真っ直ぐな目を向けられて、真っ向に否定されたら、そりゃ普通は心がしょんぼりするやもしれない。しくしくと心をどうにかしようと、作品へ昇華したり、酒に溺れてみたり、元気になるお薬に逃げてみたりするかもしれない。
だがしかし、私はいくら彼に否定されたところでどうなる訳でも、どうする訳でもない。一つの意見、または評価がそうであると受け止め、それだけだ。三好クン、と彼のことを馴れ馴れしく呼び、鬱陶しがられても構い倒してしまうのは、さてどうしてだろうか。
あの真っ直ぐな目を曇らせてしまうのは望んでいないが、構うのを止めたくはない。曖昧な表現や言い回しをしたくないのだが、どうにもフワフワとした気持ちしか浮かばない。
言ってみると、彼は、多分好ましい。ほら、曖昧だ。
私は私の今の心がよくわからない。新品の身体と、昔終わった心と魂が噛み合っていないのかもしれない。
だからきっと、彼に対してのそれが、女房へのものに似たものであるかどうか、判断がしづらいのだ。