地下室


「ど、どういうこと……?」
 予想外の言葉に部屋が静まり返る。フロロですら真剣な顔になった。
「エディスは、……私とアンナを恨んでいる。ウォンに情報を流していたのは……彼女なんだ……」
 マルコムの苦しげな返答の後、みんなの反応より早く、アルフレートが立ち上がる。
「早く行くぞ」
「で、でも」
 わたしがマルコムの真っ赤な胸元を指差すと彼は首を振った。
「もう、大丈夫だ。出血は止まっている。……たぶんウォンの穴蔵にいると思うから早く行ってくれ」
「その穴蔵ならもうすでに埋まっているが」
 アルフレートが少々気まずそうに言う。マルコムは眉を寄せたが、すぐにアルフレートへと向き直った。
「じゃあ『核』は壊したんだな?」
 核、とは……さっきの黒い球だろうか。オブシディアンハート、とか言ってたな。その名の通り真っ黒な球をフロロが差し出す。
「これのこと?」
 まっ二つに割れたそれを見てマルコムはほっと息をついた。
「それだ……、じゃあもうウォンは復活しないな」
「これはウォンの意識の集合体ということだな?これが核になって他の体を動かしていたというわけか」
 アルフレートの問いにマルコムが頷く。それを見て今度はアルフレートが眉を寄せた。やや間を取った後に口を開く。
「……あんた、知り過ぎたんで消されるところだったんじゃないか?」
「それもあると思う。知ってしまったのもほんの偶然だったしな。ただ申し訳ないことにどういう仕組みで、などの知識はないんだ」
 そう言ってマルコムが上着の裏から出したのは薄汚れたレポート冊子だった。わたしはぞわぞわとしたものを感じて目が釘付けになる。
 マルコムを見ると黙って差し出される。わたしはそれを受け取り、急いで中を流し見る。
「……そのオブシディアンハートって物の使用感とかのレポートみたい。悪魔と人間の融合についても書いてある……」
「ちょっと、まずいじゃない」
 ローザの呻きにわたしは頷く。でもまずいと思うのはそれだけじゃない。書かれた文字が女性らしい線の細いものなのが問題だった。
「これ……まさかエディスさんがウォンに書いたものなんじゃ」
 わたしの問いにマルコムは答えない。ただ黙って俯いてしまった。
 そうだ、ウォンが言っていた『研究室』はフロロが見つけたという地下室のことだ。マルコムが知らないんだから……エディスのものということだ。
「フロロ」
 わたしが呼ぶとフロロは『分かってる』というように頷く。
「ちょっと来てくれ、すぐ終わる」
 駆け足で屋敷の奥へ進むフロロをみんなで追いかける。
「どこへ行くんだ?こっちには……」
 マルコムの声が止まる。何か思い当たったようだった。
 フロロに案内されたのは一度屋敷を出て中庭を通った先だった。別館のような雰囲気だが明らかに今は使われていないようでカビ臭い。更に奥に進むと地下への階段が見えてきた。わたしはマルコムの顔を見る。怪我もあるだろうが真っ青な顔色に心配になる。
「大昔は地下牢だったんだ。あまり大声で言えないような血生臭い話もあるんで、最近じゃ近寄ることもなかった場所だ」
 声だけは気丈に張っている。この先も見せていいものだろうか。
 わたしの心配をよそにフロロ、アルフレートがさっさと降りていき、マルコムもそれに続く。慌ててわたし含めた残りのメンバーも追いかける。
「うわ……」
 わたしは思わず呻く。フロロの持つランタンの炎が揺らめきながら照らすのは、黒い血だまりだった。
 開け放たれた錆だらけの鉄格子の中には悪夢が存在していた。床には何で書かれたのか真っ黒な魔法陣、壁に貼られた無数のメモ、テーブルに置かれた魔術具と小動物の死骸、散らばる何かの羽……。
 振り向いたアルフレートがわたし達の肩を叩き、「急げ」と声を荒げた。マルコムには、
「あとで詳しい話しをしてもらう」
と声をかけると走り出した。わたし達も慌てて後を追う。
「すまない」
 後ろからマルコムの声が聞こえた。それはやけにわたしの耳に残るものだった。



