出陣


「新たな部隊ですか…?」

こんのすけを通じて主からの召集を受けたプリンセスは、復帰後、二度目になる主室へと訪れていた。そこで突如発された言葉に聞き間違えか、確認のために主の言葉を繰り返す。主は、書斎机を挟み唖然と自分を見つめるプリンセスに僅かに眉を下げ、笑みを浮かべた。

「そうです。新たな部隊編成をしようと思いまして。」

なるほど、と納得した様子でプリンセスは主の考えにどのような意図があるのか、と探る様に目を細めるが、どうにも思いつかず渋々同意を示す様に頷いた。

「主様の突然の考えには驚きました。しかし主様の考えはきっと良い方向に進みます」
「貴女ならそう言ってくれると思いました。」

プリンセスは少々不安げな表情で主を見つめるが、そこには信頼しているからこそ、という様な真心も見受けられる。主はプリンセスの言葉に安堵を示す様にふわりと笑みを浮かべた。

「では、これから早速向かいます。」

「どちらへ」と疑問を投げ掛けながらも前を歩く主の背に着いてゆく。回廊を巡っているうちにプリンセスは主がどこへ向かおうとしているのかを微かに察した。

そしてプリンセスが予想した通り、長い廊下の続く先にある一つの空間、転送装置。目的の場所へと到着すると、そこには三体の刀剣が待機していた。

「蜻蛉切、薬研!それに陸奥守!」
「おお、主殿、プリンセス殿!」

新たな部隊メンバーはこの三体か、とそれぞれの活躍を主から聞かされていたプリンセスは納得した様子で主に目を向けた。そして主はプリンセスの視線に気づき、適任でしょう、と伺う様ににこっと笑み浮かべるが、すぐに真剣な表情を浮かべ、一振り一振り熱い眼差しを注ぐ。

「私とプリンセスは先に向かいます。」

主の言葉にプリンセスは何度か頷き、転送装置の方へと足を運んだ。そして主は「皆さんは後から」と指示する。主の言葉には皆忠実で、拝命した、と口ずさむ様に頭を僅かに下げ、転送装置が歴史へと主とプリンセスをいざない包み込む光を見送った。

そして光が消え、主とプリンセスが消えた頃、蜻蛉切達は転送装置へと足を運ぶ。しばしこの僅かな時間を蜻蛉切は何を思っているのか、ただ瞳を閉じ、陸奥守は愛銃の最終確認、そして薬研は天を見上げ「先に行ったなら大将を頼むぜ、姉御」と言葉を零した。




その頃、主とプリンセスが向かおうとしている時代に、先におりた和泉守と堀川は二人の手では収まりきらない遡行軍の軍勢に苦戦を追いやられていた。そして更に追い打ちをかける様に空が蠢き夜空に輝かしくも背筋の凍る様な輪が現れる。

「まずいよ兼さん!空が!」
「いえこの信号は…違います!審神者です!審神者様がここに来ます!」
「審神者!?」

一瞬、肝が冷える様な感覚に襲われるも、こんのすけの言葉に安意づく。しかし「審神者」という言葉に動揺を示した。そして間もない内に、一つの青い光が瓦屋根に力強く降り注ぎ、肩に掛ける外套を揺らめかせ、ふわりと規律良く揃えられた足が着地する。

「主!」
「久しぶりです!和泉守さん!苦戦してるとはあなたらしくない」

主の登場に思わず声を上げる和泉守。主は少々現状に納得していない様子で揶揄う様に言葉を零し、そして更に「貴方の師範が来ますよ」と笑む。和泉守にとってその笑みと言葉は顔を強張らせるほど恐ろしいもので「本気か…」と微苦笑する。

そして間もなくして、一つの青い稲妻が注ぎ、消えるなり桜吹雪が渦舞う。その吹雪を斬る様に刀を振るわせる一体の影。和泉守はその人物を見た瞬間、いや桜吹雪が現れた瞬間に、背筋が緊張を示す様に伸びた。そして、はっきりと姿を現したプリンセス。和泉守を視界に捉えるなり、ふわりと笑みを零した。

「…兼定、貴方もう一度、基礎から学び直すの?」

主と同じ様に揶揄う様な口ぶりで、自分を見るプリンセスの穏やかに浮かべている表情の裏を知っている和泉守は「それは御免だ」と苦い笑みを浮かべ、更に「今のは準備運動だっての!」と声を荒げた。そんな和泉守の態度にプリンセスと主は、お互い顔を見合わせ僅かに口元を歪めた。そしてプリンセスは言葉なく通じた主の言葉に頷いた。

