悔しい


「まさかこんな事になるとはな」
「若いって素晴らしいね」

目に映る、プリンセスと大典太が刀を構え向き合う姿に、いつもと変わらない口調で三日月が口にすると、隣に並ぶ髭切もブレのない口調で言葉を返す。

「兄者、呑気なこと言ってる場合じゃねえよ。今日が18日だったらこんな事にはならなかったんだけどなあ」

目の前の光景に不安げに口にするのは膝丸。今日は17日、時間遡行軍が現れる一日前という事で、後は待つだけという状態になってしまいこの様な結果になってしまったのだ。

「大典太にとっても、プリンセスにとっても何か心の変化があるだろう」

良い機会だ、と口にするのは山姥切。何かを見据えている様で、止めることなくただ黙ってその時を待つ。

「来い。すぐに終わらせる。」
「こっちのセリフよ。」

大典太の挑発的な口ぶりにプリンセスが言い返すと、2人は同時に動き出す。

「始まったな」

ギリギリと刀が交じり合い軋む音がプリンセスと大典太の間で響き、均等な力のぶつかり合いをしている。2人の視線も鋭くぶつかり合う。しかしその力の負担が次第にプリンセスの方に迫り、一度力一杯押し込み距離を取るプリンセス。

想像以上に力のあるプリンセスに大典太は目を細め、その瞳でプリンセスを捉える。野心の溢れる目にプリンセスは更に挑発的なものを感じ気が高まる。そしてまた、2人の刀が交じり合った。

一方、プリンセスと大典太の戦いを見ている山姥切は大典太の動きに不審感を抱き瞳を細めた。そしてプリンセス自身も刀を交えている大典太に対して不審感を抱き、眉をひそめる。


一か八か、とプリンセスは大典太の胸ぐらを掴み懐へと入りそのまま力を込め、背負い投げをした。ドンっと地が痛々しく音を立てる。衝撃に瞳を閉じ、開けた時には既に喉元に冷んやりと鋭い刃が触れるか触れないかの僅かな所で立てられていた。大典太の目に映るのは深く呼吸を繰り返し、まるで喉元にある刃と同じ様に鋭いプリンセスの瞳。一瞬の出来事に皆の目が微動する。

ぶつかり合う2人の視線。大典太は次第に歪んでいくプリンセスの表情にハッと目を見開いた。何故なら、その顔は悔しそうにギリギリと歯を食いしばり、瞳は怒気に溢れていながらもどこか悲しげだった。

プリンセスは立ち上がり、そっぽに顔を向け静かに刀を腰ざしにしまう。大典太も立ち上がり同じ様に刀をしまった。

「いやあ、中々のものを見せてもらった」

軽く音の立たない拍手をし、一騎打ちを終えた2人に近づく三日月。山姥切達も後に続く。三日月の言葉に大典太は無関心にもそっぽに目を流す。
プリンセスの拳は皮膚に食い込むほどに握られていた。

「何故、本気で来ない‥!」

悔しげに伏せていた顔を大典太に向けプリンセスは声を上げた。大典太は何を言うわけでもなく黙ってプリンセスを鋭く瞳にとらえる。

「女だから?‥だから、本気で来ないの‥!?」

今にも溢れてしまいそうな、潤む瞳を大典太にぶつけるプリンセス。すると大典太は1つため息を零し、プリンセスの片方の手首を強く握った。自身の頭上と同じ高さに上げられるプリンセスの手。

「そうだ、女だからだ。」

背筋の凍る様な冷酷な目つきと共に、吐き捨てる大典太。プリンセスはその言葉が、酷く心を突くのを感じ、押しこらえる様に唇を噛み締め鋭く睨みつける。

「このまま力を加えていけば、あんたの腕は簡単に折れる。」

ギリギリと音を鳴らし、キツく締められていくプリンセスの手首。動かそうにも一切微動だにしない。まるで、男と女の力の差を突きつける様で、どんどん血が手に届くことなく詰まってゆくのを感じた。悔しい、ただその一言だけがプリンセスの心に響いた。

「おい、大典太もういい加減にし「お願い‥!」

誰も止めようとしない状況に声を上げた膝丸だったが、その声に重なる様にプリンセスの声が潤いを増した瞳と共に大典太に訴える。

「‥離して」

涙が溢れそうになり見られまい、と顔を伏せるプリンセス。今にも消えてしまいそうな微かな声量と、震える声。大典太はプリンセスのその姿に眉を潜め、手首を掴む手を緩める。滞っていた血が流れるのを感じプリンセスは、バッと素早く腕を振り下げ、片方の手で掴まれていた手首を摩る。そして山姥切、膝丸、髭切、三日月、1人づつに目を合わせ、その場から離れて行った。

プリンセスが去っていった後、大典太は舌打ちを1つ。脳裏にしっかりと刻み込まれた先程のプリンセスの表情。

「だから、女は嫌なんだ。」

吐き捨てる様に発せられた言葉。そしてその場に残る山姥切達も、プリンセスの去り際の何か自分達に訴える様な瞳を忘れることができなかった。