長生きして欲しいと犀星先生はおっしゃるけれど、私はどうにも命を張って文字を綴るしかできない。
新しい身体にもペンはすっかり手に馴染み、世界を描くということは子を生むようなもので止められない。
命を炎と譬えるなら、私の痩せっぽっちの体は蝋燭で、そして溶け落ちた蝋は、私を使って出来た作品だと考えられる。ならば止められる筈もないだろう。
私の命は揺らめいて、命の熱で体は溶け、そして作品はこの世に生まれる。命の使い方は随分昔に決めていて、だから今さら変えるなんて、それこそ私の命を、人生を、意味を、その全てを、否定する話である。
この結論は、同じような価値観の相手でなければ、きっと通用しないだろう。価値観が違って、理解が出来ない相手であれば眉を顰めるかもしれない。だから、犀星先生はさぞや難しい顔をして、そしてしかめっ面になるだろう。

しかし、勘弁してください、と私が笑えば、結局あの人は「君ってやつは」と呟いて、長生きの話はひとまず流れるのだろう。

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