00. MY ORIGIN
目の前に無防備な子供がいる。その子の向こうにはナイフを持った男。
貴方ならどうする?足がすくむだろうか?それとも大声を出す?見て見ぬふり、逃げる……そういうことも出来ただろう。普段の私なら、多分逃げていた。
けれど、この時の私は何故かとっさに子供を突き飛ばし、凶刃の前に飛び出してしまった。
特に何かを考えていた訳ではない。ただ、冷静さを欠いていた。これに尽きる。
興奮状態なせいか、痛みはあまり。音はあまり聞こえなかったが、逃げる犯人、逃げ惑う周りの人々、泣きじゃくる小さな男の子ははっきりと見えていた。
何故、見えていた、と過去形なのかというと。
これは私の古い記憶の話で、私はどうやら呆気なく死んでしまって、現在その意識は幼い『八木成子』の体に宿ってしまっているからだ。まあ、私が覚めない夢を見続けていて、全ては私の妄想だという可能性も未だ否定は出来ないが。
状況から推察するに、よくある転生モノのようだと思う。死んで、そして生まれ変わって、そこに前の自分の意識がそのまま宿ってしまった。もちろんよくある創作よろしく、同じ世界じゃなくて違う世界に。
私が生まれ変わったのも現代に似ている、けれど確実違う世界だった。
「似ているなら……、せめてもう少し平穏であれば良かったのに」
街ゆく人たちをマンションのベランダから眺めて嘆息する。
町並みは私が生きていた時代とさほど変わらない。しかし異形と(見かけは)普通の人が雑踏を行き交い、時折犯罪者―― ここでは敵(ヴィラン)と呼ぶ―― が炎や雷を放ったり巨大化したりと私の常識ではあり得ない方法で窃盗や破壊を行う。
こうした見かけの違いや現れた特殊能力を『個性』と呼ぶらしい。『個性』という言葉の意味が私の知っているものと違う世界。非日常が現実となった世界。今、私はここにいる。
「成子、あなたのことだから落ちる心配はしていないけれど……。敵が出たのでしょう? ベランダは危ないから早く家の中入りなさい」
「はい、お母さん」
八木成子。それが今生での私の名だ。
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