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王子とうさぎ


 今まさに目の前を通り過ぎようとする隣国の王子様。ふわふわとした長め金髪に白いローブ。レオンだ。似てるなんてもんじゃない。眉の形から唇の色まで一緒じゃないか。
「……レオンじゃないわ」
 わたしは囁くように答える。そう、どう見ても同じ顔だが、彼には前髪がない。無いものがあったら『切ったのかな』と思うところだが、あったものを伸ばすには時間が足りないだろう。何しろさっき顔を合わせたばかりだ。
 王子の背後にいる男性を見た後も同じぐらい驚いてしまい声を失う。わたしの肩に置かれたローザの手が、ぎゅっと力を入れるのが分かった。
 ぴったりと警護するように王子の後ろを行く男性。長身に腰には立派な鞘に収められたロングソード。珍しいラベンダーのような色の頭髪に大きくて立派な耳。エルフのような耳ではない。ふわふわとした……どちらかというと凛々しい彼の顔には似つかわしくない可愛いもの。そう、ウサギのような。
 頭の中にサイモンの言葉が呼び起こされた。

 『変な人来たよ!一回だけだけど。マザーターニアに教会の事聞いてすぐ帰っちゃったけど、すごく面白い見た目だったんだ』

 彼は続けてこう言ったのだ。

 『普通の男の人なんだけど、耳だけウサギさんみたいなんだ。長くてフワフワしてた』

 この珍しい異種族が偶然、別々に絡んできたなんてことがあるわけがない。間違いなく、今、目の前にいる男性がフェンズリーのマザーターニアの元へ訪ねてきたのだ。
 通り過ぎる彼らをぼんやりと眺める。何だか現実感のない不思議な気持ちだ。霧がかかったように幻想的に見える光景を言葉なく見ていると、つんつんと太腿あたりを突かれる。はっと下を見ると横にいるフロロが何かを指差した。わたし達がついさっき下りて来た階段だ。二人組の男女がゆっくりと下りて来る。どうしてここに?と口にしてしまいそうになる。いや、わたしが「神殿に行ってみたら?」と勧めたばかりだった。そのレオンとウーラはタイミングを合わせたかのようにゆっくりと段差を降りて列を眺めている。
 次の瞬間のこの場の空気は、時が止まったかのようだった。一瞬にして音が止む。誰もが呆気に取られた顔をしていたに違いない。そっくりな顔を持つ二人も動きを止めていた。いや、正確には止まってしまったのは王子の方。レオンは予測していたようにただ黙って列を見ている。
「……失礼ですが、血縁の方?」
 アルシオーネさんの言葉は思わず出た、という感じだった。後ろにいる王子は一瞬の沈黙の後、絞り出すような声を出す。
「いや、聞いた事がない……」
 ここからだと顔が窺えないが、茫然自失といった声色だ。
「エミール様、参りましょう」
 そう促したのはウサギ耳の男性。感情が見えない、陶器のような横顔が目に焼き付いた。
 再び列が動き出す。階段を上がりレオン達の横を通る時、同じ顔の二人は目を合わせた。まるで絵画だ。動揺していた気持ちがすうっと波を引くように妙に落ち着いてしまった。それぐらい、綺麗な二人。
 人々のざわつきに我に返ると、王族の列は上に行ってしまった後だった。代わりにレオンとウーラが下りて来る。周りは皆この二人を見ているに違いなかった。一瞬わたし達の方へ目を向けていたが、二人はそのまま立ち去ろうとする。
「まっ……」
 わたしが声を掛けようとした時、
「おーい!」
中庭の方から手を振りながらサイモンが走って来た。後ろを来るヘクターとは違って汗まみれじゃないか。
「あ、行っちゃいましたよ」
 イルヴァの声に視線を戻すとレオン達の姿はない。
「……どうした?」
 ヘクターが周りのざわつきに眉を寄せながらわたし達を見回した。