「何がなんだかわかんないわよ!」
 先を走るアルフレートにわたしが叫ぶ。
「二つあったんだ」
「え?」
「二つあったんだよ、あの『核』は」
「それって……、ウォンのものと……」
「エディスは人間をやめてるってことだな」
 アルフレートの言葉に息を飲んだ。先程のレポートと地下室の様子を思い出す。最悪の展開じゃないか。
「じゃあエディスの球はどうしたんだよ、アル」
 フロロが質問する。
「……すでに破壊して、穴蔵の奥に眠っている。まずいな、エディスに気づかれたら、ヤケクソになったりするかもしれんぞ」
「でも、それならエディスはもう倒れているはずじゃない!」
 ウォンの最後を思い出してわたしは叫んだ。アルフレートも怒鳴り返してくる。
「核が死んだら他の体に復活は出来ない。しかし『最後の体』は動き続けるんだ!」
 わたしはウォンが自分に飛びかかってきた様子を頭に浮かべる。オブシディアンハートを破壊されて狂ったように取り乱したものの、体にダメージを受けた様子はなかった。つまり肉体が滅んだ場合にオブシディアンハートへ精神を戻し、新しい体へ移行させるような仕組みだろうか。
「じゃ、じゃあ何で壊したのよ!」
「スペアか何かかと思ったんだよ!ウォンのものより魔力が弱かったから!」
 わたしとアルフレートの怒鳴り声に、
「喧嘩よくないですぅ〜」
イルヴァの大声が玄関ホールに響き渡った。



 町を出ると街道を逸れた先の森の入り口で、アルフレートが足を止めた。
「この先なの?」
 わたしの質問を無視して、何やら唱えているアルフレート。これは精霊語だ。一瞬、辺りが光に包まれた後、目の前の森の景色がほんの少しだけ変わった気がする。ほんの少しの違和感で終わってしまいそうな変化だが、目に留まっていた人形に見える枝が消え去っていた。
「……今更だけど、この先にエディスさんがいるってことは、彼女も魔術が使えるってことでしょう?」
「そういう繋がりでウォンの片棒担いでたのかもしれんな」
 アルフレートが軽蔑するように鼻を鳴らす。
「でも、エディスが魔法使えるならなんで教えてくれなかったのよ、アンナは……」
 わたしがぼやくとアルフレートが人差し指をわたしの目の前にずずいっと突きつけてくる。
「な、なによ」
「言わなかったかもしれない。でもあのお嬢さんは一言も『エディスは関わっていない』とも言っていないんだよ」
 強い指摘にわたしはアンナが酒場の物置部屋で語り出した姿を思い出す。

(魔術に嵌っているって聞いてたし……)

(あの人が何を考えているのか怖くなったの……)

(あたしなら姉様を助けられる……!)

 アンナの言葉がフラッシュバックする。『誰が』を省いた台詞の連続に、わたしは思わず呻いた。
「そんな……引っかけ問題みたいな」
「しょうがないだろう。我々が勝手に思い過ごしていただけなんだ。私の予想だとエディスも『嘘はついていない』ただ重要なことは言わなかっただけだ」
 ふと、わたしは酒場の二階、エディスさんが現れた時のことを思い出した。アンナと再会して、アンナは気を失った。考えてみればあれは安堵して気が抜けたのではなく、エディスに眠らされたのだ。余計なことを言わせないため、アンナは邪魔でしかなかった。アルフレートがあの場に残っていれば見抜いていたに違いない。わたしも魔力を感じたりは出来るのだが精霊の動きまでは見えないのだ。
 わたしは言おうか迷ったが、アルフレートから返ってくる言葉が何となく想像出来てやめた。
「……やっぱり、常に六人揃って行動することが大事だと思うの」
 わたしの言葉に一同『はあ?』という顔をする。フロロが背中に飛び乗ってきた。
「それは俺のこと言ってんの?」
「……あんたは特別」
「さ、行きましょ」
 ローザの言葉に皆、森の中へと足を踏み入れた。わたしとアルフレートが『ライト』の呪文を唱える。
「アルが前行って先導してよ」
 フロロの言葉にアルフレートは首を振った。
「あの結界さえ解けば、すぐそこだよ」
 言われたフロロは「本当かよ」と呟くが、何かを察知してなのか顔が変わる。
「……何か掘ってる音がする」
 わたし達にはもちろん聞こえない。アルフレートが唯一頷いた。
「……ウォンの研究所を掘っているんだろうな」
 暗闇の中、髪を振り乱し瓦礫を掘り返す女の姿を想像して、わたしは身震いした。ヘクターがわたしの肩に手を置き、「大丈夫」と言ってくれる。ほっとするが、彼の顔もいつもの優しさが消えていることに気がついた。剣を振るう時、いつもこんな顔をしている。
 わたしもがんばらなくては、と拳を握りしめた。

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