「先生は甘やかしが過ぎますわぁ」そんな声が聞こえた。あの人が先生と呼ぶのは、室生犀星その人しか居ないから、二人が一緒にいるのだろうと、簡単な結論が出た。もしかしたら朔先生も傍にいるのかもしれない、そう、はたと気づく。
これはいけない。毒のようなものだと勝手に思っているが、あながち間違いでもないだろう。そんな毒のような人物が、もしかしたら自分が敬愛する師の傍にいて、悪影響を与えているかもしれない。それは避けるべき事態である。
「君が無理ばかりするから、俺はこんなに君を甘やかしてしまうんだよ」「けれど、甘やかすのは得意でね。遠慮せず、甘えてくれていいんだよ」
親友である朔先生に話しかけている声色とは違う、甘やかでいて、それでいて色を含んだその音に、ぞわりと背に冷ややかなものが駆けた。
きっと彼らの傍に、師はいない。だというのに、彼らのいるであろう部屋の方へとこの身体はどんどん近付いていく。
「嗚呼、先生。あきまへん。いけませんわ、そないにされてしまうと」オダサクさんの、困ったような、けれど艶めいた声が扉の隙間から漏れている。「嘘はいけないよ、織田君。ほら、君の体は嘘をついてない、正直者だ」
夜の香りがする。扉の向こうは、きっと夜だ。夕暮れの日差しが自分の背を緋色に染めているのに、扉の向こうは、すっかり夜に染まっていた。

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