楡の木会
「楡の木の会、だそうだよ」
昼食の席、例の慈善活動団体の名前を教えてくれたのはフロロ、ではなくアルフレートだった。
「どうやって調べたの?」
というわたしの質問には、
「丁寧に名乗ってくれたよ。勧誘されたんだ」
と澄まして答える。
先ほどの鉄道の工事をしていたドワーフ達が、明るい時間だというのにエールを傾ける騒がしい音が響く。その店内を用心するように見回したヴィクトリアが「どういうこと?」と尋ねた。
「団員に古い時代の話をしてもらえないかと頼まれた。ただし私自身は団員としては認められないそうだ。エルフだからな」
まさにあざ笑う、といった顔のアルフレートに、同じ異種族のフロロも面白そうだ。
「妖魔の森出身には興味ないってことだわな。じゃあ俺にはワンチャンあるかな」
妖魔の森はエルフやフェアリーなど、数多くの妖精が住むといわれる北エディリニアにある森だ。もちろんわたしは行ったことはないが、少なくともローラスではないことは分かる。エルフは皆、その森に住んでるという。モロロ族はあっちこっちにいるけど、ルーツはメリムデ地方だったような。どっちにしろだめじゃないか。
「『そいつも』白ローブだったか?」
カイが尋ねる。アルフレートは「もちろん」と答えた。
「じゃあ何で街に落書きして回ってるのか、聞いてきてくれよ」
自身もせっかく楡の木会の話を仕入れてきたというのに、エルフにお株を奪われた形になったカイは苦笑まじりだ。一方でうちのフロロは何をしていたのかというと、工事現場に入り込んでずっと鉄道工事を見ていたというのだから呆れる。
「いいよなあ、機関車。今は普通馬車と同じくらいのスピードらしいけど、今にコルバインより早くなるぜ」
ウインナーでクランベリーソーダを一杯やりながら、フロロはご機嫌だ。ヴィクトリアがどこか不安げにみんなを見回す。
「で、どうするの? このまま街でその『楡の木会』とやらを調べるの?」
「いや、落書きを止めたって仕方がない。とにかく現地に行くのが先だな」
そう言ってアルフレートは首を振った。
「そう」
答えるヴィクトリアはぼんやりしているようだった。心ここに在らず、なのか?と思ったのだが、わたしと目が合うと、
『ふんっ』
お互いにそう言ってそっぽを向くのだった。
「首都レイグーンといい、面白そうな街には縁がないのかしらね」
わたしは宿の窓から街を眺めつつ、ため息吐いた。午後の柔らかい日差しを受ける街は暑さも和らぎ始めていた。通りには夕餉に繰り出す観光客と、彼らにおひねりをもらう路上演奏者の姿が見える。街の東側、喧騒を避ける地域にはお金持ちの別荘がたくさんあるそうだ。この宿はそんなお高い所ではないので海も少々遠い。それでも窓から身を乗り出せば、通りの向こうにきらめく海面と揺れる漁船を目にすることができた。
「まあまあ、夕飯前にプラプラしてみましょうよ。明日は早いから夜遊びはできそうにないけど」
同部屋のローザが荷物を整理しながら笑う。ヴィクトリアがなぜかイルヴァとの同部屋を希望したので、この組み合わせとなった。いつも通り、とも言う。
「夜遊びには初めから興味はないんだけどさ、海に入れないっていうのがねえ」
「あんた海だって特に好きじゃないじゃない。行きたいなんて初めて聞いた」
そう言ってローザが呆れ顔を上げた。でもこんな綺麗な景色を見たら「勿体無い」と思うのが普通でしょうに。
「イカ焼き、貝焼き、ニンニクとからしがっつりのタコのアヒージョ……」
ちょっと早い夕飯目当てに、浜辺方向に向かう道を、わたしは油断すればスキップになりそうな足取りで進む。
「メカジキのステーキ! ぶりカマのスペアリブ!」
