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乙女の夜食


「あの、お二人はどう思っているんですか?あの孤児院の事を。その……」
 言い淀むわたしに二人は頷いた。
「アルケイディアの時と同じ事が繰り返されるのではないかと思ってるわ。場所を変え、再び根を張ろうとしているのではないかと。そうなると規模は小さくとも狡猾になっているわね」
「やり方がですか?」
 わたしの問いにアルシオーネさんはこくりと頷く。
「アルケイディアでは国中の子供が被害にあって、すぐに問題になったわ。でも彼らはきっとローラスの子供には手を出してない」
「他所の国から連れて来てるのね。国を超えればそれだけ騒ぎにはなりにくいもの」
 ローザがはっとして顔を上げた。
「だから国境の町でやってるのか。とすれば被害は大体サントリナだ」
 フロロはそう言って溜息をついた。
「それもあると思うけど……やっぱりこの町がフローの町だから、っていうのもあるんじゃないかしら」
 ローザの言う事に今度はアルシオーネさんも深く頷く。
「その子は小さい時に離れられて良かった。マザーターニアに感謝するのだぞ」
 ガブリエル隊長がミーナににかっと笑う。ミーナは慌てたように頷き返した。
「それより気になるのはあの殿下にそっくりな少年の事だ。彼は何者なのだ?」



「何者、ねえ……」
 暗がりに『ライト』の魔法石によって照らされた光が浮き上がる廊下を歩きながらわたしは呟いた。ガブリエル隊長にはレオンが学園長の知り合いの息子であるという話しはしてある。それを踏まえた上で彼は『レオンは何者なのか』と聞いたのだ。
「ねえフロロ、学園長に聞いてこなかったの?『オルグレンさんには金髪の息子がいるのか』って」
 食堂までの廊下を先に行くフロロに声を掛ける。オルグレンさんとはシェイルノースという町に住む学園長のお知り合い。夫婦揃って黒髪だ、という話しだった。フロロはくるりと振り向くと尻尾をゆらゆらと揺らした。
「んな事言われても、聞いてこいって言われてないのに聞いてきてるわけないだろ」
まあ確かにそうかもしれないけど、んー、何でそんなに偉そうなのかな?わたしがイライラとしていると、
「良い匂いしますねー」
廊下まて漂ってきているトマトの煮込みっぽい匂いを前にイルヴァが深呼吸する。今日の夕飯は神殿でお世話になる。流石に夜、外出はまずいだろうという話しになったのだ。
 人の流れが集まっているらしき方向に向かって行くと、大きな食堂の入り口が見えてきた。学園のカフェテリアも結構広い方だと思うけど、それよりもずっと広い。天井が高いせいもあるかもしれない。その広さの中、沢山の神官や僧侶達が食事を取っている光景は一つの宗教画のようだ。
「あらー」
 隣でローザが囁くような小さな声を漏らす。理由はすぐに分かった。嫌でも目を引く姿の二人組。静かに黙々と食事を取るレオンとウーラだ。周りも露骨に目を送ることはしなくとも、意識しているのが手に取るように分かる。
 何とか絡めないかな、とわたしは思う。『神殿の部屋、借りられたのね?』なんてどうだろう。そんな事を考えていると後ろの影が動いた。遠慮することなくずかずかと近付いていくのはアルフレートだ。呆気に取られている内に二人の座る前まで行くと、懐から何かを取り出し笑顔で差し出した。
「落とし物を」
 アルフレートの言葉にレオンは怪訝な顔をする。が、差し出された一枚の紙を広げるなり頬がさっと赤くなった。
「貴様、何処でこれを!」
 突如の大声に辺りが静まり返る。立ち上がりアルフレートを睨みつけるレオンを何事かと見る僧侶達。今差し出した物はここからでも何か伺えた。あの絵本の切れ端ではないか。奇妙な一文にローザが悲鳴を上げたアレだ。
 憎悪と言っていい色を滲ませた瞳で睨むレオンは、初めて人間らしい顔をしている。そんな感想を持つわたしの方が変なのかもしれないが。
「……行くぞ!」
 レオンはウーラの腕を掴むと乱暴に引っ張る。
「え、え、え?」
 ウーラはテーブルに残る料理と既に入り口へと行ってしまったレオンを見比べ、仕方ないといった様子で立ち上がり食堂を出ていった。残されたわたし達はただ立ちすくむ。周りの僧侶達も訝し気な顔をしながらも自分の前の食器に目を戻していった。
「何を見せたんだ?」
 ヘクターがアルフレートの肩を叩く。わたしははっとしてテーブルを見るが、あの絵本の一ページは無くなっていた。レオンが持ち去ったのだろう。
「きっかけを与えてやったんだよ。後はどうしたいのか、あの坊ちゃんが自分で考えるだろう」
 そう言うとアルフレートはさっさと配膳係の方へ行ってしまう。わたしはそれを目で追いながら深い溜息をついた。
また一人で勝手に進めちゃって、どうせ聞いても答えてくれないんだからなー。



