者は浮かべていた笑みをスッと消して、自分が一番信を置いている忠臣であり親代わりの歌仙に向かって声を掛ける。
「歌仙」
「仕方ない子だね」
声に応える歌仙は、あくまでもいつも通りだ。いつも通り、親のような甘い顔をしながら審神者の為に動き出す。
「主に意を唱えるとあらば、仕置きが必要だ」
警戒はしていたが練度の差は大きく、あっという間に南泉は歌仙に組み敷かれ、口内に指を捻じ込まれて声を発する間もなく舌を掴まれる。
そのまま親指の腹で南泉の舌を強く押してみれば、そこそこの長さの爪は舌の肉に喰い込んだ。加減されずに力のままに捕まれ、押さえつけられる舌からは酷い痛みが伝わるが、そんなことはどうでもいいとばかりに歌仙は「主」と審神者に声を掛ける。
「さあ、上手くやるんだよ」
こくりと頷いた審神者は南泉へと手を伸ばす。山姥切の血に塗れた手が、山姥切を殺した手が、南泉の舌へと伸びて、そして―――。

「ッやめ―――」



南泉が覚えてるのはそこまでだ。血塗れの手が舌に伸びて、激痛が走った直後に南泉は意識を飛ばした。
あの凄惨な夜を知っているのは、血塗れの山姥切と返り血に塗れた審神者、そして審神者の凶行を良しとして見守った歌仙と堀川、殺害現場を目撃した自分。
朝を迎えても、その後何日経ってもあの夜の一件が明るみになることもなく、審神者の罪が告発されることもなく、今に至る。
山姥切は原因不明の昏睡状態として処理されているし、南泉はあの日の凶行を――誰にも伝えていない。伝えられていない。

真実は、舌の上でかき消され続けている。
 

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