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魔女のないしょ話


 セリスの部屋に向かうことにしたわたしは、ファムさんと一緒に部屋を出る。
「セリスの部屋ってこっちでいいんだよね?」
 ぽんぽん、と等間隔に明かりの灯る廊下をわたしは指差す。
「セリス・ミュラー様ですよね?その曲がり角の一個目の部屋です」
 お礼を言って歩き出そうとした時だった。ローラスよりも大きめの窓に目が移ってしまう。表の景色は真っ暗な中に隣りの建物の窓からの明かりが浮き上がっていて、その一つ一つが絵画の額縁のように見えた。
 その中の一つ、同じ階だと思われる高さにいる人物に目が留まる。王妃だ。お腹を抱えて笑う姿は本当に気取りがない。談笑の相手は影になって見えないけど、侍女相手でもあの王妃様なら屈託なく笑いそうだな、と思う。
「本当、王妃様って普通の人みたいだね」
 ちょっと失礼な言い方かな?と思いながら聞くがファムさんは頷いた。
「誰に対しても飾らない方ですよ」
 そう答えながら立ち去ろうとするファムさんに「おやすみ」と声を掛け、わたしはセリスの部屋の扉をノックした。
 少しの間を置いてから扉が開き、ぱっと顔を出したのはセリス本人だ。わたしは預かっていた銀のバングルを顔の前に出した。
「はい、これ。出来たよー」
「ありがとー!入って」
 促されるまま部屋に入ったわたしはセリスの姿を見て目が丸くなる。
「すごい格好ね」
「だって暑いんだもん」
太ももが丸見えの短パンに今日買ってきた水着のビキニ、という格好でセリスは手で顔を扇いだ。女同士でも長い足に見とれてしまう。いや、自分が短いからとかじゃないからね。
 ベッドに座るセリスに釣られて中に入ると、テーブルに乗った小瓶が目に入った。
「これ何?」
「サラが作ったポーションだって。滋養強壮とか言ってたけど、怖いから飲んでない」
 自分の不調を心配してくれてるんだから飲みなさいよ、と思う。
「サラ、どうするんだろうね」
 自然と口にしていたわたしの言葉に、セリスはバングルを腕に通しながら眉間に皺を寄せる。
「なるようになるしかないんじゃない?人を変えることなんて出来ないもん。嫌だと思うなら自分が変わるしかないでしょ」
「・・・・・・その『変わる』はサラがアントンを好きになるって意味?それともサラがパーティーを抜けるって意味?」
 わたしが言うとセリスの手が止まる。そしてわたしの顔を見てにやっと笑った。
「どっちが良いと思う?」
「そんなのセリス達が判断しなさいよ。外野が言う方が無粋じゃない」
 わたしはそう答えながらテーブルから椅子を引き出し、座り込む。セリスは仰向けに寝転がってしばらく「むー」などと唸っていたが、
「私達さあ」
と話し出した。
「こんな時期に揉めてる時点で分かるだろうけど、続かないだろうね」
 『私達』とはデイビス達パーティーの事か。セリスのあくまでぼんやりとした口調にわたしは「そんなことないよ」と口篭る。
「正直、ちょっと期待してたのよ、今回の旅。あんた達見てたら参考になったりするのかなって」
「参考にはならないでしょうねえ」
「そうね」
 セリスの即答にも怒る気にはなれない。だって人間じゃないの二人にオカマにイルヴァだもん。参考にする要素ないじゃない。
 セリスはむくりと起き上がった。
「実は今回が初めてじゃないんだ。前からアントンがサラに切れたり、イリヤがアントンに切れたり、アントンがヴェラに切れたり、ってアントン切れてばっかね」
 セリスは自分で「あはは!」と笑う。そしてふう、と息をついた。
「私さあ、結構、我関せずを貫ける方だし、人見ててイライラすることもあんまり無いんだけど、やっぱり仲間が揉めてるの見ると嫌な気分になるじゃない」
 その言葉にいつも天真爛漫なセリスが浮かぶ。人をからかうのが好きでムカつくことも多いけど、確かにセリス自身が本当に怒ってるのってあんまり見ないな。でも今の彼女の言葉で気がついたことがある。きっと、ちっちゃい傷がいっぱいある状態なんだ。不調もそこからきてるんじゃないだろうか。
 廊下を城の働き手らしき人の足音と声が通り過ぎていく。自然と二人ともそちらに注目し、少しの間無言になった。
「……ねえ、今日この部屋で寝ていい?」
 わたしが尋ねるとセリスが目を大きく見開いた。
「いいけど、何、もしかして怖いの?」
「うん、部屋が広すぎるんだもの」
 わたしがそう答えると「しょうがないわねー」と言いながらセリスはけたけたと笑った。



「デイビスってさ、見てるようで見てないのよね」