「お腹空きました」
 緊張感を削ぐ声にわたしは声の発生元、イルヴァを睨む。
「……ちょっとは我慢出来ないもんかなあ。頭整理する時間ぐらい頂戴よ」
 わたしの文句に返ってきたのは『ぐう』というマヌケな音。サイモンが照れる様子も無くお腹を擦っている。先程までの喧騒はすっかり消え失せて、廊下にはわたし達が残るのみだ。
「丁度いいわ。『赤鬼亭』に行きましょう」
 ローザの提案にわたしは首を傾げた。赤鬼亭とは昨日から毎食お世話になっているあのレストラン。なぜ赤鬼?というのは店主の顔を見れば分かる。
「表行っていいの?」
 ミーナがわたしの思っていた疑問を口にするとフロロが答える。
「昼間なら平気だろ?昨日の夜から警備も増えてるみたいだし」
「じゃあ良いけど……、何かあったの?」
 ローザの焦りを含んだ顔にわたしは尋ねた。しかしローザは首を振る。
「向こうに行ったら話すわ」
 神殿内じゃまずいってことか。
 じゃあ行こうか、とぞろぞろ移動し始める。廊下内には昨日はそこまで見なかったテンプルナイトや警備兵らしき姿を多く見かけることが出来た。多分王子様の警護なんだろうけど、今のわたし達には丁度良い。獣人達のことを考えると、人目があればあるほど助かる。
 入り口に向かう為に大聖堂の前を通った時だった。
「そんなにぞろぞろと……。王族がみえるというのに部外者を連れ込むことへの躊躇は無かったのかね?」
 嫌ーな声は聞き覚えのあるものだ。振り向くと思った通りの赤ら顔が嫌な笑みを浮かべてこちらを睨みつけている。……何て名前だっけ?腹の立つ老け顔は一発で覚えてしまったが、名前が出て来ない。
「王族がみえている時だというのに暇そうじゃない、フォルフ神官。ここは人数制限があるだなんて知らなかったわ」
 ローザの冷たい返事に漸く名前が出てきた。ああそうだ、フォルフ神官だ。
「ひ、暇かどうかなんてわからんだろう!君と違ってやる事は多いのだぞ!」
 顔を真っ赤にして唾を飛ばすフォルフ神官に、ローザは腰に手をあて言い放つ。
「あたしもあなたと違って忙しいわよ。王族の面倒なんて馴れない仕事が待ってるもんでね」
 ローザの台詞にぽかんとするわたし。王族の……面倒?
 しかしわたしより呆気に取られた酷い顔のフォルフ神官がいる。彼のぽかんと開いた口を見ていると、
「行きましょ」
ローザがわたし達に声を掛けた。
 入り口を抜けて石作りの階段を下りると、ローザが頭をぐしゃぐしゃと掻き声をあげた。
「ああんもうっ!余裕ある時ならあんな嫌味気にならないっていうのに!」
「いつもあんな感じなの?」
 わたしが聞くとローザは肩を竦める。
「まあね」
 うわあ、人望無いだろうなー、あのオヤジ。だからこそ学園長と同い年で位は低かったりするのかもしれない。神殿勤めなのに。
 わたしはちらりとアルフレートを見る。普段ならここぞとばかりに口出しそうなのに。彼の場合は仲間への思いからよりも面白がって口出すんだけど。しかし当のアルフレートは、
「面白い奴だな」
とにやっとしただけだった。



