復帰


「月の光に怯える瞳、心奪われるのは、私の心であって、止めることなど、もう出来ない。」

柱に身体を預け、ようやく来た三日月に穏やかな笑みを浮かべる髭切。

「随分と、古風な伝え方をしたね」
「まあ、じじぃだからな」

僕も同類さ、とすれ違い際で自虐的な発言をする髭切に三日月の口元が歪む。

「何故、プリンセスを近侍として側に置くのか、それは強さもある。けど、何処か放っておけないんだろうね、あの人も、三日月も。」

すらすらと微動のしない平穏な速度で語る髭切。まさか最後に自分の名を呼ばれるとは思わず少し瞳を揺らす。

「まあ、僕も何だけどね。」

参ったという様に眉を下げ笑む髭切に三日月は確信していた為か深くゆっくり頷いた。

ー ー ー ー

「プリンセス様、先程からモゾモゾと…眠れないのでございますか」

布団がもぞもぞと忙しなく動く為、枕元で眠っていたこんのすけが不自然に思い問う。するとプリンセスの動きがピタッと止まる。

「…眠れない…」

プリンセスの頭に過る先程の三日月との事。一人、ぽわーっと顔が赤くなり、枕に顔を埋め、唸るプリンセスにこんのすけは少し距離を取り小さく丸まり眠りについた。

ー ー ー ー

翌日、プリンセスは主部屋に向かった。
復帰報告をする為だ。

深呼吸をし、重圧な扉にノックする。すると、中から主の声が返ってきた。力を込め扉を開き、部屋の中へ入ると目に映るのは大きなガラス窓から外を眺める主の姿。

「…主様…」

久しく口にした名に、どこか新鮮に感じ胸が締め付けられる。そして、主はプリンセスに体を向けた。プリンセスの目に映る主の顔は穏やかに笑みを浮かべていた。

「お久しぶりです、プリンセス。」

以前と変わらない主の声色、表情、全てにプリンセスは胸が熱くなる。

「…私、本日より復帰致します。」
「はい!…3日間、プリンセスに任せる予定だった任務が沢山溜まってます。お願いしますね。」

プリンセスに向けられた、笑みには優しさもあるがやはり鬼のような部分も感じられた。しかし、今のプリンセスにはそれすら嬉しく思える。

そしてプリンセスは、はい、と笑みを浮かべ大きな声で返事をした。すると主は何か気づいたように目を丸くし、プリンセスに近づく。

じーっと自分を見つめる主に、プリンセスは何だか恥じらいを感じ瞳を泳がせる。

「プリンセス、少し雰囲気が変わりましたか?」
「…え…」
「以前より魅力的になりましたね。」

あまりにも真剣な眼差しを向けると思ったらニコッと笑みを浮かべ、平然と言う主にプリンセスの思考が一瞬停止する。

「あ、主様!突然何を言い出すかと!驚き桃の木ですよ!で、では準備が整い次第また来ます!…失礼します!」

口早に訳のわからないことを告げ、プリンセスは逃げる様に主部屋から出て行った。そして、プリンセスが居なくなった部屋で主は一人クスッと笑う。

「本当に可愛らしい人だ。」

ポツリと主の言葉が部屋に零された。

ー ー ー ー

プリンセスは、昨晩の三日月の事と先程の主の言葉に心が爆発しそうだった。
長い、廊下の床をジッと見つめながら足早に進む。すると誰かの足が目に留まった。

おたおたと視線を上げると、目に映ったのは口元に笑みを浮かべプリンセスを見つめる髭切だった。

「やあ、プリンセス、久しぶりだね」

ゆったりとした口調の髭切。これ又久しく会った髭切にプリンセスはパッと顔を輝かせる。

「お久しぶりです、髭切。…本日から復帰になりました…またお世話になる事があると思います…その時はまたよろしくお願いします」

以前の任務での事もあり少し消極的にプリンセスが言葉を発すると髭切は気を配る様に更に笑みを浮かべた。

それにホッとし、胸を撫で下ろしていると髭切が手をおいでおいで、と小さく振る。不思議に思いながらも少し距離を縮める。

「実は僕、昨夜見てしまったんだ…」

耳元に口を寄せられ、髭切が口にした言葉にプリンセスは、ハッと瞳を見開き、どんどん顔が赤く染まっていった。そんなプリンセス見てクスクス笑う髭切。

「大丈夫…誰にも、言わないよ。それに、あの人に言ったら、プリンセスにもう会えなくなってしまう気もするからね」

口元に人差し指を添え首を傾げる髭切に、何か言い訳をしようと言葉の回路を巡らすが何も出て来ず、情けなく口が半開きになるプリンセス。

「じゃあ、またね。」

悪戯っぽく笑い髭切は、プリンセスの額に唇を寄せ颯爽と去って行った。

「…え、い…ま…」

自然と降って来た出来事にプリンセスは両手で額に手を添える。脳内で髭切の行動がフラッシュバックされ、さらに身体が熱くなるプリンセスであった。

ー ー ー ー

「プリンセス様、だ、大丈夫でごさいますか?」

様子を見に、プリンセスの部屋へとやって来たこんのすけだが、こんのすけの目に映るのは毛布を被り部屋の端に丸々、プリンセスであった。

「こ、こんのすけ…私が引きこもっていた3日の間で…本丸は何て事になってしまったのだ…」

ぶるぶると唇を震わせ、青ざめた表情のプリンセスにこんのすけは尻尾を揺らし、ただ不思議にプリンセスを見つめるだけだった。