 広いベッドの上でごろごろとしながらセリスは言った。わたしは枕を整えながら頷く。
「何か分かるわね、それ。でも普段は頼りになるんだから良いじゃない。うちのイルヴァなんてメンバーの事、何も見てないんじゃないかな」
 イルヴァと比べるのもどうかと思うが、セリスはとりあえず、といった様子で「そうねえ」と答える。
「でもサラの事だって全然気づいてないと思うわよ、デイビス。サラはサラで頭固いっていうか……、メンバーの事『分かり合えない』って思い込んでると思う」
「セリスとは仲良さそうだけど」
 わたしは寝る体勢が整うとセリスの横にごろりと転がった。
「私とは魔術師クラスで一緒だったから『同士』って意識が強いみたい。他は駄目ね。ほら、リジアにだってローザちゃんにだって懐いてるのに、他は駄目っぽいじゃない」
 確かに言われてみたら、他のメンバーとは話してるの見てないなあ。人見知りとはちょっと違うから気づかなかった。
「アントンはデイビスの真逆ね。あいつ、あんなので以外と繊細だから、サラのそういう所も気づいてるのよ。それで余計にイライラするんだと思う」
「あー、なるほど……」
 わたしはそこでアルフレートが言っていたサラとアントンの『同属嫌悪』という話しを思い出す。それをセリスに言うとお腹を抱えて笑い出した。
「分かる!すごーい分かるわ、それ!さすがアルフレートね。エルフさんはやっぱり鋭いわ」
 セリスはひとしきり笑い終わると涙を拭いながら寝返りを打つ。セリスの赤い髪がわたしの金髪に絡んでくる様子が綺麗だな、と思ってしまった。
「他はねえ、イリヤはイリヤで心が読めるくせに鈍感じゃない?ヴェラは、まあ、ヴェラだし」
 セリスのこの二人の評価は否定出来ない。末っ子二人、という雰囲気が濃いのがこの二人だ。
 木々のざわつく音に顔を上げた。窓から見える月が流れる雲を映し出している。風でカーテンが揺れている。この涼しい風のお陰で何とか眠れそうだ。
「こっちの話しばっかりじゃない。リジア達はどうなの?」
 セリスが顔を覗き込んできた。どう、って言われても答えにくいな。仲が良いのか悪いのか、言い争いは多いけど深刻な喧嘩は無いし……。パーティーへの依存度が低い『自由人』が多いのか?
 わたしは自分の仲間の顔を思い出しながら考える。
「ローザちゃん程みんなに献身的な人もいないから、ローザちゃんをうざいなんて思おうもんならバチ当たりそうだし……。イルヴァは『こういう子だから』で怒る気になれないんだよねー」
「その二人、何気に仲良いわよね」
 そうなのだ。人のお世話に生きがいを感じるローザと人にお世話になること前提で生きてるイルヴァ。気が合うかどうかは別として、ぴったりくる組み合わせではある。
「あと……、アルフレートとフロロは何だかんだ言って、こっちがお世話になってる感が強いからねえ……。べったりもしてないけど最後まで一緒にいてくれそうな感じがするのもこの二人かな」
 わたしが答え終わるとセリスの「ふうん」という声を最後に部屋が無言に包まれる。暫く自分の爪を見ていたセリスが、がばっと上半身を起こした。
「終わり?肝心な人の話し出てないじゃない。あんたもしつこく逃げ回るわね〜」
「に、逃げ……?ヘクターの事だったら、ふ、不満なんてあるわけないじゃない。あんなにいい人なのに」
 わたしはそう返しながら身を引く。そこへセリスが手揉みしながら寄って来た。
「『仲間』としては、ね。うん、それはもう分かったから、次のステップの話ししましょうか」
 にこにこと顔を寄せてくるセリスにうろたえるわたし。端から見るとどう見えるんだろうか。黙るわたしに痺れを切らしたのかセリスは口を尖らせる。
「もう!言いたくないなら私が思ったこと言うわ。私の予想だとヘクターはね、気付いてるわよ」
「気、付いてる、って何に?」
 思わず食いつくわたしにセリスはにやーっと笑った。
「……内緒、教えてあげなーい」
 いきなり発動するセリスのサディスティックさにぐっと詰まる。ムカムカとしつつも気になってしょうがない。セリスが笑う振動でベッドが揺れる。それが収まるとぽつりと呟きが漏れた。
「……アントンの事が関係してるのかしらね」
「え?」
 わたしは聞き返すがセリスは答えない。カーテンを大きく揺らす風が首筋を冷やす。
「寝よっか」
 セリスはそう言ってタオルケットに包まる。正直、もう一度問い返したいが、こっちもあまり突っ込まれたくない。わたしは頷いてから枕にぼすん、と顔を押し付けた。



 揺れる馬車の中、ローザの小言が始まった。