フロロの合いの手にも「いいね!」とご機嫌に返した。そんな馬鹿なノリをヘクターに見られ、赤面して黙る。それをローザがケラケラと笑う……という、いつもの流れをしていると、
「楽しそうだな」
横に並んだシリルが話しかけてきた。
「シリル達は楽しくないの?」
わたしの質問が突飛なものだったのか、シリルは黙ってしまった。
「その、こんな風にふざけたりしないの? って意味ね」
わたしの弁解にシリルは少し笑ったように見える。いつも無表情なのは感情を出すのが苦手なのかもしれない。その曖昧な顔のまま、彼は話し始めた。
「見ればわかると思うが、ヴィクトリアはいつも怒っている。カイはおしゃべりだが、余計な話はしない。彼の頭の中は仕事のことでいっぱいなんだ」
わたしはそれを聞いて驚く。彼の言葉は子供のようでいて、問題の核心を突くような鋭さも感じたからだ。全体的にコミュニケーション不足、といったところかもしれない。
「ねえ、言いにくかったら悪いんだけど、抜けちゃったメンバーってどんな人だったの?」
わたしは聞きながらヴィクトリアの様子もチラリと窺う。聞かれたら面倒なことになりそうだと思ったのだが、ヴィクトリアは眉間にしわ寄せながらカイと話していた。二人の様子からして彼女が一方的に文句を言っている、という方が正解かもしれない。
「一番最初に抜けた男は、自分と同じ剣士だった。大きめのバスタードソードを肩に担ぐ、体の大きな男だった。豪快で明るいが、一度言いだすと聞かない頑固者で、ヴィクトリアとそりが合わなかったんだ」
「ふうん、それで喧嘩別れみたいな感じかな?」
「そうだ。二人目はシーフ業も兼ねる軽戦士の男」
一人目を詳しく聞こうと思ったのに、二人目に移ってしまった。まあいいか、とわたしは相槌を打つ。
「カイにコンプレックスがあるようだった。それでよく悩んでいた。神経質なところもあった」
「じゃあ二人目の人はカイと喧嘩してやめちゃったの?」
「いや、ヴィクトリアと大喧嘩して抜けた」
わたしはこめかみを押さえる。とんだお嬢様だこと……。
「三人目は……」
シリルがそう話し出した時だった。
「あぶな!」
わたしは思わず大声をあげ、立ち止まる。細い路地から何かが飛び出してきたのだ。犬か猫か、そんなような大きさのものが何匹か、足元を駆け抜ける。犬猫じゃない。とかげだ。大きさはわたしの膝までしかない二足歩行の小さな獣人だった。うす茶に黄色とオレンジをまだらに混ぜたような色合いに、金色の目玉がギョロギョロ動いている。顔はとかげの中でも幅広で愛嬌もあり、目元や顎には無数のトゲもあった。
最後尾にいたのが、わたしの声に驚いたように立ち止まり、クラクラと頭を振ったかと思うとそのまま倒れてしまった。被っていた茶の上品な山高帽が道に転がってしまう。ヘクターが慌ててそれを拾い上げた。
「兄者、大丈夫、人間の女の子だ」
先を行っていた別のとかげが引き返して、倒れた兄とやらを抱き上げる。他のとかげもわらわらとそれを囲み、ある者は埃を払ってやったり顔を覗き込んだり、返してもらった帽子をかぶせたりと忙しない。全員がお揃いのカッターシャツに同じオーバーオールを着ているのであっという間に区別がつかなくなってしまった。
「大丈夫か? 大丈夫か? あのおっきな口で食べるんでねか?」
「いや食べぬ、人間は話す生き物は食べぬよ」
「食べない? 食べない食べない? 食べるんでねか? 人間はおっきな牛まで食べる。虫は食べんのにカエルもかたつむりまで食べるでよ」
瞳孔の細い目をパチパチさせながら繰り返す兄に、周りは「食べぬ」を繰り返していた。あまりのしつこさに、
「食べないわよ、失礼ね」
少々むっとして口を挟むと、全員がビクッとなり、一斉に逃げて行ってしまった。小さい身の丈には合わないスピードだった。