「で、『王族の面倒』っていうのは?」
 ヘクターが椅子に腰掛けながらローザを見る。
『赤鬼亭』の二階、わたし達専用のようになってしまっている個室内。赤鬼店主の豪快な笑い声が階下から聞こえてきた。何というか学園長と仲良くなったきっかけが気になる人だ。
 ローザが前に置かれたグラスの水を飲み干す。ふう、と息をつくとヘクターを見た。
「サントリナの王子様の護衛を頼まれたのよ」
「はあ!?」
 わたしは思い切りよく惚けた声を出してしまう。わたしの厳しい顔にローザは唸るような仕草を見せた。
「護衛っていうとちょっと違うわね……、とりあえず何かあった時、連携出来るように事情を知っていて欲しい、って言われたのよ」
「事情とは?」
 アルフレートが目を細めつつ尋ねる。
「あの殿下の周りで不穏な動きがある、って話しがあるらしいのよ。神殿も随分と物々しかったでしょ?」
「不穏な動きって何だよ?」
 フロロの質問にローザは口を尖らせる。
「そんな一から十まで聞かせてくれないわよ。でも警護が増えてる、っていえば大体分かるでしょ?」
 わたし達は顔を見合わた。王子も何かから狙われているような気配があるってこと?王位継承者を狙う暗殺者、なんて小説の中の話しみたい。
「王族が来る時はいつもあんな雰囲気、ってわけじゃないんだ?」
 わたしが神殿内のテンプルナイトや兵士の姿を思い出しながら聞くとローザは大きく頷いた。
「そ、で話しが繋がるんだけど、王子もこういう時でないと羽根伸ばせないから『他の人と同じ扱いにして欲しい』って言い出してるんだって。気持ちは分かるけどね。……だから最低限のお付きしか置かないんで、神殿内の人間全員がそれとなく見ててくれないか、って話し。お付きが少ない分、神殿内があんな状態なのよ」
 はあ、成る程。普段から窮屈な暮らしに加えて、遊びたい年頃だろうしなー。普通なら認定式にきた同じ年頃の子と仲良くなって、とか楽しみもあるのにね。と、そこまで思ってからレオンの事が頭に浮かんだ。
「他人の空似、じゃあ無いわよね」
 わたしの呟きに何の事か分かったのか、アルフレートがテーブルを指で叩いた。
「一つ試してみないか?」
「何を?」
 問い返すわたしに意味ありげな笑みを見せる。
「私の考えが正しいかどうかを、だよ」
 だからそれが何なのよ、ともう一度聞こうとすると部屋の扉が開かれる音に阻まれた。
「いよお!連日通ってもらってありがてえな!今日は魚だぜ!」
 ででん!と置かれた大きな魚に小鍋から熱い油が注がれた。ジュウジュウと油の爆ぜる音と香ばしい匂いに気を取られ、はっと気付くとアルフレートはすました顔でトマトジュースを飲んでいる。
 後で聞けばいいか……。わたしはそんな風に考えながら魚から湯気の立つ様子に目を奪われていた。
「サイモンが魚食べられないって」
 ミーナが困ったような声を出す。な、なにぃ〜!わたしが勢いよく目を釣り上げるとサイモンはもじもじと体を揺らした。
「自分が好きなもの否定されたからって、そう睨まないの。……しょうがないわね、何か別に持ってきて」
 ローザがそう注文すると店主は軽く頷き、口笛混じりに部屋を出て行く。
 全く、金持ちってこれだからやーね。わたしは鼻息荒く椅子に座り直した。
「そういや学園長への連絡ってどうだったの?」
 ヘクターがフロロを見る。フロロは首を傾げつつ口を開いた。
「一応、昨日の話しはしたけど何かあんまり反応無くてさ……。『フォルフ神官は元気?』なんて聞かれたからバリチュン元気とは言っといた」
 バリチュン元気、とはめちゃくちゃ元気の意味でいいのかしら?にしても何であのオヤジの様子を聞くんだ……。わたし達にも強烈な印象を残したことを見越しての事だろうか。
「ああ、あとユハナパパの返事も貰ってきたんだった」
 フロロの言葉にアルフレートとミーナが顔を上げる。
「ほら、いくつの時にニッコラ家に来たのか知りたいとか言ってただろ?ハンナママがニッコラ邸に来たのが十歳の時だってさ」
「ふうん」
 アルフレートの気の無い返事にフロロはムッとした顔になる。
「何だよ、せっかく聞いてきたのに」
「まあそう言うな。『そのぐらいかな』という答えが聞けて満足してるんだから」
 アルフレートはそう言うと取り分けられた魚をつつき始めた。どういう意味?そうわたしが聞こうとすると、
「お父さん元気だって?」
 ミーナが尋ねる。フロロは睨んでいたアルフレートから彼女に目を移すと深く頷いた。
「大分顔色も良くなったってさ。今度は自分も奥さん追い掛けるって言い出してて、止めるのが大変だったって」
 それを聞いてミーナはほっとしたように息を吐いた。
 それにしてもハンナさんは何処に行ってしまったんだろう。デイビス達がうまく追い付いてるといいんだけど。

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