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彼らのリーダー


 温かい紅茶と「朝、焼いておいた」というローザちゃんお手製スコーンを囲むのは、いつもより人数が増えて八人。ヘクター以外のわたし達いつものメンバーにミーナ、わたしがお招きしたサラとイリヤだ。ヘクターは学園に行って、今回の王子からの依頼をどうするべきかを話し合う為、教官達に会いに行っている。
「こんなサロンみたいな部屋にいつも入り浸ってるなんて羨ましいなあ」
 ダイニングルームを眺めつつ溜息つくサラ。「ホントだねー」などと相槌を打っているイリヤを、わたしは肘で突いた。イリヤは慌てながらも、どう切り出していいものか迷うように目だけが忙しなく動く。
「で、何しに来た?」
 アルフレートはびしりと言い放つが、責めているというよりイリヤの焦る反応を面白がるように、にやにやとしている。イリヤはこほん、と息つくとズボンのポケットを探り出した。
「……これなんだけど」
 彼が怖ず怖ずとテーブルに置いたのはわたし達にも見覚えのある物だ。サントリナ王室の紋章が印された一通の手紙。彼らの元にも着たという王子からの招待状だろう。
「へえ、兄ちゃん達の所にも着たってわけか」
 フロロが面白そうに手を伸ばす。
「じゃあまた一緒に行けますねー」
 純粋に楽しそうなのはイルヴァ。その横でローザが少し腑に落ちない様子で小首を傾げる。
「単純に考えたら着ててもおかしくないけど……何でまた別々に着たのかしらね?」
「その理由は中見れば分かるよ。依頼が別みたいなんだ」
 イリヤはそう答えると、彼らの元に着た王子からの依頼の内容を皆に聞かせた。レオンの話しが出るとミーナの顔が少し曇る。同じ境遇の者同士、王子がレオンを王室に連れて来いというのはやはり複雑なんだろうか。が、それも一瞬のことですぐにクリームをいっぱい乗せたスコーンを頬張る。
「レオンを呼んでどうするつもりなのかしらね」
 ローザの質問は心配げな様子を含ませていた。わたしも考えたことだが、レオンを王室に呼び戻すつもりでは?と考えたのだろう。
「リジアが言ってくれたらしいんだけど、その辺の判断も含めてレオンに任せる、っていうのに私も賛成よ」
 サラはそう言うと紅茶を傾けた。依頼を優先するよりレオンの意思を尊重する、という申し出は単純に嬉しい。わたしがほっと息ついた時、アルフレートが再び口を開く。
「それで?そんな確認の為に来たわけじゃないだろう?」
 すっと目を細める彼にイリヤは叱られた犬のようにキョドり出した。
「あ、ああ、えっと……アントンのことなんだ……」
 言いにくそうなイリヤの後をサラが受け継ぐ。
「どうやら手を組むのが嫌みたいなの。しきりにリジア達には招待状なんて着てないはずだ!とか牽制してて、困っちゃった」
「でもそういう訳にもいかないだろう?レオンの所へ行くにしても君達と話しをしておきたかったし、それにサントリナへ行ったらどうせ一緒になるんだし」
 イリヤが言うとイルヴァがうんうんと頷いた。
「一緒に行けないなんてつまんないです。イルヴァは皆一緒が良いですねー」
「王宮に行ってからも険悪ムードだったりしたら向こうも気使うわよ」
 わたしはそう呟くと二つ目のスコーンに手を伸ばす。それを聞いたからかイリヤはほっと息をついた。
「アントンの意見だけを無視するわけにもいかないし、迷ったんだけど……このままだとまたあいつが騒いで迷惑掛けそうだったからさあ」
 頭を掻くイリヤをじっと見ていたアルフレートがテーブルに身を乗り出す。
「で、どうして貰いたいんだ?あの血気盛りな男を納得させて、円満に行くような魔法の言葉でも教えて欲しいって言うんじゃないだろうな」
「意地悪な奴ねー!」
 わたしが窘めるがアルフレートは涼しい顔だ。……まあ確かに、だからわたし達に何が出来ると?って話しではあるんだけど。
「しかしキーパーソンらしき人が狙ったようにいないからねえ」
