愛が欲しい。
喋らず動かず、けれど永遠に何処にもいかない美しい人形を手に入れた。
蒼穹のような玲瓏たる瞳はもう二度と己を映すことはないけれど、全てが手に入る程お優しい世界ではないし美しい彼自体は自分のものになったからそれでいいじゃないかと男は納得した。
銀色の髪に櫛を通し、化粧を施し白い肌に赤みを加える。そうすれば横たわる肢体は完璧だ。
今日も美しく、きっと明日も美しい。
男はその事実に満足していたし、これからも満たされ続けている筈だった。
欲しいもの全てが手に入ることはないと身を以て理解していた男は、二つの内一つでも手に入ればいいと思って躰を選んだ。そして心は手に入らないのであれば、誰かが手にし続けているのであればそんなものは要らないだろうと躰から追い出した。
がらんどうの器は、美しい人形と変わりない。男が愛でるに相応しい人形になった。愛を注ぎ、欲を満たすにはじゅうぶんの、美しく愛されるだけの器。
愛が欲しい。
男は満たされたくて、美しい彼を愛した。愛した分だけ相手から返ってくる愛を期待して。けれど期待は裏切られ、愛していても愛は返されることはなく。投げ返される筈の愛という名のボールは地面に転がったままで影を作るだけ。
悲しかった。虚しかった。そして、憎らしかった。だって、自分が愛しているのだから、彼も自分を愛するべきだった。その義務があった。自分だけが彼を愛するなんて、そんなのおかしい。愛し愛される。それが当たり前で当然で、義務だったろうに。だのに彼は愛する相手を間違えた。愛してやったのは自分で、愛されるべきは自分だったのに。彼はあろうことか、男が受け取る筈の愛を別の相手に与えた。それはおかしい、愛されるべきは自分であるはずなのに、彼は別の相手を愛した。
こんなにも好きなのに、どうして彼は自分を愛さない。
愛が欲しい。
愛してくれないなら、自我なんて要らないだろう。別の誰かを愛するなら、意思なんて要らないだろう。愛を返さないなら、その命なんてこの世に必要ないだろう。だって一方通行の愛なら、その美しい身体だけで充分だ。
だから躰を手に入れた。がらんどうで美しいだけで、男の愛の受け皿になる人形を。愛が返ってこないのなら、人形でいい。愛は一方通行であるけれど、ものから愛が返ってくることはないのだから悲観する気持ちも湧き上がらない。ものはただ、持ち主に愛されることが全てなのだから。だから付喪神が生まれたのだろう。物に命が吹き込まれるのだろう。
愛が欲しい。
満たされたくて世間でいうところの凶行に走った男は、人形を愛でる日々を送る。愛してほしくて手を汚した男は、愛を得られぬままに愛を注ぐだけの日常を生きる。愛してほしいという願望が満たされぬままなことに見ないふりをして、手に入れたものをただ愛する。満たされたふりをし続けて、満たされた気になって、美しい肢体を愛する。
だから。だからこそ。
「おや、こんな時間まで勤勉だねえ。あまり無理しちゃいけないよ」
絹のような柔らかで美しい金色の髪が、動く度にさらりさらりと揺れ、紫水晶を思わせる煌めきを宿す瞳が自分だけを映して微笑みに細まっていく。そして低いけれど甘やかな声が耳を擽り、やや褐色めいた肌の健康さは生気に満ち溢れている。
薄暗く、カビと埃臭いその場所で、男は太陽のような美しいものを見た。
本丸に置いてある色白く動かない人形とは真逆の、夏の日差しが似合いそうな美しい人。
だからこそ。
落ちるのは、一瞬だった。