「間もなく時間遡行軍が新たに8体現れます。話は後です。ついてきてください!」

そして突然ある場所に向けて走り出す主の後を援護する様に走るプリンセス。和泉守と堀川もそれに戸惑う気持ちで続くように走り出す。

「説明しろ!主!」
「彼らは囮。真の狙いはこれから来る部隊にあります。その場所は…」

主の向けた視線の先には城。和泉守は薄々予期していたらしく「やっぱ遡行軍の狙いは…」と呟く。続く様に正確な主の予言に「そんなことわかるんですか!?」と声を上げる堀川。

「同時代に降りた時だけ主様は時間の乱れを感知する能力は飛躍的に上がるんです」

堀川と足を並べ走るこんのすけが応える。

「では指令です。時間遡行軍を討伐しこの時代の歴史を守ってください!」
「んなこと言われたってあっちもこっちも手が回るわけじゃ…」

主が声を上げるなり、和泉守は囮にすら苦戦を追いやられている現状に弱音を吐くと、脇から威勢の良い遡行軍が四体、内一体が噛みつく様に和泉守に向けて刀を交える。

「二人じゃどうにもならないですって…」

そして堀川のもとへも一体、堀川と遡行軍の刀がぎりぎりと交じり合い、堀川は圧され気味である。その光景にプリンセスはハッと視線を主に訴えかける様に向ける。その間、手の空いている遡行軍二体が主とプリンセスの方へと飛ぶようにやってきた。プリンセスがその二体の討伐へいこうとすると主は僅かにプリンセスへと首を傾げ「堀川国広のもとへ、援護を頼みます」と口ずさむ。そして主は振り返り力を込める様に手と手を合わせ、発揮する様に広げた。それを見るなりプリンセスは理解した様子で「拝命しました、主様お気をつけて」と言葉を残し苦戦を追いやられる堀川のもとへ向かった。

「私が何の手立ても無しにここに来たと思いますか!」

力強く瓦屋根へと叩きつく二つの青い稲妻。そして瞬時にそれはプリンセスが登場した時と同じように桜吹雪の渦へと変わる。その音を背後にプリンセスは「来た」と口を歪ませ、それで活気づいた様子で堀川と刀を交える遡行軍の隙のある脇を素早く切りつけた。

風と溶け込む様に消えていく黒い靄。プリンセスは遡行軍の赤い液体の着いた愛刀を振るいながら「大丈夫?」と突然の出来事に動揺を込めて揺れる青い大きな瞳を見つめる。その青い大きな瞳を揺らしている堀川は、プリンセスから漂う、今までに感じた事のない雰囲気に言葉が出なかった。なぜ、あんなにも和泉守がこのプリンセスという女を恐れているのか…察した。そして瞬時に「ありがとうございます!」と声を上げると堀川に、とんでもないよ、と言う様に笑みを浮かべてから既に出そろった三体の刀剣を見据える。

主のもとへ向かっていった二体の遡行軍を討伐した蜻蛉切と薬研に、主を守ってくれてありがとう、と感謝を示す様に笑むと、蜻蛉切は、懸念なく、と首を左右に振り、薬研は「よう姉御」と余裕の笑みを返した。

そして、隣の瓦屋根では和泉守と陸奥守が何やら小競り合いしている様子だ。その光景に堀川は「始まっちゃった」と困った様に、でもどこか嬉しそうに笑みを浮かべる。

「その前にお前と一戦交えてやろうか…」
「やるか…?」

「兼定、余裕な心持ちね。」

和泉守と陸奥守はお互い過去の主の情を抱いたままでいる様子で、ばちばちと熱のこもった視線を交わす。だが、その熱を冷ます様にプリンセスの言葉が投げられた。すると和泉守は動揺を込めて視線を浮つかせ言葉を詰まらせる。

「和泉守にゃプリンセスには頭が上がらんが?」

陸奥守が猫の様な尖った八重歯を見せ、和泉守を揶揄うと「うっせ!」と声を荒げる和泉守。そんな二人の光景に僅かにその場が和んだが、それは直ぐに風が流れていく先、城下から上がる炎と煙を見るなり真剣な面持ちへと変わった。

「さすがは皆さんです。さぁ次の襲撃まで時間はありませんよ」

主の掛け声で次の指令が幕を開けた。