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遥か遠くまで闇で広がる空に1つ、月が夜を照らす。寝殿造りの屋敷にある北対の縁側にて、黒く艶やかに真っ直ぐ伸びた髪、そして何枚も着重ねられた鮮やかな色合いの十二単の高貴な着物を着た女が1人、打粉を手に持ち、刀の手入れをしている様だ。

「三日月宗近よ、今宵も月が綺麗じゃ。」

高貴な衣装に身を包んだ女は、手に持つ刀、三日月宗近を空に浮かぶ月にかざす様に高く上げた。月の光によって刀は更にその鋭さを増す。

「この遥か暗い空を照らす月‥そなたによく似通っておる。」

じっくりと空を照らす月と、自身の手に持つ三日月宗近を見比べるその女の表情に、哀愁漂うものを感じられる。

「三日月宗近よ、そなたは我にとって、行く末を照らす月じゃ。」

刀を持つ手を膝元に下ろし、女は空の月を眺め、そして手元の月に目を移す。すると女の目から、一粒涙が流れた。口元は、まるで瞳から出た哀しい涙を否定する様に無理に笑みを浮かべていた。


女の顔は次第に遠くに離れて行き、暗闇に包み込まれるように消えていった。

「!…夢…か…」

バッと目を見開き、先ほどの事が夢である事に気がついたのは、普段から動じる事のない悪く言えばマイペースである三日月宗近であった。少々、汗が額と背に感じ、起き上がる。脳裏に浮かぶのは夢で見た女の悲壮感漂う表情。

「今宵は満月か…」

布団から身体を起こし、縁側へと夜空を見上げ、堂々ったる面構えの月を眺め三日月宗近は切なげに消え入る声で呟いた。

翌日、この本丸に来て以来毎日の様に鶯丸と縁側で茶を飲む三日月宗近。

「…寝不足か?」

何度目になるか、あくびを繰り返す三日月宗近に鶯丸が目を向け問うと、その顔は確かにいつも以上に瞼に力が入っておらず今にも閉じてしまいそうだった。

「昨夜、懐かしい夢を見てな…」
「ほう…それは、どんな夢だ?」

三日月宗近は、目の前の前庭で元気にじゃれあうまだ幼さの感じられる短刀達を見守るように見つめ口にすると鶯丸は一口茶を啜り、間を置いてから更に問う。

「なーに。ただのじじぃの昔話だ。」

茶を啜り、ははは、とゆったりと一笑する三日月宗近に鶯丸も同じように小さく口元に笑みを浮かべた。

「な〜に〜!聞きたい聞きたい!」

突然、前庭で他の短刀達と遊んでいた今剣が興味を示し、身を乗り出すように三日月宗近と鶯丸の前にやって来た。

「僕も聞きたーい!」
「僕も聞きたいです…」

今剣につられるように、藤四郎兄弟が周りに集まり三日月宗近と鶯丸を囲う。これから始まる三日月宗近の話しに短刀達は瞳をキラキラと輝かせる。

「ん〜。どこから話すか…11世紀の末に俺は生まれたんだ。その時の初めての主が、夢に出てきたんだ…」
「へ〜!そのあるじさまはどんな方だったの!」

一口茶を啜る三日月宗近を急かすように今剣が口早に問う。

「一言で表せば、美しい…か…月の良く見えた夜には、必ずと言って良い程、俺の手入れをしてくれていたな…」
「素敵な主様だったんですね…」

どこか懐かしむような口調で語る三日月宗近に五虎退が、白い小さな虎を抱えながらぽつりと呟くと皆、共感するように頷く。

「きっと、そのあるじさんは三日月様を心から大切に思っていたんだよ!」

乱藤四郎が、そう言えばまたもその言葉に共感するように頷く一同。

「ははは、そうだとじじぃも嬉しい」

笑みを浮かべ三日月宗近は、これで終いだ、と言えば短刀達は前庭へ戻りまた元気にじゃれ合い始めた。その姿を微笑ましく眺める三日月宗近と鶯丸だった。