「いくら暑くても、準備運動無しに水に入らないでね?ああそう、遊んだ後にもマッサージした方が良いわよ。得に足、ふくらはぎなんかね。あと気付かない内に意外と水分失ってるからマメに飲み物とってね」
 微妙に言い返したい気分になるが、とりあえず神妙な顔で頷いておく。
「あ、もう着くみたいですよー。湖が見えてきました」
「暴れるな、イルヴァ」
 子供のように窓から身を乗り出し、外を指差しながら足をばたつかせるイルヴァを、アルフレートが足首を掴んで止める。久々に六人揃うとやっぱりうるさい。御者席にいるのはイリヤと案内役のファムさん。デイビス達はエミール王子が乗る馬車に同乗させて貰い、後ろから来ている。
「……やっぱり怖いな」
 ヘクターが馬車の後方を見て呟いた。後ろから来る王子の乗る馬車なのだが、御者役にいるのは何故かカエル顔の男、ヴォイチェフだった。彼が今回のお付き役ということらしいが、今も不敵な笑みを浮かべてこちらを見ている。怖い。これから数日、彼と共にしなきゃいけないのか。
「絶対、元暗殺部隊とかだよなあ」
 フロロも窓に張り付きぼやいている。
 馬車がゆるゆると止まり、表から話し声が聞こえ始めた。見ると背の高いフェンスの前にサントリナの兵士がいる。ファムさんとのやり取りの後、兵士は木の門を開け放った。どうやら別荘地の入口だったようだ。
 右手に光る湖、左手に林という景色を進んでいく。
「綺麗!思ったより大きな湖なんだね」
 わたしはイルヴァの隣りから窓の外へ身を乗り出す。空の色を映す水面は美しい青色。湖は三日月型ということだったが、その全貌は見えない。少し波のような動きが見えるということは、それだけ大きな湖なんだろう。
 暫く行くとボード乗り場らしき桟橋も見えてくる。林の中、大きな家が何軒か建っている。全部、貴族とかそれなりの人の持ち物なんだろうな。だってこんな大自然の中に見えて道はきっちり舗装されていたりして、この敷地内を利用する人間の特別さを感じるもの。
 一台の馬車がすれ違った。中々豪華な車体だったのだが、
「すごいスピードだったわね」
 ローザの驚きの通り、車体がバラバラになるんじゃないかと心配してしまうような揺れを見せながら、あっという間に消えて行ってしまった。休暇中、急に仕事に呼び戻された、とかかしら。
 馬車が林の中へ軌道を変える。目的の建物が何となく伺えてきた。
 真っ白な外壁に茶色の屋根というシンプルな装い、高さは二階建て程なのだが、でかい。はっきり言って別宅なのに我が家より数倍立派……という感想が出てきてしまうのが悲しい。
 馬車が止まり、ファムさんが扉を開けてくれる。勢いよく六人が飛び出すと王子達の馬車も隣りに停車するところだった。
 いつの間にか現れていた白髪の男性が王子の乗る馬車の扉を開け、深々とお辞儀する。隣りにいる女性共に黒い服に身を固めていて、姿勢はまっすぐ綺麗だ。ファムさんもそうだけど、王家に仕えてる人ってだらけてる所が想像出来ないくらいぴしっとしてるなあ。
 例外は彼くらいだわ、と御者席から飛び降りるヴォイチェフを見て思う。
 猫背気味に歩く男からお辞儀中の執事服とメイド服に身を固める二人に目を移していくと、後ろからファムさんが耳打ちしてきた。
「彼らはここの管理を行っている夫婦です。彼らとヴォイチェフ、私の四人で皆さんのお世話に当たります」
 その時、夫婦が顔を上げる。二人の顔を見てわたしは「あれ?」と声を漏らした。ファムさんの方に振り返ると、
「私の両親です」
思った通りの答えが返ってくる。だってよく似てるもの。管理人がファムさんの両親だから彼女が同行することになったのだろう。だとするとますますヴォイチェフって浮いてる気がするんだけど……。
 ちらりと見るとヴォイチェフはこちらの考えを見透かしたようににやり、と笑った。その上目遣いだけでも何とかならないのかしら。
「着きましたね。割と近かったでしょう?」
 馬車から降りてきたエミール王子がわたし達の顔を見回す。その後ろにはしっかりブルーノの姿。王子は今日一日、一緒に遊んだら城に帰るそうだ。寂しいな、とも思うがブルーノの監視の目が無くなると思うと少しほっとする。
 荷物を運ぶファムさんに小走りで追いつき、わたしは小声で話しかける。
「ねえ、ファムさんのご両親だなんてちょうどいいからさ、お願いしといてくれない?『あんまり堅苦しい扱いはやめてね』って」
「わかってます、わかってます。充分に、わかってますよ」
 そう言ってファムさんはしつこいぐらいに頷いた。


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