部隊長


「くそ!一足遅かったか!」

 城壁に拳を叩きっつける和泉守。新たに現れた八体の遡行軍を討伐するため訪れた輪郭式の城、総局輪において、主、プリンセス、和泉守、堀川、こんのすけは既に遡行軍に襲われ息絶える侍人の死体に一歩遅かった事を悟る。

「他のみんなはどこに行ったんだろう…」
「こんのすけ。被害者達の顔を全て記録しておいてください」

遅れを悔やむ暇もなく冷静沈着に主は足元にいるこんのすけへと指示する。そして堀川の言葉通り遡行軍の討伐をそれぞれ個人に試みて先に行ってしまった蜻蛉切、薬研、陸奥守。この現状にプリンセスは深く息を吐き、悔し気に眉を顰める和泉守を瞳を圧縮し見据える。

「兼定。これではせっかくの戦力もバラバラ」

プリンセスの言葉に下げていた視線を上げ「ああ…」と何か考える様に言葉を零す和泉守。すると主が言葉を紡ぐ。

「和泉守さん。あなたならどうします?」
「現状時間遡行軍がこの城を襲う目的が分からねぇ。まず人命を守りつつ自分達の状況を把握しねぇと」
「では和泉守さん達は城の東側を見てきてください。私はこのまま天守の下の広間に向かいます。そこで合流しましょう」
「了解だ、行くぞ国広!」
「うん!」

主の問いに、遠くを見据え応える和泉守。主は、自分が思っていた通りの和泉守の模範解答に満足気に口元を緩めた。そして主の指示を聞くなり和泉守と堀川は東側へ走り出した。

二人の姿を見送る主とプリンセスとこんのすけ。するとこんのすけが主のもとへ尻尾を揺らしながら足を進める。

「よかったんですかこの人選で?なんだか少し不安です」
「そう?私は結構上々だと思うよ…プリンセスもそう思いますよね」

こんのすけの少し不安げに沈む声色とは対照的に主は高らかに声を上げ、こんのすけに視線を下げてから、後ろにいるプリンセスへと返答を求める様に目を向けた。するとプリンセスは「はい」と笑みを返した。そして和泉守と堀川が向かった先を眩しそうに目を細め目視する。

「私は嬉しく思いますよ。自分が教えを施した兼定がいつの間にかあんな立派に戦場を駆けている姿に。」
「…貴女に指導を任せて良かった。」

プリンセスは主の言葉に大きく目を見開き、心の底から込み上がる喜びを表に出す様に顔を綻ばせた。

そして主、プリンセス、こんのすけは何処から現れるか分からない遡行軍に注意を払いながら合流地点へと向かった。

****


時を同じくして、先に行った蜻蛉切、薬研、陸奥守に合流の知らせを試みる為、駆ける和泉守と堀川。ふと前を走る和泉守の背に堀川は声を上げた。

「兼さんとプリンセスさんってどういう関係なんですか…?」

流れる風と共に耳に伝わった堀川の声に、僅かに堀川へと首を傾け「ああ、それは…何て言うんだろうな」と考える和泉守。堀川は、きっと自分が顕現される前、和泉守とプリンセスが何らかの密な間柄では無かったのかと予測立てていた。そして和泉守は言葉が見つかった様で声を上げる。

「"師匠と弟子"みたいなもんだ!…俺が顕現したての頃、世話になってたんだよ」

少し期待外れな答えに「それだけですか」と更に追い打ちをかける堀川に和泉守は少し動揺を込めて「それだけだ!」と言葉を荒げた。そんな和泉守の姿に堀川は、どこか嬉しそうに口元を緩めた。

「…僕と兼さんみたいな感じですね!」
「それは、ねえよ!俺は彼奴の助手になりたいと思わねえ!」

和泉守の心の底から拒絶する様な答えに「どうしてですか?」と首を傾げる堀川。すると和泉守は眉を顰め、如何にも憂鬱そうな顔つきで答えた。

「彼奴といると、折れそうになる。」

和泉守の脳裏に浮かぶのは、絶対に戻りたくないと思えるほどの厳しい鍛錬の日々。思い出すなり和泉守は一瞬肩を震わせた。そんな和泉守の様子に納得した様で堀川は高らかに声を上げる。

