優しい男士達


朝を知らせる陽光が瞼の上に降り注ぐ。起きなきゃ、と思いながらも脳がズキズキと酷く締め付けられている様な感覚に襲われていた。

「はせべ〜…」

何か冷たいものを求めて手の甲を額に当てて、隣で寝ていると思われる長谷部の名を呼ぶが返事はない。渋々、重い瞼を上げて隣を見ると、布団はもう片されていて長谷部は居なかった。もう主のもとへ向かったのだろう。

「いない…か。」

自分だけしかいない空間にポツリと言葉を零し、身体に力を入れる様に「よいしょ」と声を上げて身体を勢いよく起こす。やはり頭が締め付けられている様に痛い。

とりあえず、自分の身体が明らかに優れた状態ではないことは確かだ。こういう時は、薬研の元へ行くのが一番の解決策だろうとプリンセスは、重い身体を起こして、布団を畳み、着替えを済ませて早速、薬研の部屋へ向かうことにした。


視界がボヤボヤとして、足が上手くついていかない。これはいよいよ危ういぞ、と思いながらも壁に手を掛けて着々と足を進める。すると、曲がり角の所で丁度、白尽くめの男が姿を現した。

「おっと、危なかった!よっ、プリンセスちゃん、おはよう!」
「ああ…鶴丸…おはよう…」

プリンセスはぶつかる寸前で止まり、目の前に現れた鶴丸を淵がぼんやりとする視界で見上げる。鶴丸は、プリンセスの赤く染まる頬、今にも閉じてしまいそうな目、ひゅうひゅうと半開きの口呼吸に明らかにいつもと違う様子に気づいた様で、眉を顰め不安げにプリンセスの揺らめく肩を支えた。「プリンセスちゃん、大丈夫か」と声を掛けると、プリンセスは浅い呼吸の隙間から「もう…だめ…」と零し、鶴丸の胸に手を当ててそのまま額を預け、そして最後には体も預け意識を手放した。


****



ズキズキとどうにもならない脳内の痛みにひんやりと痛みを和らげる様にあてられた冷気に重い瞼を開くと、毎朝目にする見慣れた天井。そして眉を下げ安堵した様子で見つめる前髪を上げた紫色の髪を持つ男、歌仙兼定。

なぜ自分が布団に入っているのか疑問の処理がつかず「なんで…」と言葉を零すと、歌仙は「鶴丸さんが運んだのだよ」とプリンセスの広がる髪を見栄え良く整える様に撫でた。歌仙の言葉でようやく先ほどの事を思い出し、迷惑をかけてしまった、と顔を歪ますプリンセスに歌仙はやんわりと顔を綻ばせ「鶴丸さんは迷惑だなんて思っていないよ」と優しく呟いた。

ふとプリンセスの脳裏に長谷部が浮かんだ。言葉を掛ける気力もなく、目で訴えかける様に歌仙を見つめ、布団から手を出し長谷部を想像させる様な、鬼のポーズなど手ぶりをすると、初めは不思議そうに首を傾げていたが直ぐに理解した様で、布団から出たプリンセスの手を取り、布団へと戻しながら「直ぐに来ると思うよ」と少し困った様に眉を下げ笑んだ。

そして間もない内に遠くの方から「プリンセス!プリンセス!」と煩わしい程の声が聴こえて来て、そこは丁寧に襖が開かれた。長谷部に視線を向けると、その顔は真っ青で、何故か泣いてしまいそうな表情だった。長谷部の到着に入れ替わる様に歌仙は「では何かあったら…」と腰を上げ。長谷部は「すまない」と情のこもった瞳を向け、プリンセスも、ありがとう、と言う様に眉を下げた。

歌仙が部屋から出ていった後、長谷部は畳に腰を下ろし、プリンセスの赤く染まる頬を愛おし気に撫でた。

「プリンセス…まさか、刀剣も熱を出すとは思わなかった…」

長谷部の言葉にプリンセスも同意する様に瞼をゆっくり開閉させた。そんな言葉を発する余裕もなく、苦しげなプリンセスに長谷部は悔し気に眉を顰め、重々しく口を開いた。

「……実は今、主も発熱で布団にこもりっきりなんだ」

プリンセスは思わず目を見開いた。主様も同じ状況なのか、と自分の事はさて置き心配に思い顔を歪める。

「確か、昨日はプリンセスが近侍の日だったな…恐らくその時、主から菌を貰ってしまったのだろう…主の免疫が弱まると、一番に害を受けた刀剣も影響をうけるらしい…」

そういう事か、とプリンセスは昨日の記憶を探った。確かに昨日の主様はいつも以上に寝転んでいる時間が多かった、と長谷部の言葉に納得する様に天井に向けていた目を長谷部に向けた。