 ローザが溜息混じりに空いた席を眺める。
「……ヘクターはわたし達の代表で教官の所に行ってるんじゃないの」
 わたしはそう言うと、無意識に未だ戻らない彼を探すように窓の方を見てしまった。と、その時廊下の方が騒がしくなる。遠慮のない大きな足音と話し声に自然と皆の目線が扉に移る。
「じゃあそうするか……お!何だよ、お前らも来てたのかよ」
 ダイニングの扉から顔を出すなり声を響かせたのはデイビス。サラとイリヤに茶化すような視線を送った後、わたし達に手を上げた。その後ろからヘクターの銀髪も覗いている。二人の登場により何だか急に室内が活気づいたような空気だ。ローザがお茶を追加する為に、ポット片手に立ち上がるのと同時に二人は椅子に座った。
「今、学園でヘクターと話してたんだけどよ、やっぱりサントリナ王室から手紙着てるってよ!だから一緒に行くかって話しになったんだ」
 豪快な口調のデイビスはそう言うと眩しい笑顔を見せる。その呆気無い展開にわたしとイリヤは思わず顔を見合わせてしまった。



 自宅の自分の部屋、ベッドに並べた着替えと旅の道具を前に、わたしはあれこれ考える。
「こうやってあーだこーだ考える癖も良くないのかもしれないわね」
 デイビスとヘクターのすぱっと気持ち良い行動の決定に、わたしはふうと息をついた。  あれから彼らにもわたし達の話し合っていた内容を聞かせたのだが、デイビスは一言「俺がリーダーだ」と言ったのだ。彼が普段からそんな暴君では無い事はよく知っているし、彼も『俺に従え』という意味で言ったのではない。今回は彼の言う通りにしておけ、と仲間の背中を押したのだろう。サラとイリヤのどこかほっとしたような顔にそれが現れていた。大きな背中の頼れるリーダーがいるっていうのも、良いパーティーの一つの形なんだろうな、と思う。
 それに比べるとわたし達ってうだうだ考えるのが好きだよな……。まあ「極端に考えない人」イルヴァもいるけど。
「サラ達の荷物もフローラちゃんに入れてあげるのはどうだろう」
 自分の用意している大荷物にそう呟いた。本来ならもっと少ない荷物で、それでも重いのをがんばって背負って歩くんだもん。やっぱりバレットさんは良いものくれたんだなあ。また会いに行くことになってしまった偉大な科学者の胸を張る姿を想像してしまった。未だにフローラちゃんの中の広さは物置のレベルを出ないけど。
 デイビス達はわたし達より一日早く発つ。わたし達はアルフォレント山脈の中腹、チード村までだけど彼らは山脈を越えてシェイルノースまで足を伸ばさなくてはいけないからだ。それからチード村で落ち合う約束なのだから、荷物を預かればきっと喜ぶだろう。アントンが騒いだらフローラちゃんの便利さを優位に立つ道具にしてもいいし。わたしは目を吊り上げる彼の顔を思い出していた。
 アントンはどうして……あんなにもヘクターの事が嫌いなんだろう。わたし達と関わりたくないっていうよりは、やっぱりヘクターと手を組みたくないのだと思う。それでついでのように仲間のわたし達の事も嫌いなんだろうけど、やっぱり表れる態度の険悪さが違うもの。イリヤが言ってた女関連のごたごたも結局違ったわけだしね。あ、そうだ、まだこれに対してイリヤに文句言ってなかったな。次会った時に言っておかなきゃ。
 ヘクターが自分の事をちらりと「冷たい人間だ」と言ったのも気になっていた。確か両親の話しをしてた時だったと思うけど、そんなようなことを言っていたのだ。良い人の塊みたいな彼だもの。きっと自分にも厳しいのだ、と思っていたけど、何かコンプレックスのようなものを感じてしまった。
「アントンもそんなこと言ってたっけな……」
 偽善者だ、と言いながらわたしの腕を掴んでいた冷たい手は忘れられそうにない。
「よっぽどの事がなきゃそんな台詞出て来ないわよね。アントンってどこ出身なんだろう。まさかヘクターと同郷のサントリナとかじゃないわよね」
 そうぶつぶつ呟きながらわたしはふと我に返る。なんであの緑頭の目線で考えようとしてるのよ!
