立ち入り禁止
部屋の中の全員が、どこか不審げな顔をする中、
「書斎は必ずある。カイが見たと言ってたじゃないか」
廊下への扉を開けながらアルフレートはこちらを見る。だんだんとイライラしてきた様子が、人差し指で自身の腕を叩く仕草でわかる。が、頭の回転が追いつかないエルフ以外の者はお互いの顔を横目で見合うだけだった。
「カイが?そんな話あったっけ……」
わたしが呟く横でニームが小さな手を叩いた。
「我々と一緒に、屋敷の中にクレイトン卿がいないか探った時だな。なら書斎は一階か三階だ。地下と二階は我々が見て回った」
「妙な振り分け方だな?」
「始めに地下と一階に分かれて担当し、その後、落ち合ってから二階と三階に分かれた。どちらも人気の無い方を我々が担当したんだ。より高度な忍び込みは本職に譲った」
「なるほどね」
ニームの説明に納得したのか、アルフレートは廊下を歩き出す。その後をみんなで追いかける。
「カイが知ってるならわたし達も村に向かった方が良くない?」
カイは教会の神父の護衛で村に残ったままだ。わたしの当然の提案に、アルフレートは首を振った。
「馬車がない。それに、あの魔女共に一度は切り込んでみたいじゃないか」
「切り込んで、って……今から行くつもり!?」
それにはニヤついた顔が返ってくるだけだ。後ろでニーム達が肩をすくめるのが見える。
「本当にカイが見たの? 私が見た時は全然見つからなかったけど……。だいたい書斎が隠れてるなんておかしいじゃない」
ぶちぶちと文句を言うのはヴィクトリアだ。なんで私に教えてくれなかったのか、とでも言いたそうだが、そんな彼女に背中を向けながらアルフレートがわたしに話しかけてくる。
「……しかし小娘一人で夜中に探し回るとは、我々以上に大した度胸だな。商談に行き詰まった父親に頼まれるようなもので、書斎を漁るっていうと権利書関係か? だが持ち出して何とかなるもんでもないしな。貴族の威光が欲しかったようだからステータスにつながるようなパーティの招待状とか、別荘やらリゾート地の会員証か。伯父のサインを集めて偽造? まさかな」
それを言われてどう返事をしていいやら。当たり前だがヴィクトリアには丸聞こえなんですけど。こちらの会話に顔色を赤くしたり青くしたり忙しい様子だったが、諦めたようなため息をつくとヴィクトリアは口を開く。
「その辺も後で話すわよ。それで? このまま無策に突っ込む気?」
一階に続く階段に差し掛かった。アルフレートは躊躇なく足を進めた。
「そうだ」
「アルフレート殿、本気か?」
ニームが驚いた顔でエルフを見上げる。それでも止まることはないアルフレートをみんなで慌てて追いかける。
「盗賊どもがいないんだ。我々にはしのび足やら鍵開けやら仕掛け扉を察知する能力なんてものはない。つまり素人がコソ泥の真似をしようとうまくいくわけがない。だったら正攻法で当たるしかない」
「正攻法? まさかあの人たちに聞くわけ? 書斎はどこいった、って?」
その声を聞き、アルフレートは最後の段を降りるとヴィクトリアに振り返った。
「場慣れした人間ほど、相手の行動を見て意図を読み取った上で自分の駒を進める。より自分が有利になるよう、立場が上になるように、完全に相手の裏を突こうとする。つまり意図が読み取れなけりゃ警戒して動かない」
「どういう意味?」
眉を寄せるヴィクトリアがびくりとする。廊下の角を曲がって玄関ホールにやってきたクレイトン夫人に気がついたのだ。
「あら、ヴィクトリア、あなたたちは残っていたのね」
夫人の笑顔から放たれるが冷えた声色に身がすくむ。その仕草ですら見つかれば攻撃される気がしてしまう。
「マジョマジョ……」
ピーピーと鼻を鳴らし始めたスーパの口を、わたしは慌てて押さえつけた。
「大人数でうろうろしていると、どうも怪しまれるんでね。村の人間の口も硬くなる。足腰弱い頭脳派は残らせてもらった次第です」
アルフレートのおどけた言いように、うっすらとした笑みを浮かべていた夫人だったが、ゆっくりと口を開く。