「この俺が昨日、遠征ではなく近侍だったら…」

「プリンセスが苦しむ事は無かったのに」と悔し気に眉を顰める長谷部にプリンセスは少し呆れた様に口元に笑みを浮かべ、頬に触れる長谷部の手を柔く握った。長谷部は突然重なったプリンセスの体温に俯いていた顔を上げ驚いた様に目を開きプリンセスを見つめる。

「早く、主様の所にいって…主様のお世話係は長谷部にしか出来ないでしょ」

瞳を圧縮させ綻ぶプリンセスに長谷部は更に目を見開いた。そしてしばらく何か考える様に視線を下げる。プリンセスはそれをただ黙って見つめるのみ。どちらも言葉を発すことなく静かな空気が流れていると、襖の外から、何やら声が聞こえた。長谷部はそれを聞き逃すことなく耳に捉え、即座に襖をバッと開けた。

「お前ら…」
「えへへ…ばれちゃった…」

襖を開けた先には、苦笑いを浮かべ頬をかく乱藤四郎と白いもふもふのトラを抱え眉を下げる五虎退、上目遣いに長谷部を見上げる今剣、そして片手に花を持つ小夜と、小夜の片方の手を繋ぎ「来ちゃいました」と言葉を零す憂い表情の宗三。

「僕たち、プリンセスの事が心配で…」

「プリンセスは大変なんだ!」と声を荒げる長谷部だが、そんな言葉聞くわけもなく、長谷部の脇を通り越してプリンセスのもとへ駆け寄る短刀達に長谷部が更に叱りの言葉を掛けようとすると、宗三が長谷部を止める様に肩に手を掛けた。

「いいじゃありませんか…あれを見てください。」

長谷部は宗三の物腰柔らかい口調と視線の先に渋々目を向けた。長谷部の目に映ったのは、布団から状態を起こし座るプリンセス、そしてそのプリンセスを支える様に背に手を掛ける乱藤四郎、プリンセスの体を温める様に白く小さなもふもふのトラを寄せる五虎退、「元気になったら遊ぼうね」とプリンセスの手を握る今剣。プリンセスは、こんなにも心配して自分を囲む短刀達に目を潤わせ顔を綻ばせていた。長谷部はその光景に、ふっと笑みを零し、宗三にプリンセスを頼んだぞ、という様な視線を注ぎ、それが伝わった様子でゆっくり頷くのを見てその場から去っていった。

「私、何だか凄く嬉しい…ありがとう。」

プリンセスは今にも泣きそうな震える声で胸の内を明かすと、「泣かないで」と、いつの間にか小夜がプリンセスもとへやって来てプリンセスの頭を撫でた。小夜の行動に思わずその場にいた全員の顔が和やかに綻ぶ。



「……では、そろそろ行きましょうか…病には安静な睡眠が一番ですから」

ここに来た時よりも瞼の落ちてきたプリンセスの様子の変化に気づき宗三が声を掛けると「ええ」と悲し気にごねる短刀達。宗三は困った様に笑みを浮かべた。

「来てくれてありがとうね…すぐに元気になるから…」

自身を囲う様に座る短刀達、一人ひとりに目を向けふんわりと笑みを浮かべるプリンセス。そして更に「貴方たちに移しちゃったら嫌だもん…」と抱えていたトラを五虎退に返し、ふわふわな五虎退の髪を撫でた。

そして宗三とプリンセスの言葉を素直に聞き入れた様で「おやすみなさい」と一人ひとりプリンセスに手を振り去っていく。最後に小夜が「これ」と照れかしげにプリンセスに最初から持っていた一輪の花を渡した。プリンセスが「ありがとう」と小夜の頭を撫でると、上目使いにプリンセスの顔を見つめ直ぐに視線を下げ微かに口元を緩め、宗三のもとへ行き手を繋いだ。