「な、なんなのよ」
「相変わらず気味の悪いものには好かれるな」
あっけに取られるわたしの肩をアルフレートがポン、と叩いていった。
浜辺に臨む大きな道に出ると、幾つもの屋台が出ていた。祭りでもないのに人の数も、熱気もすごい。その光景が現れたと同時にイルヴァが駈け出す。止めるのも面倒だ。わたしも香ばしい匂いに唾を飲む。
「各自好きなもの買ってきて、その辺のテーブルで落ち合いましょうか」
ローザが浜に並んだテーブルとパラソルと指差す。街が設置しているんだろうか。街の住民が次々と食べ物を持って来ては座り、酒を傾けて話に花を咲かせている。いい光景だ。
「一緒に行かない?」
ヴィクトリアの声に嫌な予感がして振り返る。案の定、ヘクターの腕をとったヴィクトリアが返事も待たずにヘクターを引っ張っていく。
「優柔不断なにいちゃんも罪作りな男だねえ……男女間の問題は大抵は男の鈍感さからなんだ」
「そんな分析いらないから、どいてよ、フロロ!」
わたしはフロロを突き飛ばすと、必死に二人を追いかけようとする。その時だった。
「うるせえんだよ!」
辺りに響き渡る怒声にびくりとなり、足が止まる。声の方向を見ると、イカ焼の屋台のおじさんが顔を真っ赤にして起こっているのが見えた。その相手は白いローブを着た男。フードを目深にかぶり、顔も見えないが肩のラインやチラリと見える腕、手などを見てもひどく痩せているのがわかる。
「店をたためって、お前は何様だ!? うちが何年ここで商売してると思ってんだ! そのうちここの全員から場所代でも巻き上げるつもりか!」
「そうではありません、お金の問題ではないのです。イカを焼いて食べる行為は不浄です」
ぼそぼそと反論する男の異常さに、周りは静まり、二人を注目している。わたしも動けなくなり、目が離せなくなってしまった。
「不浄? 不衛生だって言いたいのかよ! 食中毒も出したことねえのに、とんだ言いがかりだな! あんたさっきから何言ってんのか全然わかんねえんだよ! 声も小せえのにしつこいし、言ってることは意味不明だしよ!」
「イカを食す、というのはフィオーネ方面から来た悪しき文化です。ローラスでは食べていなかったものです。それを広める行為です、この店は」
「だったらなんだよ、いいからどっか行ってくれ! それか俺の店に文句あるなら警備隊か役人でも連れてきたらどうだ?」
吐き捨てて屋台の中に戻るおじさんに、白ローブの男はまだ何か言っていたが、周りの目に気がつくとこそこそと背中を丸めて行ってしまった。
「どうするよ?」
後ろの声はフロロだ。言われたアルフレートは顎で通りを指す。
「……一応つけておくか。行って来い」
「あいよ」
便利な駒と開き直った感のあるフロロは、去った男の方面に駆け出していった。
「楡の木、ね」
隣に立ったローザが呟いた。わたしは彼女の顔を見上げる。
「ローラスの最初の王、ロウレムは楡の木の根元から生まれたのよ」
「そういや、そんな話だったっけね……」
わたしはローラス史の教科書の、最初の1ページを思い出していた。もちろん半分が神話となった最初の王の生い立ちだが、千年以上昔の話を描く時、必ず楡の木と、根元から生まれる赤ん坊が描かれるのだ。
「青年となったロウレムは部族を束ね、争った部族も次々と吸収していく。次にやったのは他部族の女を大勢さらうことだ」
アルフレートの話に、
「ヤダ! こわあい!」
ローザが身をすくませる。「お前は関係ないだろ」と、ローザをにらんだアルフレートは、
「さて、楡の木会は次はどう動くかね」
そう呟いた。その声がやけに耳に残ってしまった。
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