扱え致します


まだ幼さの感じられる顔立ち。しかしその姿勢、雰囲気は、まるで幾度ない試練を乗り超えて来たように威厳なるものが感じられる。

「今世での命、あなた様に扱え致します‥主様」

片膝を付き敬拝の意を込め頭を下げれば、目に映るのは自分の前世の姿である、刀だ。

なぜ自分は女として蘇ったのか。刀剣とは武士たる者が待つ。男の代名詞とも言えるだろう。だからこそプリンセスは自身が女である事に悔しさを感じていた。刀剣男士よりも劣っているのだ。負けない、絶対に負けない。

刀がギリギリと交わり合い、プリンセスは力を込め押し返し、黒く靄の出た、まるで憎悪の塊の様な敵を斬る。

「プリンセス様!これで全てです。」
「‥そう‥帰りましょう。」

目の前にそびえ立つ城を見上げ、刀を一度振るい、ゆっくりと刃の筋を確かめるように腰ざしにしまう。

「最後までご覧にならないのですか?」

こんのすけは素っ気ないプリンセスに問う。自身の力で時間遡行軍の歴史修正を阻止することができ、現世通りの歴史の流れになる瞬間を見届けなくて良いのか、と。

「主様の指令は1つ、時間遡行軍の撲滅です。それが完了すれば自然と歴史は正しく流れる。見る必要は無いわ。」

きっかりと言い切り、こんのすけの背丈に合わせるようにしゃがみ込むプリンセスに、こんのすけは妥当な言葉に返事のしようがなく黙って尻尾を揺らす。

「主様、最近、過重労働させ過ぎじゃない?‥眠いのよ。」

拗ねる子供の様に頬を膨らませ、こんのすけを二足で立たせるように前足を持ち上げるプリンセスに、こんのすけは、させるがままの状態である。

「ご安心ください!審神者様から2日の休暇を取るよう言葉を預かりました!」
「‥その日数、妥当だと思う?」

良かったですね、と尻尾を揺らすこんのすけにプリンセスは、休暇日数の少なさに愕然と頭を下げ膝を抱える。ようやく解放された前足が地につき、やはり四足歩行がしっくり来ると、こんのすけは身をぶるぶると揺らす。

「さて、帰還要請が完了しました!本丸に戻りましょう!」

こんのすけが、天に向かって声を上げると、夜闇の空に眩しいほどの光が円形に広がりその光から一筋、地に真っ直ぐに伸びる。その光に包まれるプリンセスとこんのすけ。

そして、光が消えるのと共に2人も消えた。

気づいた時には、見慣れた光景が目に入る。ワンルーム程の大きさの空間に大半を占める、プリンセスとこんのすけが立っている円状の石盤、転送装置。その回りはマグマのような熱いものが囲っている。

「さあ、見分に向かいましょう!」

こんのすけの言葉に促される様に転送装置の前に一直線に広がる廊下に足を踏み入れるとプリンセスの肩に飛び乗るこんのすけ。

「歩くの面倒臭くなっちゃったの?」
「プリンセス様が好きなのでございますよ」
「上手いこと言うわね、嬉しいわ、ありがとう。」

たわいの無い会話を繰り広げていると廊下、入り口付近から5人の男士が真剣な顔つきで歩いて来た。こんのすけとの会話に笑みを浮かべていたプリンセスの顔が一瞬にして冷酷な表情へと変わる。次第に近づいてゆく。

どこかの部隊か。プリンセスは値積もる様に一人一人の刀剣に注視する。霞んだ布を被る金髪の青年、山姥切国広を先頭に、野心が瞳に溢れる大柄の男、大典太光世、穏やかな表情に余裕の見られる高貴な佇まいの三日月宗近、そして同じ親から生まれた様に同じ雰囲気の髭切と膝丸。すれ違い際、彼らから漂う覇気に全てを悟り、口元に笑みを浮かべた。

「お気をつけて」

足は歩行を維持しながら、流れるように口にするプリンセス。一人一人と視線がぶつかり合う。最後に目が合った三日月宗近が瞳の奥にある月を細め口元を歪める。

「ごくろう」

やはりその佇まいに相応しい口調にプリンセスは、何か心に感じ彼らが背に行き着いたところで足を止め、振り向く。

真っ直ぐに転送装置に歩いて行く姿。心臓を鼓舞する速度が早まった気がした。

「如何されました、プリンセス様」

ジッと第一部隊を揺らぐ瞳で見つめるプリンセスに肩に乗るこんのすけが問うと、ハッとしたように正気がここに戻る。

「‥あの方達の刀を振るう姿が見てみたい」

そう一言言葉を零し、プリンセスは歩き始めた。

「彼奴は、なんだ。」

転送装置から出てくる時から感じられた異常なる覇気を醸し出していたプリンセス。山姥切が、不審げに低音の声で問う。

「主のお気に入りだろ。」
「へぇ、それは興味深いよね、えっと‥髭切。」
「兄者、俺は膝丸!そうだな、だが、彼奴、女か」

大典太光世が答えを返すと、落ち着いた口調の髭切と、少し粗暴な口調の膝丸の息の合ったやり取りが場を和ます。

「そこがまた、興味深いんだよね、膝丸。」

次は流石に名前を間違えずに口にした髭切。

「なぜ女が、戦場に出るのか。」

辛辣な顔つきと口調で大典太光世が厳しい言葉を吐き捨てる。その言葉に、ぶれることのない表情を浮かべる髭切と何とも言えない表情の膝丸。

「まあ、どっちにせよ、是非とも彼女の刀を振るう姿が見てみたいものだな」

三日月宗近の言葉に皆、頷くわけでもないがその目には同感の意が現れていた。