「宗三…ありがとう。」

プリンセスは顔を上げ、いつでもその面持ちの変わらない、憂い表情の宗三に心の底から込み上がる感謝の言葉をかけた。すると宗三は笑みを浮かべ「早く元気になって下さい…私のたった一輪の美しい花」と宗三にしか言えない言葉を口にし、静かに襖を閉めた。プリンセスは宗三の思いがけない言葉に目を丸くして暫くそのままの状態でいた。

 そして暫くして、先ほどの賑やかさの余韻も消える程に静かになった頃、布団に体を預け、瞳を閉じた。





****




「おっと…寝ているかな…」

聴覚に伝わる小さく、潜めた様な話声。嗅覚に伝わる和風な甘みの香り。先程よりも重みの和らいだ瞼を開ければ、ぼやいだ視界に映るのは眼帯の男と三日月の浮かぶ瞳を持つ男。

「燭台切…と…三日月様!」

焦点がはっきりとしてプリンセスは思いがけない人物がいる事に驚きの声を上げ目を見開いた。すると三日月は柔和な笑みを浮かべ「起こしてしまったか」とプリンセスの見つめている。プリンセスは、そう目視されるのが恥ずかしく赤面しているだろう頬を隠す様に布団を目元ぎりぎりまで埋めるが漂ってくる匂いを探る様に視線を泳がせた。

そして燭台切が両手にお盆を抱えその上に土鍋を乗せている姿が目に入る。すると、燭台切はプリンセスに視線に気づいた様子で、にこっと笑みを浮かべた。

「長谷部君と一緒に作ったんだ」

燭台切の口から出てきた名に耳を疑った様に「長谷部が…?」と体を起こし、土鍋の中を覗くと見入ってしまうくらい美味しそうな具材たっぷりのうどんがはいっていた。「凄い…」と目を輝かせ息を飲むと「さあ、たくさん食べてくれ」と三日月が片手に箸、片手にれんげを持ち、長く伸びるうどんを掬いそれをれんげに乗せ、ふうふう、と息を吹きかける。

「待ってください三日月様!…私自分で食べれますから…」

さあ、と何故か好奇心で溢れた様にきらきらした目とれんげをプリンセスに向ける三日月にプリンセスは動揺と羞恥を込めて拒否すると、眉を顰め口元を突き出し頬を膨らませていじけた様な素振りを見せる三日月。

「なあに、案ずるな。いつもプリンセスには世話になっているからな…たまには世話をしたいものだ。」

さあ、ともう一度れんげをプリンセスの口元へ寄せる三日月。プリンセスは助けを求める様に燭台切に目で訴えるが、どうしようもない、と言う様に首を左右に振り微苦笑するだけだった。そしてプリンセスは、さあ口に、と瞳を輝かせる三日月に苦笑いを浮かべ「いただきます」と会釈し、口に入れた。

「すごい美味しい…!」

口に入れた瞬間に広がる旨み、もちもちとした麺、プリンセスは、あまりの美味しさに瞳を輝かせながら咀嚼を繰り返した。そしてそんなプリンセスを見て、燭台切と三日月はご満悦に笑んだ。



 そして土鍋の中のうどんを全て平らげ「ごちそうさまでした」と声を上げるプリンセス。更に、少し燭台切と三日月と共に会話を交わしたーー。鶴丸が一番に助けてくれた事、目覚めた時に歌仙が看病してくれて事、長谷部が自分以上に顔を青くして駆けつけた事、見舞いに来てくれた宗三と短刀達ーー。

プリンセスがすべてを話し終えると三日月は瞳の奥の三日月を細めて「皆、プリンセスの事が大好きなのだろう」と顔を綻ばせた。燭台切もその言葉に共感する様に、にこっと笑みを浮かべ頷いた。

「燭台切も三日月様も…ありがとう」

感謝の気持ちを目いっぱい込めて言葉にすると「案ずるな」と三日月はプリンセスの頭を撫でた。そして燭台切は「じゃあ安静に…」とプリンセスに声を掛け、三日月と共に部屋から退室した。

一人となった部屋は少し寂しいが、今日は沢山の刀剣達が見舞いに来てくれたなあ、と先程の出来事を回顧すると自然と笑みが零れた。
そしてプリンセスは、うどんのおかげなのか、それとも刀剣達の優しさのおかげなのか、どちらにせよぽかぽかと温まった心と体に幸福を感じながら瞳を閉じた。