「……ならサロンで一緒にお茶でもどうかしら」
屋敷内をやたらうろつかれるよりは良い、と踏んだのだろうか。夫人の申し出にニームが手をこすり合わせる。
「結構ですなあ。朝食のお茶も大変よろしいもので、兄弟でも『香りが違う』などと話しておったのですよ」
「南エデュリニアから直送のお茶っ葉をモーリーンがブレンドしてくれてるのよ。あの人、得意だから」
足を進める夫人に全員でついていく。一階の東側へやってきたが、初めて入ることになる部屋だ。片側はほぼガラス張りのコンサバトリーの作りで、テラスからの日差しと風を取り込むようになっており、白いピアノを中心に白で合わせた家具が女性らしい雰囲気を放っていた。書籍類は一番なさそうな部屋でもある。
「あら……」
花柄のソファーに座る次女のアイリスが気だるそうに顔を上げた。向かいの肘掛椅子には長女ウェンディ。部屋の奥では三女トレイシーもこちらを睨んでいる。庭に幼子二人が遊ぶ姿とそれを見守る老婆も見える。四女カミラと五女ヒルダ、それに祖母クレイトン大夫人だ。その光景にアルフレートは黙って頭を下げた。わたしはあんまり入りたくないなあ、と頬をかいていた。が、すぐにある事実に気づく。
全員がここにいる。今見える目の前に、召使い以外の全員が揃っているのだ。
そう気付いて、思わずぞくりと背中を震わせた。今度は恐怖からではなく、一種の興奮からだった。
わたしはニームを見る。すると視線に気づいた彼が顔を上げ、頷いた。まだ部屋に入る前だった一番小さなトカゲ族、彼らの末っ子と思われるミマがすっと身を引き、廊下へと後ずさっていった。
「……我々兄弟がもう一度見て回る。その間に彼女たちを引きつけておいてくれ」
ニームの提案に、今度はわたしが頷いた。
ミマの影が消えるのと、わたしが部屋の扉を閉めるのと、
「さ、かけてちょうだい」
夫人がコーヒーテーブルを囲むソファー一式を指し示すのは同時だった。気は進まないものの、立ち会うしかない。わたしはアルフレートに続いてソファーに座る。そのわたしの隣にニーム、一回り小さいソファーにヴィクトリアが身を沈めた。他のトカゲ兄弟は部屋の中を適当にうろついていることに決めたようだ。庭を眺めたり、壁にかかる絵画を見つめて「結構ですなあ」などとつぶやいている。
「しかし卿はよっぽどローラス警備隊に不信感があるらしいですなあ」
ため息をつきながらアルフレートが夫人を見る。しかし答えたのは向かいに座るウェンディだった。
「何も解決できないならしょうがないわ。応援も少ないし」
「見捨てられたように感じちゃうわねえ」
次女アイリスが言葉とは裏腹にくくっと笑う。夫人も頷きながら続ける。
「それに焦ってるんじゃないかしら。怖がりだもの」
「怖がり? しかしクレイトン卿はその方面の学者だ。いわば猟奇的なもののスペシャリストかと」
アルフレートの反応に一瞬の間を置き、ウェンディが答える。
「……本の中の世界と実際の出来事じゃ隔たりがあるわ。それに宗教学は猟奇的とは言えないでしょう」
それに対し、今度はニームがふっふと空気を漏らして笑い出した。
「私にとっては実に興味深いお話ですなあ。なんせ卿の書いた『魔女伝説』の読者ですからね。あのおどろおどろしい世界を描いた本人が怖がりだったとは、世の中面白いものです」
ニームの話にわたしはゴクリと喉を鳴らす。結構な切り込みだったんじゃないだろうか。しかし話の輪に入る全員が薄ら笑いを崩すことはなく、トレイシーは相変わらずわたしを睨んでいるのだった。
……ちょっと待て、やっぱりわたしを睨んでるよなあ。どう考えても警戒するべきなのは、本物のクレイトン一家を知ってるヴィクトリアか、一番存在感のあるアルフレートだと思うのだけど。
その後は村の様子を夫人たちに伝えたり、当たり障りのない返答があったりといった会話が続く。わたしも何か質問してみるか、と考えていると扉が開いた。
「お茶でございます」