「お腹空きました……」
 ベッドに突っ伏したイルヴァが弱々しい声を上げた。
「今食べてきたばっかりじゃないの」
 フローラちゃんに餌をあげながらローザが呆れた声を投げかけるが、確かに普段食べている量を考えるとイルヴァには腹八分目にもならなかったに違いない。野菜のトマト煮込みに丸パンだけだったんだもん。わたしも夜中にお腹空きそう。
 ミーナが鞄を探り、何かの袋を取り出した。わたしがコルトールの街の祭りで買ってきた駄菓子の詰め合わせだ。
「これ、食べる?」
 ミーナが顔の前まで袋を掲げるとイルヴァはがばっと起き上がるが、
「あ、大丈夫ですよー」
それが何なのか確認したようで珍しく大人な対応を見せた。
「しょうがないわねえ、厨房行って何か貰ってきたら?」
 ローザの溜息混じりの言葉に再びイルヴァが跳ね起きる。
「何かあるんですか!?」
「護衛隊の人達なんかはもっと精のつくもの食べてると思うわよ、肉体労働なんだし。……二人で行ってきたら?」
「ええー!わたし?」
 ローザに指差され、わたしは嫌な顔を見せつけるがイルヴァが素早く腕を掴んできた。
「ローザちゃんは?」
「あたしは嫌よ。恥ずかしいじゃない」
 ならわたしは良いのか、と言いたくなる答えをサラリと返され、わたしは更に顔をしかめる。
「フロロとか誘えば?」
 隣りの男部屋の方向を指差すがイルヴァは首を振る。
「フロロさん、またギルドに行くらしいですよ」
 むむむ、そういう『ちゃんと仕事してます』って事出されると弱いな。
「しょうがない、行ってこようか……」
 わたしは肩を落とし、部屋の扉に向かった。一瞬、ヘクター達も誘おうかな、と考えたが恥ずかしいので止めておく。アルフレートは絶対来ないだろうし。
「いってらっしゃーい」
 ミーナの声に見送られ、部屋を出ると隣りの部屋の扉が開く音がした。
「あれ、何処か行くの?」
 部屋の中から出てきたのはヘクターとサイモン。二人並ぶと本当に兄弟みたいだ。もしかして二人もご飯が物足りなかった?と思ったが、手にしっかりと木刀のようなものを持つ姿を見て言葉に詰まる。きっと夜間修行ってやつだ。サイモン、張り切ってるなー。
「えっと……」
 正直に答えるのが恥ずかし過ぎるので迷っていると、
「お腹空いたんで食べ物貰いに行くんです」
 隣りのイルヴァが馬鹿正直に答える。思わず顔が赤くなってしまうわたし。
「へー確かに物足りなかったよね、ちょっと。俺達も行こうか?」
 そう笑顔でサイモンに問いかけるヘクターを見て思う。絶対、気使ってくれてる……。余計に恥ずかしさが込み上げた。しかし言われたサイモンは首を必死で振っている。
「いらないよ、僕。早く行こうよー!」
 ヘクターの腕をぐいぐいと引っ張るサイモンを見て、フェンズリーで初めて彼に会った時のことを思い出してしまった。あの時もこんな風に腕を引っ張る彼に、孤児院に連れられて行ったんだっけ。
「じゃあわたしとイルヴァで何か貰ってくるから、後で二人の所にも持っていくわ」
 わたしの提案に全員頷き、移動することにする。
「じゃあ」
 中庭の方に向かうヘクターの手を振る姿を見た後、わたしとイルヴァは厨房のある北側へと足を向けた。
「後でイルヴァも修行のお手伝いしますー」
「……やりすぎないでよ?」
 一々釘を刺さないといけない子、それがイルヴァだ。



