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「また、見ているのか。」

夜、今日の報告をする為主の部屋に行く途中、縁側で空を見上げる三日月宗近に長谷部は声をかけた。三日月宗近がこの本丸に来て以来、毎晩の様に空を見る彼と遭遇する長谷部。

「長谷部か。宵も月が綺麗だな…」

どこか物寂しそうな横顔に長谷部は、三日月宗近の心に同調するように隣に腰掛ける。

「なぜ毎晩、こうして空を眺めるのだ。」

毎晩飽きずに空を見上げる三日月宗近に、どれだけ考えても答えのかけらも浮かんでこない長谷部は問う。するとゆっくりと口を開く三日月宗近。

「心に留まる何かを探しているのかもしれないな」

一度、長谷部に目を向けた三日月宗近の瞳の奥にある月が切なげに揺れた気がした。そしてまた月を見上げる三日月宗近。長谷部は彼から発っせられた言葉に脳が揺さぶられる様な驚きを覚えた。

「主も、同じ事を言っていた。」

長谷部が驚いた理由は、これだった。次は三日月宗近が微かに驚きの表情を浮かべる。

「そういえば、俺は主に会った事がないな」

主というワードが出て、ふと、ここに来てから一度も、ここの審神者に会った事がないのを思い出した三日月宗近。すると長谷部が少々呆れたようにため息を吐く。

「ああ、主はあまり外に顔を出さない。他の刀剣の中にもまだ主に会った事がないやつが多い」

健康に良くない、と更に呆れる長谷部。

「是非とも会って見たいのだがな…」

三日月宗近がそう呟くと、長谷部は何か知っているのか少し複雑そうな表情を浮かべ、言葉を返すことなく黙ったまま三日月宗近と同じように空に浮かぶ月を見上げた。

月を眺め物思いにふけていると、ふと、自分が何のためにここに来たのか思い出し足早に縁側から立ち去る長谷部を見送る三日月宗近だった。

「主!今日の報告です。」

急いだせいか、少し息の上がる長谷部は、この本丸の敷地で一番上層の主のいる部屋の煌びやかな襖に声をかける。すると、長谷部の声に反応するように襖が開かれた。

「御苦労さま、いつもありがとうね。」

開いた襖の奥に入ると、主は何やら書いているらしく机に向き合ったまま一度長谷部に目を向け礼を言う。どこか古風な落ち着いた雰囲気の主、#princesss#。長谷部は先ほどの三日月宗近の言葉を思い出した。

「主、三日月宗近が、」

長谷部が、その名を口にするとプリンセスの執筆する手が止まる。ああ、まただ。と長谷部は不安げに眉をひそめる。三日月宗近、その名を口にするとプリンセスは、何か心にぽっかりと空いてしまった様な寂しい気持ちに襲われるのだった。

「…三日月宗近…が、どうしたの?」

暫くしてプリンセスの執筆する手が動き始め、恐る恐る口にするその名、長谷部は少々控えめに言葉を発した。

「主に、是非会ってみたい…と言ってました。」

もう一度、止まるプリンセスの手に、長谷部は自身が口にした事に後悔した。すると、プリンセスは長谷部に顔を向けた。

「そう…」

たったその一言だけだった。しかしその顔に、物憂いしさを感じ、長谷部は不憫に思えた。

「主、貴方はずっと三日月宗近が現われるのを待っていた、それなのに…」
「長谷部!」

長谷部の言葉を切るようにプリンセスは強く、感情的に名を怒気のこもった口調で呼んだ。長谷部は、始めてみた主の取り乱した姿にただ黙り、眉をひそめ弁解するように俯く。

「ごめんなさい、長谷部。」
「…いえ…」

自分が悪いと申し訳なさそうに俯く長谷部の前にプリンセスは歩み寄る。目の前にやって来たプリンセスに顔をあげる長谷部。

「長谷部、前にも言った事が合ったと思う。三日月宗近と私は、どこかで出会った事がある様な気がするの。」

自分を責めるように眉をハの字に潜める長谷部の頬に手を添え、宥める様に笑みプリンセスは外の景色が見える大きく戸が開かれた所から空を見上げる。

「だけど、それがどこでなのか、なぜなのかはっきりと鮮明に思い出せない。」

思い出そうとすると頭が痛い、と眉を潜め、自身に呆れるように笑むプリンセス。

「主、一つだけ聞かせてください。」

長谷部は、はっきりとした口調で問う。

「なぜ、空を眺めるのでしょうか」

少し口元が震える長谷部、しかしそれを抑える様に力を込めて口にする。一度、長谷部に目を向け、また空に視線を戻すプリンセス。

「心に留まる何かを探しているのかもしれない…」

長谷部の目に映るプリンセスの月を見上げる横顔が先ほどの同じように月を見上げていた三日月宗近と重なった。