本日も実に不機嫌な顔で現れたのはメイドのモーリーンだ。大きな銀盆を乗せたワゴンを押して入ってくる。やっぱり不機嫌なのは忙しすぎるからなんだろうか。普段飲むお茶よりも花の匂いの強い紅茶だ。嗅ぐだけで甘みを感じるような湯気を、顔に浴びながら息を吹きかける。
配られた紅茶を飲みながら、アルフレートは窓の外を見て声を上げる。
「おや、あの建物は何ですかな?」
庭を見ると確かに、屋敷に寄り添う形で佇む石造りの建物が見える。こちらの建物に比べて古臭さがそのままだ。
「あれは使用人の棟ですわ。キッチンやらはあちらで、彼らの職場でもあり衣食住の場でもありますの」
夫人の答えにアルフレートは大きく頷いた。
「ほう、さすが元は伯爵領の屋敷ですな。規模が大きい」
にこやかなエルフとは対照的に、わたしは平屋とはいえあんな大きな建物に今は二人だけの使用人じゃ寂しくないかしら、と考えていた。
ふと隣を見ると、ニームがそわそわと足を動かしているのに気づく。メイドのモーリーンを見ているようだ。お茶のお代わりを用意する姿に何か気になったんだろうか。いや違う、彼女がここにいるということは、今、屋敷内でこの部屋以外にいるのは執事のホルスだけだ。ミマはうまく探せただろうか。わたしまでそわそわしてくる。
するとアルフレートがおもむろに立ち上がる。
「どうもごちそうさまでした」
彼らしからぬセリフに、
「もう行くの!?」
思わず、といった様子でヴィクトリアが声を上げる。アルフレートは頷く。
「そろそろ村にいった奴らが昼飯だと騒ぎ出すぞ。我々も行こう」
「あら、やっぱり出かけるの。気をつけてね」
そう言う夫人に頭を下げて返す。ニームが帽子を上げた。
「おいしいお茶をどうもごちそうさま、モーリーン」
「……いいえ」
仏頂面の返事と一家がこちらを窺う視線に見送られ、廊下に出る。何か聞きたそうなヴィクトリアをせっつきながら歩き、廊下の角を曲がるとミマが待っていた。
「やっぱり見つからないっす」
肩を落とすミマに声を落とすよう、アルフレートは指示する。そして廊下の窓を指差した。ここからも先ほど見た石造りの建物が見える。
「あそこ!?」
わたしは思わず出た声に、自分で口を押さえた。
「そうだ、確実にあそこだ」
態度は落ち着き払っているが、目が爛々とするアルフレートが答える。なんだってまた、使用人の使う棟に書斎があるのよ。そう聞きたいが、どこで誰が聞いているかわからない。
「……とにかく行ってみるか? 幸いみんなあの部屋に集まっている」
ニームが兄弟達と顔を合わせながら提案する。当然、とばかりにアルフレートは歩き出していた。近くにつれ、窓からは先ほどの部屋から見えなかった渡り廊下が見える。
「だ、誰もこないわよね?」
ヴィクトリアが不安そうに後ろを振り返る。わたしも緊張を隠せない。手を無意味に擦り合わせていた。
「さあな」
そう言いながらアルフレートが渡り廊下への扉を開ける。ヴィクトリアとスーパの大きく息を飲む音と、現れた大きな影に、わたしはひっくり返そうになった。
「どうなさいましたか?」
扉の向こうにいた人物、ホルス・アルドリッジが冷ややかな目でわたし達を見回した。痩せてはいるが大男の彼から見下ろされると、それだけで威圧感を感じる。
「こ、こっちは何かなって話してたのよ」
ヴィクトリアがつっかえながら答えると、ホルスは黙って後手に扉を閉めた。
「こちらは使用人エリアです。キッチンと貯蔵庫、それに我々の私室しかございません。どうかお引取りを」
これまでと違い、笑顔がないホルスにわたしは何度もうなずいて見せた。アルフレートがみんなに追い払うような仕草をした後、笑う。
「つまみ食いをするつもりじゃなかったんだ。どうか許してくれたまえ」
「もちろんでございます」
深々としたお辞儀を返すホルスに、わたしは他の家族にはない不気味さを感じていた。
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