「あれー」
「おお」
 厨房に顔を出すなり、食事中のガブリエル隊長に出会う。昨日の夜に駆け込んだ厨房は今日は明るいからか違った雰囲気だ。その端にある小さなテーブルで食事を取るガブリエル隊長は相変わらず重そうな甲冑を着込んだままだった。これも修行の一環、とか?何にせよ変わり者だと思う。
「どうしたんだね、また何かあったか?」
 そう聞かれわたしが答えようとすると、横でイルヴァがテーブルにあるガブリエル隊長の食事を見つめているのが分かる。確かに美味しそうなオムレツとミートボール……。
「お腹空いちゃってしょうがないんですー」
「何!?」
 イルヴァが言うなり、険しい顔に変わるガブリエル隊長に身が縮こまってしまった。やばい、怒らせた?と思いきや、 「それはいかん!」 ガブリエル隊長は立ち上がり、奥に声を張り上げる。 「おい!サム、サム!」 「はい、何ですか……、また味が薄いとか言わないでくださいよ?」
 勝手口の向こうで水を汲んでいる最中だったらしい僧侶がやれやれ、といった様子でやってくる。顔を合わせてお互い「あ」と言ってしまった。さっきフォルフ神官とガブリエル隊長の喧嘩の時に、走っていたあの若い僧侶じゃないか。
「このお嬢さん方に何か食べさせてやってくれんか。お腹が空いたそうだ」
「あー、やっぱり」
 ガブリエル隊長の申し出にサムと呼ばれた僧侶は「ははは」と笑った。
「普段、神殿住まいじゃない、特に神官の付き添いでやって来た方は多いんですよねー。だからこの時期は食事の用意が大変なんですよ」
「おぬしの愚痴はいらんから早くしてやれ!」
 ガブリエル隊長がせっつく間にもサムは「はいはい」と言いながら棚を漁っている。振り向いた彼の手にあるのはクロスの掛かった大皿。テーブルに乗せ、クロスを取ると色とりどりのパウンドケーキが並んでいた。
「どうぞ、お好きなの持っていってください」
 おおー!とわたしは皿に目が釘付けになってしまう。これはプレーンかな?こんな赤いのもあるんだ。ベリー系のケーキかもしれない。やっぱチョコレートか、いやオレンジも捨て難い……。目移りしてしまう状況を楽しんでいると、ひょい、とイルヴァが皿を持ち上げた。
「頂いていきますー」
「え、ちょっと?あれ、あの」
 慌てるサムに構う事無くイルヴァはさっさと廊下へ出て行ってしまう。呆気に取られるわたしにガブリエル隊長が大声で笑った。
「いいではないか!皆で分けるんだぞ!勿論、寝る前に歯を磨くのを忘れないように!」
 がははと笑うガブリエル隊長に背中を叩かれ、少しむせる。サムは思いっきり困った顔してるけど良いのか?
 とりあえずお礼を言うとイルヴァを追いかける。廊下を鼻歌混じりに歩くイルヴァは何故か頭の上に大皿を乗せて器用に運んでいた。
「ちょっとイルヴァ……」
「あ、ココまで音が聞こえてきますねー」
 わたしの文句を華麗に受け流し、イルヴァは耳に手を当てる。わたしにもカツン、カツン、という音が聞こえてきた。ヘクター達だ。そうなるとわたしも早く中庭へ向かいたくなる。我ながら優先順位がはっきりしていると思う。
「リジア待ってくださーい、歩くの早いですよー」
「その頭に乗ってるのを大人しく手で持てば良いでしょ!」
 きゃいきゃい騒ぐわたし達を見て、すれ違う神官の女性がくすくすと笑っていた。


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