03


今宵の月は丸く、空のてっぺんに堂々と浮かんでいる。
長谷部が、この部屋から退室する際に残した言葉が、プリンセスの心に深く刺さったのだ。

ー三日月宗近も、同じ事を言っていましたー

プリンセスは、何か思い定めた様に月をきりっと目に捉え、襖を開け自室から足早に出て行った。トントンとプリンセスの歩く音だけが響く廊下。向かう先が決まっているようでその動きは素早かった。

その頃、縁側では三日月宗近がそろそろ寝どこに着こうと自室に向かおうと、今宵の月を最後に目にし、何か願う様に瞳を閉じる。すると聴覚に集中して響く次第に近づいてくる足音。その足音は自分の横に止まり、隣に並ぶように座ったようだ。

「貴方が、三日月宗近ね。」

自身の名を呼ぶ声に、懐かしい気持ちに包まれ三日月宗近は閉じた瞳を開け、隣に座った者を瞳に捉えた。その横顔に、ハッと目を見開く三日月宗近。そのままだった。自身を大切に丁寧に、世話してくれた愛する主と瓜二つのその姿。

「主…」

確かめる様に名を呼ぶ三日月宗近。プリンセスは、返事をする代わりに、少し悲しげに瞳を三日月宗近に向けた。やはりその瞳は、あの主と同じだと心に思う三日月宗近。

「三日月宗近。私たちは、どこかで会った事があるのでしょうか。」

重々しく口を開くプリンセス。三日月宗近は、プリンセスの言葉に瞳の奥が少し揺らいだ。

「どこで、一体なぜ…それが思い出せないの。」

悔しそうに眉を潜めるプリンセスに、また三日月宗近も自身だけが覚えている記憶に悔しさが込み上がる。

「ただ、こうして貴方と月を見る事を望んでいたのかもしれない。」

三日月宗近を見つめる瞳を暗い空を照らす月に目を向けるプリンセス。同じように三日月宗近も、こうして昔、主と眺めた事を思い出すように見上げた。

「今宵も月が綺麗」

プリンセスが発した言葉に三日月宗近の瞳が揺らいだ。プリンセス自身も自然と出たその言葉に瞳が揺らぐ。少しづつ途切れた記憶が繋がってゆくのを感じた。

「この遥か暗い空を照らす月‥貴方によく似ているわ。」

プリンセスは瞳を見開く。しかしその目は、闇夜を照らす月を見つめたままだ。震えるプリンセスの手に気づき、包む様に自身の手を重ねる三日月宗近。後少し、少しで全てが繋がる。

「三日月宗近…貴方は私にとって、行く末を照らす…」

震える声と共に、ついに涙が溢れ、言葉を詰まらすプリンセス。ただ重ねていただけの三日月宗近の手。その隙間に自身の指を絡め、強く握る。

「…月…」

プリンセスは言葉と共に三日月宗近を見つめた。途切れた記憶が全て繋がる。次々と溢れる涙のせいで潤む視界に、三日月宗近もプリンセスに顔を向け、瞳の奥にある月は揺らいでいる様だった。

「何世紀ぶりか…ようやく会えた。」

プリンセスの顔を包み込み、瞳から溢れる涙をすくう三日月宗近は、精一杯に口元を上げ笑みを浮かべた。

「そうね‥ようやく‥ようやく会えたな‥」

自身の頬を優しく包む三日月宗近の大きな手に自分の手を重ね、慈しむ様に瞳を閉じ、三日月宗近の手の暖かさを感じるプリンセス。その姿に心が極まり一粒一粒と三日月宗近の瞳から涙が溢れる。

三日月宗近は、プリンセスを自身の胸に引き寄せ包み込んだ。

重なった2人の影。
暗い空を照らす月が何世紀も超えて
ようやく二人を繋いだのかもしれない。

<世紀を超えて 完>