 今日だってそうだ。イリヤと話していた時に自分が発言した「アントンだって分かっていると思う」だの「アントンの意見も尊重するべき」だのという言葉に驚いてしまっていたのだ。
 最近、この事に限らず色々考え過ぎている気がする。前までの自分だったらもっと傍若無人だったと思うもの。考える前に動くタイプだと思っていたのだが、動く前に考えて止まってしまっている。それは大人になってきたとも言えるけど、やっぱり少し本来の自分とズレが生じているようで気持ちが悪い。
 ふと目の前の鏡に眉間に深い皺を作り、ワンピースを握りしめている自分の姿が映っているのを見た。
「いけない!服決めなきゃ、服!」
 今、大量の服を引っ張り出しているのは旅の準備の為だけではない。明日は人生での山場になるかもしれないイベントが待ち構えているのだ。
「あんまり張り切り過ぎてても恥ずかしいしなー。でも明らかに適当な格好でも失礼だと思うのよね」
 そう言いながらもにやにやとする顔をわたしは抑えられなかった。



「ママ、お願いだからはしゃがないでよ?」
 わたしは目の前でそわそわと指をいじる母に念押しする。
「わ、分かってるわよお。でもママのイケメン好きは知ってるじゃない」
 良い年して自分で「イケメン好き」を自称するのってどうなの……?と思いつつ自分との血の繋がりを感じたりする。わたし自身も落ち着かない気分を振り払うように冷めきった紅茶を飲み干した。
わたしの前で指の次は髪をいじくりだすのはわたしのお母さん。髪色といいよく似ていると言われる。二人して同じようにそわそわとしているからかテーブルと椅子ががたがたとうるさくて仕方ない。
「今日の格好可愛いわよ!リジア!」
「あ、ありがとう」
 テンション高い褒め言葉にわたしはやや引きながらお礼を言う。そろそろ来てもおかしくないな、と時計に目をやると、
「ママは!?ママはおかしくないかしら!?」
 自分を指しながら聞いてくるのには「どうでもいい」と答えたくなる。普段よりは綺麗めな服装の母がはしゃぐ姿はあまり見たくないものだ。
 一瞬の部屋の静まりの中、家の外門がきい、と開かれる音と共に、門に付けた鐘がからからと鳴る音がする。
「き、来た!」
 二人同時に椅子から飛び上がる。廊下に駆け出すわたしと、それをなぜか押し退けて走る母。ドアのノックが鳴らされるのとわたし達が扉に飛びつくのは同時だった。勢いよく開けた扉に外の人物が慌てて飛びのく。
「こ、こんにちは」
 危うく扉にぶつかるところだったのか、ヘクターが身構える姿勢のまま挨拶をした。母の体が硬直するのが横目で分かる。
「予想以上きたー!!」
 雄叫びの後に身もだえる母をわたしは慌てて押さえ付けた。
「ちょっと!さっきあれ程言ったわよね!」
 わたしは顔から火が出そうになりながら怒鳴った後、ヘクターに頭を下げた。
「ご、ごめんねー。ちょっとうちのお母さん、若い男の人に慣れてなくてー」
 苦しい言い訳にヘクターは面食らったような顔になる。が、いつもの柔らかい笑顔で母に挨拶を続けた。
「はじめまして。ヘクター・ブラックモアです」
「はははははじめましてえ!リジアの母ですー」
 握手する母の目は完全に恋する乙女のものだ。パパに言いつけるぞ、この野郎。
「じゃあ、行ってくるからね」
 わたしは玄関を出ながら言い放つ。自分でも声が不機嫌なのが分かるが仕方ない。母のテンションが恥ずかしいのもあるが、どうも照れ臭くてしょうがない。
「ええー、こんなすぐ行っちゃうのー?お茶ぐらい飲んで行けばいいのに」
「そういう用で来たんじゃないんだから!」
 頬を膨らます母にびしりと言い返すと、わたしはヘクターの腕を引っ張る。
「すいません、今日はこれで失礼して、じゃあ行ってきます」
 ヘクターの礼儀正しい挨拶に、
「『今日は』!?じゃあまた次があるってことよね!?今度また来てねー!」
と大人げない反応をする母を睨みつけると、わたしとヘクターはようやく家の敷地から出ることに成功した。家の前の通りを過ぎて大通りに出ると大きく息をつく。ヘクターが一度振り返った後、ふ、と笑った。
「可愛いお母さんだね」
「やめて!調子に乗るから!」
 わたしの絶叫にヘクターがまたくすくすと笑う。だから迎えに来なくても良いって言ったのに……。
 さて、この状況が何なのかというと、今日はヘクターと一緒に『おつかい』に行く。王子から王妃へのプレゼントはバレットさんの元に取りに行くとして、わたし達はわたし達で何か贈り物をしようか、という話しになったのだ。とりあえずウェリスペルトの商店が並ぶ通りに買いに行くか、となったのだが、わたしの家がそのマーケット通りに割合近い事が分かると、ヘクターが「迎えに行くよ」と言い出したから、さあ大変。我が家のあの大騒ぎになったわけだ。変に自慢しようと母に「すげーイケメンだから」などと説明したわたしが悪いっていったら悪い。
 どうして二人かと言えば、単純に暇なのがこの二人だったからだ。ローザちゃんは授業があるというし、イルヴァはコスプレ仲間との会合があるらしい。そうなると妖精二人は「面倒だから」と来やしない。何を買うかも決めていないのに任せられた上に、いちゃもんをつけそうなのがその二人なんだから気に食わない。
 わたしに気を使ってくれたのかと思いきや、最近じゃ「どうせ何も進展なんてしやしない」とばかりに舞い上がるわたしを冷めた目で見るのだ。そうなるとちょっと悔しいと思ってしまう。

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