第一部隊と共に


刀で地をつき、支えなければ今にも崩れそうな足を引き摺る様に一歩、一歩と歩くのに合わせて一点、一点と鮮やかな緑の葉を染めて行く赤。春風は、こんなにも爽やかに頬を突いてくる。意識が朦朧とする中、目に映る立派な太い樹木。その木に背を預けそのまま地に座り、深い呼吸と共に空を見る。目に映るのは、満開に咲いた枝垂桜。
皮肉か、見事に咲き誇りやがって。
手に持つ刀を精一杯の力で持ち上げ目を細めて見る。

「プリンセスよ、男が刀を持ち、戦場に行くというこの時代で、お前は女であるこの私の刀であった事を不満に思うか」

刀の名を呼び、今にも消え入りそうな微かな声を上げる。突然の咳とともに血の塊が吐かれた。

「‥ここまで‥か‥プリンセスよ、最期まで私に付き合え。」

女は口元に弱々しく笑みを浮かべる。そして刀の刃先を自身の心臓に向けた。

「さらばだ。プリンセス」

皮膚を貫き心臓を刺す鈍い音が響いた。

「は!‥はあ‥はあ‥」

ばっと瞳が飛び出てしまいそうなぐらいに目を見開く、目に映るのは見慣れた天井。体外に音が漏れてるのではないかと思うぐらいに心臓を鼓舞する速度が早い。

「プリンセス様、どうかなさいましたか?額に酷く発汗がみられますぞ。」

枕元で眠っていたこんのすけはプリンセスの顔を見つめ不安気に問う。プリンセスは呼吸を整える様に深呼吸をし、目を腕で覆った。次々と頬を伝う涙。酷く歯を噛み締める姿に、こんのすけはただ黙ってプリンセスに寄り添った。


二日の休暇を、ほとんど睡眠に当ててあっという間に終えてしまったプリンセス。今日からまた始まる。プリンセスは肌着を脱ぎ、戎衣に着替える。

「‥今朝、前の主様の夢を見た。」

哀しさと真摯な気持ちが混ざり合った表情で言葉を零すプリンセス。こんのすけは、だからか、と納得した様に今朝方のプリンセスの姿を頭に浮かべる。

「‥プリンセス様」
「こんのすけ、そんな顔しないで?私には、今の主様がいます。ちょっと鬼畜だけど、しっかり信頼してます。」

今にも泣いてしまいそうなこんのすけを抱え、笑みを浮かべるプリンセス。しかし無理して笑みを浮かべている様で、こんのすけにはその笑みで隠す様にしている悲しみが感じられた。


「プリンセス、2日間の休暇、よく体を休める事が出来ましたか?今日からまたお願いしますね」
「はい‥まあ‥」

復帰報告の為、主室に向かい、書斎机を挟み主の前に立つプリンセス。主の言葉に、2日の休暇がやはり気掛かりで少々満足のいってない様な顔つきである。

「さて、休み明け早速、任務です。」

穏やかな表情を浮かべていた主の顔が一瞬にして真剣な顔つきとなった。プリンセスは気を引き締める。しかし主は中々言葉を発しない、こんなにも言葉を躊躇する主を初めて見たかもしれない、と不安気に眉を潜める。何か言いにくい事なのだろうか。

すると、ガチャ、と扉が開く音が室内に響いた。何人かの足音が此方に近づいてくる。

「ようやく、来ましたね。」
「何だ、朝から召集とは珍しいな。」

少し困った様に笑みを浮かべ口にする主に、少し棘のある口調の低い声、プリンセスは振り向く。プリンセスは瞳を見開いた。

「第一部隊の皆さんが揃って来るのも珍しいですよ。」

そう、プリンセスの目に映ったのは、隊長、山姥切率いる、髭切、膝丸、大典太光世そして、三日月宗近であった。なぜ第一部隊とプリンセスが共に呼ばれたのか、プリンセスと第一部隊の視線が交じり合う。

「プリンセス」

名を呼ばれ、プリンセスは主の方を向く。椅子から立ち上がる主。

「今回の任務、第一部隊と共に遂行して貰います。」

主の言葉に、信じられないと耳を疑う様に瞳を揺らがせるプリンセス。どうやら第一部隊も、今この場で知った様で動揺で瞳が揺らぐ。

「な、ぜですか?‥今まで単独でやって来たのに、突然!」
「気づいてると思います。以前より時間遡行軍の兵が強化している事に。」

主の言葉、プリンセスは確かに気づいていた。しかしそれを報告せず平然を装っていたのだが、どうやら主には全て見抜かれていた様だった。拳を皮膚に爪が食い込むほど握りしめて、茫然と立ち尽くすプリンセスに、主は書斎机を廻り、2人を隔てるものを疎外し、プリンセスの目の前にやって来た。

「主様‥」

何かを訴える様に、眉を潜める主を見つめるプリンセス。すると主は強張ったプリンセスの顔を緩める様に片頬に包み込む様に手を添えた。

「プリンセス、私は貴女の事を誰よりもよく分かってます。貴女は強い。頼りにしています。」

プリンセスを宥めるような表情の主。やはり、主には敵わない、そう思ったのと同時にプリンセスは、瞳を閉じ、開く。何か覚悟した様な顔つきだ。

「‥私も誰よりも主様の事をよく分かっています。そして今世では、最も信頼を寄せてます。‥その命、承ります。」

自身の頬に触れる主の手に自身の手を合わせ、頬を緩め笑みを浮かべるプリンセス。主は、安堵した様に柔らかく笑みを浮かべた。

「第一部隊の皆さんもプリンセスと共にお願いします。」
「ほう、わかった」
「よろしく頼むよ」

山姥切達の方に目を向ける主。主の命に三日月と髭切は言葉で返事をする。山姥切と膝丸は、頷いた。大典太光世は少し納得いっていない様で目をそっぽに向ける。主は一人一人の顔を見て、最後に見た大典太光世の態度に、少し困った様に笑む。

「彼女は、皆さんが思う以上に強いです。良い戦力になるでしょう。」

挑発しない事をお勧めします、と付け加え笑む主にプリンセスは少しムッとした表情を浮かべた。

「では指令です!慶長5年で時空の歪が観測されました。これを調査し時間遡行軍から歴史を守っていただきたい。」

主の言葉にハッとするプリンセス。プリンセスが何故驚くかその理由を知ってる主は強い眼差しをプリンセスに浴びせる。

「プリンセス、貴女の記憶が役立ちます。頼みましたよ。」

ついに来てしまったか、と引き返したい気持ちもありながらその反面どこか嬉しそうなプリンセス。主の言葉に応えるように深く頷いた。