吉原炎上編


プリンセスは、神威が生きていて安心したのか、目に涙を浮かべた。鳳仙の背後には、神威が腰掛けていた。

「そんなんじゃ、俺のこの渇きはどうすればいい?」

その時、天井から遊女の一人だった、死体が落ちてきた。その死体に目も呉れずあの笑顔で神威は

「女や酒じゃダメなんだよ。俺はそんなものいらない。そんなもんじゃ俺の渇きは、癒えやしないんですよ。」

鳳仙はニヤリと笑みを浮かべた。
次の瞬間、二人は同時に動いた。鳳仙の手刀と神威の蹴り。どちらも互いの顔の横を掠めた。鳳仙の手刀は神威の頬を切り裂き、鮮血が滴り落ちた。

(そうだ…!!)
プリンセスはハッとしてこの状況の恐ろしさからか呆然としている晴太に

「早く!今のうちに!日輪のところに行きな!!!すぐそこを曲がって上がった1番奥の部屋にいるから!」

その声に晴太は

「なんで、オイラに…!?」

「昔、日輪にお世話になってたの!!日輪の嬉しい顔が見たいの!!!だから、早く行けっ!!」

「ありがとうっっ!!!姉ちゃん!!!」

日輪に会うため、駆け出す晴太。

(どうか、会えますように…)

「…血…修羅が血。己と同等、それ以上の剛なる者の血をもって初めて…。」

神威の細められていた目がゆっくりと開いた。
夜兎の本能がむき出しだった。

「俺の魂は、潤う。」

血をペロリと舐め。

「…反目し、殺し合いを演じたときいたが。血は争えんな。その眼は奴の眼。」

笑いながら言う鳳仙。
その昔、夜王と呼ばれ、夜兎の頂点に君臨した鳳仙に唯一恭順せず、たった一人挑んできた男。

「ぬしが父、星海坊主の眼。神威…貴様に父が越えられるか。」

「もう、とうに越えてるよ。家族だなんだと、つまらないしがらみに囚われ、子供に片腕を吹き飛ばされるような、脆弱な精神の持ち主に。真の強さは得られない。旦那、あなたもあの男と似ているよ。外装はゴツくても中身は酒と女しかない。」

ゆっくりと構え、その漲る殺気を隠そうともせず、神威は満面の笑顔で言う。

「 阿伏兎っっ!!!!」

プリンセスは阿伏兎に不安の目を見せ2人をとめるよう助けを求めた。

「真の強者とは強き肉体と、強き魂を兼ね備えた者。何者にもとらわれず強さだけを求める俺に、あんた達は勝てやしないよ。」

その瞬間

「ぬかせェェ小童ァァア!!!!!」

「やめろォォ団長ォ!!!!!」

阿伏兎の制止の声も虚しく、闘いは始まった。


「団長、やめろ!!俺達の目的を忘れたか!!」

云業が神威を止めようと歩み寄る。

「よせ!!云業!!」

名前を呼んで止めさせようとしたが、云業はきかずに神威の元へ、声をかけた。

「団…!!」

最後まで言う前に神威は云業の脳天へと足を振り下ろした。その一撃で云業の巨体は床へと叩きつけられた。

「ひっこんでてよ。今楽しいところなんだ。」

のんびりとした口調と共に振り返った神威は変わらずあの笑顔を浮かべていた。

「邪魔すると、殺しちゃうぞ??」

「神威!!!もう、やめて!!!」

プリンセスの震えた声に立ち止った神威、しかしすぐに鳳仙に襲いかかった。

「言わんこっちゃねェ。あーまた始まっちゃったよ。団長の悪いクセが。ああなるともう、誰にも止められねェ。」

阿伏兎はうんざりした顔であぁあぁと。
その隣で呆然としているプリンセス。

「流石は夜王鳳仙。かつて夜兎の頂に立った男。おいそれと下克上ってわけにはいかないようだね。」

「フンッ。下克上?笑わせるな。神威、貴様には上も下もあるまい。あるのは強いか弱いか。ただそれだけ。弱き者は意にも介さんが、強き者はたとえそれが誰だろうと、師のワシであろうと牙をむく。」

