満月の夜に


まん丸のお月様が暗闇の空のてっぺんに位置する頃、本丸のある部屋にて長谷部は手に審神者から託された審神者の力の宿った札を持っていた。

静かな空気が流れる中、長谷部は目の前に置かれる刀にその札をかざした。
それと同時に刀は光に包まれた。その光の強さに目を細め、腕で自身の目を覆う。

次第に光は収まり、長谷部は自身の目を覆っていた腕を下ろす。

「!‥‥お前は‥!」

月の光によってその姿を把握した長谷部。目にしたその姿に瞳を大きく見開き漠然とする。

「長谷部‥?」

長い眠りから目覚めた為か、瞼を何度か開閉し、視界に捉えた何世紀前か、その時以来の懐かしいその名を確かめるように口にする。

「プリンセス!」

久しく聞いたその声に長谷部は気持ちが爆発したかのようにプリンセスを自身の腕で包み込む。突然の事に対抗しようとするも、やはり男と女では力の差がありプリンセスは頭の中で情報処理が行き届いておらず呆然とされるがままだった。

そう、彼女こそが刀剣において唯一の女士、プリンセスだ。

「ようやく…来たか‥!そうだ!主に報告しなければ!」

バッとプリンセスを包む腕を離し、次は両肩に手を添え強い眼差しをぶつける長谷部。プリンセスは、相変わらずせっかちな目の前の男に呆れながらもその長谷部の強い眼差しに圧されるようにただ黙って頭をこくりと下げ返事をした。

「長谷部、久々の再会は、とても嬉しいのだけど…なぜ、私たち人間に‥?それに、ここは一体どこなの?」

自身の手を裏表、握ったり閉じたりを繰り返しながら、廊下をキョロキョロ見渡し、前を歩く長谷部の背にプリンセスはいくつもの疑問を投げかける。すると長谷部は少し頭をプリンセスに傾げた。

「全て、これからプリンセスに会わせる、主が伝える。」
「‥そう‥でも、長谷部。私の主は、あの方だけよ。」

長谷部の言葉に素っ気なくも返事をするプリンセスだが、否定的な言葉も呟く。長谷部は自身の後を歩くプリンセスに目を向けるとその顔はどこか悲しげな表情を浮かべていた。同情するかのように長谷部は眉を潜める。

「…主…はい。そうです…」

他の部屋とは違った異色を放った煌びやかな襖の奥へと声をかける長谷部。プリンセスはそれを横目に見ながら子窓に近づき外の月を見上げる。そして目線を下げ始めて訪れたこの広い敷地を見渡す。

「プリンセス。」
「!‥はい?」

突然名前を呼ばれ、肩を一度ビクつかせ長谷部の方へと体を向ける。

「プリンセス、主がお前と話したいそうだ。」

長谷部の言葉と共に襖が開かれた。その奥は暗闇が広がっておりプリンセスは少し不安げに長谷部へと近づく。すると長谷部はそれを悟ったかの様にプリンセスに笑みを浮かべる。

「そんな不安げな顔をするな…安心しろ、主はお前が思うほど恐ろしい奴じゃない。」

プリンセスの頭に手を添え優しく髪を撫でる長谷部。そんな自身よりも遥かに背の高い長谷部に、目を向けるプリンセス。刀の時は、こんな男女の体格差などなかった為、どこか新鮮味があると違和感を感じながらも、プリンセスは口元に笑みを浮かべ、不安は残るも、主のいる襖の奥の暗闇に入って行った。