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冒険者、祈る


 わたし達はじれていた。フロロが苛立たしげに爪を噛み、ヴィクトリアは組んだ腕を強く握りすぎて爪が肌に食い込んでいる。他のメンバーも一様に憂鬱な顔で目線は下を向いていた。
「遺体は教会に運んでおいた。神父様が埋葬してくださるそうだ」
 初老の管理人がドアの隙間から伝えてきた。彼はここ、古い時代の領主館、現在は集会所となっている建物の管理人だ。マナー(荘園)ハウスに荘園主が住んでいたのは何百年も前のことで、建物は剥き出しの石肌がひんやりとし、窓も小さくて暗い。管理人が提供してくれた部屋を立ち去る足音が響き渡る。重く、冷えた音だ。
「俺はもう学園に戻るべきだと思う」
 ヘクターが口を開いた。わたしも同意だった。小さく頷いてみる。もちろん後ろ髪引かれる思いはないわけではないし、帰っていいのか迷う気持ちもある。ただ、今の状況は本当にまずい。あの獣人が出てきてしまったのだ。ハーネルだけじゃなく、次はゴルテオも一緒かもしれない。ラグディスの街でも、戦闘的な面で彼らに対抗出来てたとは思えない。翻弄させられただけで終わった、そんな印象だった。彼らが村の事件にどう関わっているのかはわからないが、無関係とは思えない。
 苛立たしげに息を吐いたのはシリルだった。
「それでいいのか? 村はどうなる? 放って行ってしまっていいのか? それに、あの豹みたいな男は君の知り合いなんじゃないのか?」
「知り合いってわけじゃ……」
 わたしはそう口を挟み、口ごもる。そのまま『知ってる人』という意味ならその通りだが、仲間、友人のような言い方をされても困る。何しろ知っているのは本名かどうかもわからない名前と、彼がサイヴァ教の信者であることだけだ。そしてそれがすごくまずい。
 二人ともそんな気は無かったと思うが、意見がぶつかったためににらみ合うような形になってしまった。そのヘクターとシリルの間に、カイが入る。
「まあまあ、村が心配なのもわかる。唯一の守りが死んじまったんだ。でもこのままでもまずいぜ。今回こそ首都に報告しとかないと」
「あんたがそういうこと言うの似合わない」
 ヴィクトリアの突っ込みに、
「お前が『俺達流』に付き合うならこのままでもいいぜ?」
そう答えて、カイはウィンクした。ヴィクトリアは嫌そうに顔をしかめる。
「整理しておくか」
 アルフレートがひっくり返った水瓶に下ろしていた腰を持ち上げ、みんなを見回した。
「まずやらなきゃならんのは首都への報告、レイグーンに設置されているローラス警備隊本部に駐在員の死亡と村で起きている失踪事件について報告すること。二つ目が学園への報告、このクエストを続行するべきかどうかの確認。これはもし『続行したい』意思があれば省くんだな。言えば必ず帰って来いとうるさいぞ」
 みんなバラバラにだが頷く。それを見てからアルフレートは続ける。
「三つ目は私の希望だが、駐在所を調べたい。事件についてのレポートがあそこにあるはずだ。事件そのものを疑いたくないが、前任の書いた調書を見たい。……それから、あのジョセフという男が何を我々に知らせたかったのか、調べておきたい」
 そういえば……とわたし達はお互いの顔を見る。ジョセフは「あんたらに言い忘れてたことがあったんだよ」と言っていたのだ。何を言いたかったのだろう。
 そう聞くと気になり始める。萎みきっていたはずの好奇心が怪しく膨らみ始めるが、この空気の中で「やっぱ続けようぜ!」とも言い難い。
 ムズムズする体を揺らしていると、アルフレートが人差し指を掲げた。
