丁か半


宇宙を進む当ての無い薄暗い船内に、冷たく錆びた牢。

「ウフフ」

その牢には1人の痩せこけた虚ろな目をしている女がいた。


「ちょうか…はんか、ちょうか…はんかぁ」

コツコツ‥

そこに3つの影がその女に被さった。
その内の1つの影が言った。

「じゃあ…丁」

女は床に押し当てていた器を持ち上げる。


「ふふふ〜はんじゃ…」

虚ろな目で言う女は、とても不気味で
気持ちが悪かった。

「ありゃりゃ、負けちった」

神威は大きな目をクリクリさせながらその場にしゃがみ込み、檻の中にいる女を興味深げに眺めていた。

「神威、不吉なこと起こるかもね」

こんな薄気味悪い場には合わないような女、プリンセスの声。プリンセスは、神威の横に立ち
牢の中の女を眺めていた。神威はプリンセスを横目に見て、ありゃりゃと困った様な笑いをし
小さく言葉をもらした。阿伏兎は何か言いたげな表情をして神威の背後に立ったまま牢の中を見つめている。


「このヒト誰?かなりお疲れな顔してるけど」


少し遠慮気味に問いかけるプリンセス。
その問いに、阿伏兎が答えた。



「…かつての第四師団団長だ。」


「うふふ‥」

虚ろな目をして不気味に笑う女を
冷めた表情をして見ながら、阿伏兎は言った。

「…嘆かわしいねェ。春雨第四師団団長といえば、かつては宇宙に咲く一輪の花なんぞと呼ばれていたもんだが、派閥争いで居場所を失い組織の金持ち逃げしてどこに姿消しちまったのかと思ってたら―」


そして、不気味に笑う女を横目に見て
言葉を続ける。

「まさかこんな姿でご帰還たぁね」

そして、しばらく沈黙が続く。

そんな中、神威がそれを破り笑顔で言った。

「ホントだね。まさか阿伏兎の好みがこういう女狐だったなんて」

(団長、痛いとこつくなあ)


阿伏兎は、そう思ったが
冷静を装い言葉を続けた。


「ガキにはわかるまい。世の中なんでも手の平サイズコンパクト時代になっちまったがねェ。女だけは手の持て余すくらいが丁度いいんだ。」

「DS位?」

「んにゃ、メガドライブ位だ」

神威と阿伏兎のテンポの良い会話に
プリンセスは呆れたような表情をして
聞き流していた。

「それは置いといて………。成程、道理で今迄捜し回っても見つからないワケだ。なんせ阿伏兎お気に入りのメガドライブだもんね〜」

意味有りげにドスをつく神威の言葉に
阿伏兎は思わず肩をピクッと跳ねさせ反応する。
更に神威は言った。

「でも、残念ながら地球にも彼女の居場所はなかったみたいだよ」

カラッ
この薄暗い空間に響く器の音。
女が弄っていた器が引っくり返り、
女の虚ろな目からは涙が流れ落ちていた。
神威の言葉に耳を傾けながら、
プリンセスは女の姿をジッと見ていた。

「博打が過ぎたね。…彼女も、お前も…」

そして神威は、阿伏兎に意味有りげな目線を投げ掛け、阿伏兎に背を向けて歩き出した。

その蒼い二つの瞳に圧されたのか、阿伏兎は慌てて、その遠ざかる神威の背中に向かって言った。

「…………オイ、妙な勘ぐりはやめろ。どっかのバカ団長じゃねーんだ。仕事にそんな私情もち込んでたまるか」


阿伏兎はその場で立ち止まったまま言う。


「阿伏兎、女の趣味悪いかもね」

突然発せられた声のする方に
顔を向ける阿伏兎。
そこにはプリンセスが顔を覗かせながら
困った笑いを浮かべていた。


「おぃおぃ‥プリンセスまで‥」

引きつった笑いを浮かべながら
遠くを見つめる阿伏兎を
横切りプリンセスは神威の後を追った。

「ハイハイ」


神威は阿伏兎の言葉を無視して
そのまま歩き続けた。
その言葉に阿伏兎は言葉を発した。


「そもそもコイツはツラも名も変えて地球に逃げてたんだぞ。んなモンわかるワケ…」

「ハイハイ」


「大体俺セガ派じゃなくて任天堂派だし!!
ねェ!!きいてる!?」


「うるさい。阿伏兎。」

冷たい言葉を投げかけるプリンセス。
神威は阿伏兎の言葉を聞き流していた。



一通り口喧嘩をし、神威が言葉を発した。


「まァいいさ。辰羅の連中お得意の集団戦術とやらとやり合ってみたかったけど、しょせんサシじゃ夜兎に遠く及ばない雑兵集団。勝敗結果は見えてるもんね」

神威の声が響く中、
神威を先頭にした三人は牢屋から出た。


「そんな事より、またアイツらに手柄とられちゃったね。そろそろホントにお礼しにいかなきゃいけないかな」

そう言う神威、遠くを見つめる阿伏兎、
神威の言葉に耳を傾けるプリンセスの
横を派手な女物の着物をまとった誰かが
通り過ぎた。

そして神威は肩越しに振り返った。
そんな突然振り返った神威を見て
プリンセスも振り返った。

擦れ違った相手も立ち止まり
こちらへと向いていた。

目が合った男2人は、笑みを称えて睨み合った。
その目は、お互いを敵視し、
今にも戦うような闘志剥き出しの目をしていた。

神威はポツリと一言。


「侍に」


プリンセスは目に入った
女物の着物をまとい艶かしい笑みを浮かべる
男、高杉晋助を見てふと思った。


(あの時の侍‥銀ちゃんに似てる)


自分をジッと見るプリンセスに高杉は
口角を吊り上げて言った。

「………女の夜兎か」

「………」

プリンセスは高杉から目をそらすことが
出来なかった。
2人は暫く見つめ合っていたが
高杉はやがて背を向けて歩いて行った。
未だに暗闇に消えた高杉の姿を
見つめるプリンセス。

「プリンセス、置いてくよ?」

神威の呼ぶ声に我に帰り、
プリンセスは、先に行く神威と阿伏兎の方へ歩き始めた。