03


次の日は、昨日のことがまるで夢だったかの様に空は曇1つなく、太陽はよく輝き夏の暑さが際立っていた。

ひょっとして、昨日の出来事は本当に夢だったのではないかとプリンセスは、確かめる為に昼下がりいつもの茶屋に訪れた。いつもの様に茶と団子を頼む。

夕方になっても彼は現れなかった。そして、その次の日も、その次の雨の日も毎日毎日、同じ時間帯にプリンセスは茶屋を訪れたが、あの日以来、桂とは一度も会うことができなかった。

それでも、いつかは必ず来ると信じてプリンセスは茶屋に訪れる。

「最近、僧侶の方が来ませんね。」

ふと、茶と団子を運んで来たこの茶屋の店主がポツリと言葉を零す。

「‥そうですね。」

ありがとうございますと店主から受け取り、プリンセスは遠くを見つめる様に、茶を啜る。

「梅雨の半ば、ぐらいからですかね、お二人が毎日昼下がりにこちらで飲んでて、凄く楽しそうにお二人ともお話ししてるものですから、微笑ましかったですよ」

店主もプリンセスと同じ様に遠くを見つめ、にこやかな表情を浮かべる。

「また、すぐ来ると思います。必ず。‥少し待っていてと言われたので待ってみようと思います。」

そう言ってプリンセスは店主に微笑みかけると店主もプリンセスを見つめ、「素敵ですね」と口にし更に、にこやかな表情を浮かべた。

そんなある日、またあの日と同じ様な空が雲に覆われた淀んだ日が訪れた。何か、嫌なことが起きそうな、そんな気がして、それでもプリンセスは茶屋へ向かう。

しかし、その向かう途中、町で良からぬ噂を耳にした。人斬りが現れ、何人かが切られたそうだ。その人斬りが現れた数日後に桂は姿を消した。「もしかして」と良くないことを考えてしまった。しかしそんな考えは首を振って消し去り、それからも毎日通い続けた。


「プリンセス、プリンセス」

聞き覚えのある声。少し懐かしい。プリンセスは閉じている瞼を開けた。そこには、プリンセスを見つめる桂の姿。プリンセスは喜びのあまり涙を浮かべる。
「桂‥さん、桂さん!」そうあの人の名を呼ぼうとするが声が出ない。驚愕するプリンセスを淋しそうな表情を浮かべて見つめる桂。そしてプリンセスに背を向け歩き出した。次第に遠くなる背中。待って。しかし脚が動かない。

「桂さん!桂さん!」

そこで、バッと布団から勢い良く起き上がった。乱れた呼吸に、身体中から溢れる汗。それは、夢だった。ボロボロと涙が布団に染みを作っていく。

その日も、雲で全てが覆われていて淀んだ空の日だった。プリンセスは、もう今日で止めようとそう決意し、最後に茶屋に訪れる。いつものように茶と団子を頼む。

「ありがとうございます。‥実は私今日で、待つのを止めようと思うんです。」

店主がいつもの様に茶と団子を持って来た時にプリンセスが、そう告げると店主は少し悲しげに眉を下げたがプリンセスの肩にそっと手を置き、にこやかに笑みを浮かべた。その手はとても温かかった。ただ貴方が来るのを待つ為に。


もう団子は無く、串だけが並べられ、茶も温かさがなく冷めていた。空が一日中淀んでいる為今が夕方なのかそれさえわからない。ふと、今朝の夢を思い出し涙が目を潤ませた。この空から雨が降っているかの様に落ちる涙。

貴方は、私に少し待ってくれと言いました。晴れた日も、曇りの日も、雨の日もどんな日でも私は、貴方に会いたくて待っていたのに、貴方は来ません。ただもう一度、会いたいだけなのに。

俯き、更に涙がボロボロ落ちる。プリンセスはしばらく、この淀んだ空が溜め込んでいた雨を流すかの様に沢山泣いた。

しばらくして、目は物凄く赤くなっていたが流れる涙はおさまり、仕方ないが、そろそろ帰ろうと、頭を上げようとした時だった。シャランシャランとプリンセスの耳に聞こえる懐かしい音。顔を上げるとプリンセスの目に映ったのは、長く伸ばされた髪ではなく、短く切られた黒い髪に、僧侶の衣装に身を包み、笠からプリンセスを見つめるその顔。

「こんにちは。‥お坊さん。」

いつもの様に口にする。

「坊さんじゃない、桂だ!‥お嬢さん、お隣よろしいですか」

何も変わらない。

「お嬢さんじゃない。‥プリンセスだ。‥‥だめ。」

そう言って、プリンセスは桂の腕の中に飛び込み、桂もプリンセスを以前抱きしめたよりも強く包み込んだ。そして、淀んだ空も澄み切ったオレンジ色で暖かく、染まっていた。