「選択肢は多い。まずうちのリーダーの言う通り『全員で学園に帰る』、それかそちらの堅物君が言うように『このまま残る』。……もしくは二手に分かれ、一方は報告にどちらかへ、もう一方が残る。報告に行く場合はブレージュから『コール』でも伝書鳩でもいい。さあ、どうする?」
「もう一つ選択肢があるわ」
 よく響く声をあげたのは、まだ青白い顔色のローザだった。顔色と違って声は力強く、はっきりしていた。
「フィオーネに行くことよ」
「フィオーネ? 今、何かの会合中らしいから物々しいぜ? お偉いさんの集まりに参加でもすんの?」
 フロロはそう言ってから、ハッとした顔を上げる。
「もしかしておとーさま?」
「……そうよ」
 苦虫を噛んだような顔は隠せていないが、ローザは深い頷きを見せた。そうだった……やけにフィオーネの名前を聞くな、と思ったら、学園長が行く予定とか言ってたっけ。
「あの人の所へ行けば学園への報告には一応なるし、国への報告やら手回しなんかもやってくれるわよ。それにフィオーネはブレージュから快速船が出てるから1日で着く」
 ローザはそう語った後、わたしの座る石段の横に腰を下ろした。
「……裏技使うようで、なるべく頼りたくない人なんだけどね」
 そう気苦労のため息と共に吐き出す。わたしはそんな彼女の肩を叩いた。 
「帰るって提案しといてなんだけど」
 ヘクターが手を挙げる。
「それが最善だと思う。なんていうか、頼っていい人だと思うんだ。学園長なんだから」
 彼のこの一言で、みんなの顔が晴れる。部屋の空気もようやく重さが取れてきたようだった。では役割分担は、と話題が移ったところで、今度はフロロが手を挙げた。
「フィオーネには俺が行くぜ。一人で行く。それが一番早い」
 そしてカイを見た。
「こっちはあんたにお願いするよ。あんたの方が武闘派みたいだしな。あの獣人共が関わってるって分かった以上、その方がいい。それと、いい駒になってくれ」
「エルフさんを満足させる自信はねえが、まあやってみるよ」 
 頭をかくカイに満足そうに頷くと、フロロは素早く立ち上がる。
「出来る盗賊に休み無し、ってね」
 そんなセリフを吐きつつ、早速出て行ってしまった。フロロ一人抜けただけでも寂しい気分になる。でも心配はしていない。前回の旅でフロロと二人きりになった時も、何度も『フロロ一人だったらなんとかなっただろうに』と思ったからだ。
「じゃあ俺も行くかな」
 カイが足を確認するように回した。
「駐在所を探ればいいんだろ? みんなはクレイトン卿の屋敷に戻っててくれ。さっきの戦闘で目つけられてる、あんまりうろつかない方がいい」
 カイからのそんな忠告に、わたしは小さな窓から外を覗き見る。一人の農夫が通りすがらこちらを見ていた。表情までは見えなかったが、ぞくりとする。
「お腹空いちゃいました」
 ペロリと舌を出すイルヴァの声に、今はホッとしてしまった。



 祈りを捧げてから帰りたい、というローザの要望を受けて、教会に寄っていくことにする。村の中心にある教会は、教会としては並の大きさと作りだが、この村では一番大きな建物で、木造の家々が並ぶ中だと石造りの鐘楼付きは目立っていた。
 中に入ると石床の講堂にチャーチチェアが並び、奥に祭壇がある。ステンドグラスからの光が淡く照らす下で、棺に跪いているのはここの神父だろう。学園やラグディスで見たフロー教徒に比べると随分と地味なローブだ。痩せた手足がそこから覗く。振り返る顔は柔和なものだったが、深い皺に囲まれた目元口元に長年の苦労が見える。白髪を短く刈り込んだ頭をぺこりと下げた。
「神官さま、よくいらしゃいました」
 その言葉にローザも深く頭を下げる。
「祈りに感謝いたします。彼の魂がフローの慈愛に包まれますように」