「それが夜兎の血というものですよ。古くからより強き者を、より強き力を求め戦場を彷徨ってきたのが我らが種族。こんな土の中に安住し酒と女に溺れるうち、その血まで渇いてしまいましたか。今のあなたに勝っても面白くないや。思い出してください。己が中に流れる修羅の血を。あなたの渇きは、酒や女では癒えやしない。」

「黙れ」

「あなたの居場所はこんな所じゃない。」

「黙れといっているんだ。」

「あなたの居場所は…」

言い終える前に鳳仙の攻撃に神威は吹き飛ばされた。

「神威っ!!!!」

壁が破壊され、立ち込める煙の中、悠然と立つ神威は狂気の瞳で鳳仙を見据えていた。

「俺達の居場所は、戦場ですよ。」


「阿伏兎!!このままじゃ…!!!」

と、焦りを見せるプリンセスに阿伏兎はプリンセスの頭に軽く手を置き

「とりあえず、落ち着け」

と言い、鳳仙と神威の元へ足を進めた。
そして戦いが不意に止み、沈黙した。
鳳仙と神威は互いに拳を突き出し、二人の間には傘を広げた阿伏兎と云業が背中合わせに立っていた。
そう、鳳仙と神威それぞれの拳が傘を貫いたのだ。
地にどさっと落ちる片腕。それは阿伏兎の左腕だったのだ。しかし、 阿伏兎は表情も変えずに傘を降ろした。

「そこまでだ。二人とも落ちついてもらおう。」

阿伏兎が背中合わせの云業を見ると 、その背中の中心から手が突き出ていた。神威は無造作に腕を抜き取ると、云業はそのまま崩れ落ちた。神威は笑顔のまま、血に濡れた右手をぺろりと舐めた。
仲間の死に、阿伏兎はわずかに眉を顰めるのみ。

「…腕一本と一人で、あんたらの喧嘩止められれば上出来だ。コイツの命に免じてどうか鳳仙の旦那、団長の不始末許してくれ。残り少ない同族同士で殺し合うのは寝覚めが悪い。俺達ゃアンタと戦争しにきたんじゃねェ。よりよい関係を築きにきただけだ。」

「まだ甘い汁が吸い足りぬか。いっそこの吉原がほしいと、正直に言ったらどうだ。」

「元老(うえ)も怖いのさ。夜王の怖さは仲間だった春雨(オレたち)が一番知っている。あんたもこの街も、巨大になり過ぎた。金だけじゃねェ、 アンタが春雨(オレたち)を裏切らないという証がほしいのさ、ジジイ共は。」

「大した仲間だ。隠居し余生を送る老いぼれにたかろうというのだからな。」

鳳仙は嘲笑するとやがて踵を返した。

「興が醒めたわ。」

「旦那!」

「…金でも商いでも、好きにするがいい。そんな下らぬもの、わしはもういらぬ。だが…。」

振り向いた鳳仙は殺意に満ちた笑みを湛えていた。

「この街、わしの吉原を奪おうというのであれば、ぬしら…夜王の真の姿、見ることになるであろう。」

鳳仙の去り際に、

「興が醒めたのはこっちだよ。そんなに自分のつくった玩具が大事か。ならばそのまま吉原(ここ)で干からびて死んでゆけばいい。あんたは殺すにも値しない。」

静かに吐き捨てた神威から笑顔はなかった。
そして屋根から飛び降りて姿を消した神威に、鳳仙は自嘲気味な笑みを浮かべる。

「…干からびて死んでゆけ?フンッ。とうの昔に干からびておるわ。陽も浴びられぬというのに…どうしてこんなに渇くものかな。」