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初夏のジリジリとした暑さが際立つ昼下がり。とある茶屋の縁台に2人の男と女が、ほとんど毎日の様にその時間に腰を掛けている。

「こんにちは。お坊さん。」

「坊さんじゃない。桂だ。」

今日は桂が先に来ていた様で、プリンセスは既に腰掛けて茶を手に持つ、僧侶の衣装に身を包む桂の隣に座りそんなお決まりの会話をする。

そして、プリンセスが来た事からもう1つ茶を頼み、団子も頼む。そして2人はたわいの無い話をしその時間を過ごしていた。2人は、時間を忘れるぐらいその空間が居心地良く思い、時刻は既に夕方になっていた。

「では、桂さん、また明日」

「‥ああ、また会おうプリンセス。」

2人は立ち上がって向き合い、昨日、一昨日と同じ言葉を掛け合う。そしてプリンセスは桂とは違う反対の方向に歩き始めた。少し歩いて、ふと後ろを振り向くと桂もプリンセスと同じ様にこちらを見つめていて、少し心臓がドキッとしてしまった。そしてプリンセスは軽く頭を下げ会釈し微笑み掛けまた歩き始める。それを桂は自分の表情を悟られない様に笠を少し下げ、歩き始めた。

自宅への道を歩いていて、ふと初めて桂に出会った日の事を思い出して1人笑みが零れる。

あの日は確か、まだ梅雨の季節で何日も雨が続き久しぶりに太陽が顔を見せた日だった。散歩がてらに寄った茶屋で、茶と団子を頼み寛いでいると、シャランシャランと音を鳴らしながら僧侶が隣に腰掛けた。それが桂さんだった。お坊さんにしては、髪は長く、丁寧に伸ばされていて不思議な方だな、とそれが第一印象だった。

「こんにちは。お坊さん。」

「坊さんじゃない、桂だ。こんにちは」

それが初めて交わした会話で今思えば、なぜ私から話しかけたのか不思議だった。けど、あの時何故か自然と言葉が溢れたんだよね。

次の日も梅雨が明けたかの様に空は快晴で私は昨日と同じ時間に茶屋を訪れた。また桂さんに会える気がしたから。茶屋が見える所まで歩いて縁台を見ると遠くからでもわかる笠を被った黒い衣装に包まれた桂さんがいて、私は一瞬胸がドキッとして嬉しさが胸から込み上がるのがよくわかった。平然を装いながら近づいた。

「お隣いいですか、お坊さん。」

「坊さんじゃない、桂だ‥!プリンセス‥!」

笑みを浮かべながらそう話しかけると桂さんも、少し表情を驚かせてから私の名を呼び、席を少し詰めた。そして昨日と同じ様に、お茶と団子を頼んだ。

「今日もここで桂さんと会える気がしたんです。そしたら、まさかいて、びっくりしてます。」

「ああ、俺も何だか、プリンセスにまた会える気がしたんだ。」

その言葉にさらにドキッとしたけど誤魔化す様に笑んだ。そして夕焼けが眩しくなってきた頃合いに桂さんとさようならをした。「また、明日会おう」なんて約束をする事もなく。

その次の日は、雨が屋根を打ち付ける音で目覚めた。やはり梅雨は終わってない。

「さすがに、雨の日にはいないかな‥」

戸を開け、雨の降る外を見つめながら桂さんの事を思った。その日の午前中はほとんど何をするにも「いつ止むのか」雨の様子を見ていてそして、その願いが届いたのか、桂といつも会う時間帯に雨は小雨になった。

私は少しの期待を込めて傘をさし、いつもの茶屋へ向かう。
いつも外に置かれている縁台は片付けられていた。少し残念に思いながらも茶屋の中へと入ると、私は目を疑った。そこには、笠を外し椅子に腰掛けている桂さんがいたから。

茶屋の入り口で余りにも驚いてしまい突っ伏していると、彼方も私に気づいた様で私を見て、少し口元に笑みを浮かべた。その表情にハッと気を戻し自分も笑みを浮かべ桂さんの向かい合うように席に着く。

「まさか、雨の日にまで会えるなんて思いませんでした。」

「うん、俺もだ。しかし、雨でもプリンセスが来る気がしたんだ。」

「私もです。雨の日でも、桂さんに会える気がしました。」

嬉しさが顔に漏れてしまうくらい自分は今にやけてしまっているのではないかと、そして、こんな真っ直ぐ真向かいから桂さんの顔を見たのは初めてだなって思った。

茶を啜る桂さんを相手に悟られないようにちらちらた目に捉えると、長く伸ばされた黒い髪の毛の毛先は微かに雨で濡れ、艶が出ていて微かないやらしさの無い色気を感じる。

「なんだ、何か付いているのか?」

「え!‥いいえ何も付いて無いですよ」

そんなに私は桂さんの事を凝視していたのか、突然発せられた言葉に少し慌てながらもそれを否定する。

「なんだ、そうか」

そう言って腕を組み、目を瞑る桂さん。ポタポタと屋根を打ち付ける雨の一定のリズム。そして目の前にいる桂さん。私はその空間が凄く居心地が良くて、また明日も、その次の日も桂さんに会いたいって心から思った。

そして、その日から毎日同じ時間に私と桂さんは約束を交わすこともなくこの茶屋で同じ時間を過ごした。