 膝を折り、棺に額を付ける彼女にわたし達も手を合わせた。木板をつなぎ合わせただけの簡素な棺、その新しさに「なぜ彼はこんな目に遭わなければならなかったのか」と後悔に似た疑問が湧いてこずにはいられない。
「明日の午後、埋葬します。本当ならこの方の故郷に送ってやりたいのですがね。短い間でも村のために働いてくれた青年です。村の方に声かけして一緒に埋葬時の鐘を鳴らしてもらおうと思います」
 神父は穏やかにそう言うが、この村の人が警備隊員のために参加してくれるものなんだろうか。
 神父にもう一度礼を言い、教会を出ることにする。扉に向かおうと足を向けた時、アルフレートが教会の奥を見ているのに気づいた。前面に装飾を施した乳白色の祭壇、それが置かれた講堂の奥、左手に裏へ回るための扉があるだけだ。何度もペンキを塗り直した跡の見える扉は彫りに欠けが目立ち、蝶番、ドアノブも少し歪んでいるように見える。大きめの南京錠が不恰好にぶら下がっているのが不釣り合いだな、としか思わないものだ。それに比べ、講堂奥の壁、上部にはめ込まれたステンドグラスは立派だった。女神フローが田畑に息を吹きかけ、風を送っている絵だ。タッチからして年代物だと思う。
 観察を終えたところでみんなに遅れていることに気づき、わたしは慌てて小走りになった。



 クレイトン邸、二日目の夜はシーフ二人がいないものとなった。フロロはあれからどういうルートを選んだのか知らないが、姿は見ていない。カイも日が暮れても戻らなかった。
 こんなに気の進まない夕食も珍しい。カチャカチャと食器の音が響くだけの食卓、テリーヌやレバーペースト、サラダといった冷菜はいいが、羊と根菜の煮込み、サーモンのソテーなども冷んやりと冷たい。悲しいではないか。
「それで、どうなの? 何か分かったのかしら」
 クレイトン夫人がヴィクトリアに話しかける。
「いえ、あの……」
「まあまだ初日だもの、無理しないで」
 何か言いかけた姪に被せるよう、夫人は笑い声を響かせた。
「ほほほ」
「ほほほ」
「ほほほ」
 呼応するかのような笑い声を、娘達も続かせ、わたしは鳥肌が立つ。いかん、わたしもフロロと一緒に行けばよかった、などと考えてしまう。
「クレイトンさんはいつ、フィオーネに行かれたんです?」
 何か転換が欲しかったわたしの質問に、ぴたり、笑い声が止む。
「……五日ほど前になるのかしら」
 答える長女ウェンディに次女アイリスが頷いた。
「そうそう、ヴィクトリアへ書いた手紙の返事が来たって話をした直後だもの。喜んでたわよ、お父様はヴィクトリアがお気に入りだから」
「伯父様とは手紙のやり取りばかりになってしまって……もっと早く会いに来れれば良かったんですが」
 すまなそうに苦笑するヴィクトリアに、
「気にしないでいいのよ」
「気にしないことよ」
「気にしない気にしない」
「ほほほほ」
「ほほほ」
「ほほほ」
また重奏を響かせた。相変わらず三女トレイシーはこちらを睨み、幼女二人だけがお行儀よく食事を進めていた。
 そしてまたグラスや陶器の鳴る音だけになる。誰か気利かせて何か喋りなさいよ、とイライラしてきた。しかしみんなあえて食べることだけに集中しているようだ。無言でフォーク、ナイフを動かしている。
「あの、叔母様、チケットどうもありがとうございました。送ってくださって、とても助かりました」
 ヴィクトリアが正面の伯母に顔を窺うよう、おずおずと尋ねる。
「いいのよ、いいの。楽しめた?」
「ええ、とても」
 にこやかに答えるヴィクトリアだったが、グラスを持つ手が微かに震えているのを、揺れる中身で気が付いた。


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