「だから兼さん、プリンセスさんを見る時、あんなに縮こまるんですね!」
「うるせえ!国広」

和泉守は高騰した体の熱を落ち着かせるように咳払いし、「急ぐぞ!」と更に駆ける速度を上げた。


****


「残る時間遡行軍は2体。おそらくあの天守にいるはずです」
「どうする、全員でいくか分かれていくか…」

妙な静けさの漂う中、城壁の死角に入り身を顰める様に集合した陸奥守を除く一同。どうやら個人で城内を駆け巡るうちにほとんどの遡行軍の討伐を終えていた様だ。しかしプリンセスは思ったーー。それは、ばらけた戦力故、適した策とは言えないだろう、と。そしてそれを和泉守も悟っていた様だった。

「おい!和泉守!」

いつどこから現れるのか分からない残りの軍勢に身構え偵察を行う薬研が即座に声を上げた。それと同時に鳴り響く心臓に伝わる銃の音。和泉守の顔の横をすれすれで駆ける矢。弾を受けた一体の遡行軍が黒赤い靄となり屋根から落ち消えていった。

「礼には及ばんぜよ」

銃弾の飛んできた方へと目を向けると陸奥守が「これのおかげだ」と言う様に誇らしげに片手に銃を上げた。助けられたにも関わらず陸奥守にムスッとした表情を浮かべる和泉守にプリンセスは微苦笑し「素直になれば良いのに…」と耳打ちすると、和泉守はばつの悪い面持ちで「別に、そういう事じゃねえよ」と視線を逸らした。その間に陸奥守は主たちの元へと歩みを進める。

「ご苦労様です!今ので時間遡行軍は何体倒しましたか」
「今ので二体じゃ…もう城に敵はおらん」
「これで八体全部だ!」

主の問いに応えた陸奥守の言葉に堀川は喜ばし気に声を上げた。皆の顔も全八体の討伐に完了した事にほのかに和んでいた。

「こんのすけに調べてもらった所この時期この城主の死亡の事実はありませんでした」
「城に押し入った過激派を城侍が撃退したことになってますね」
「大な犠牲が出てしまいましたが歴史抑制力が動き歴史改変までは至ってないようです」
「それって大将、俺たちが歴史を守ったってことでいいんだよな」

主の結果報告に、鈴に搭載されているプロジェクターから資料をくまなくチェックし言葉を紡ぐこんのすけ。城外で見た侍人の痛ましい死体が脳裏に浮かび、半信半疑の薬研。すると陸奥守が悩まし気に口を開いた。

「けんどわからんのう。こんな地方の城一つ駄目にしたち歴史が変わるとも思えん…」
「…では奴らは何故この城を狙ったのか」

陸奥守の言葉に蜻蛉切が言葉を返せば、陸奥守は「はあ…そこぜよ」と深いため息交じりに腕を組む。

プリンセスは何度も任務を遂行してるせいか、その様な事例が幾つかあったことを思い出す。しかし数を重ねると次第にそんな事考えることもなくなり、ただ偶発的に起きた歴史上にない犠牲に何の感情も宿さなくなった自分の冷えた心に自然と悲し気に視線を一点に注いでいた。

「プリンセス」

するとそんなプリンセスの様子に気づいた主が優し気に名を呼ぶ。主の声にプリンセスの瞳が正気を取り戻し揺らぐ。そして瞬時に、顔を上げ、宥める様に微かに笑みを浮かべる主を見つめた。すると主の肩から腕にかけてのホログラムの破損を思わせる歪みが生じた。

「主様!手が!」
「主様!そろそろ本丸に戻らないと!」

更に歪みを増す手。プリンセスは不安げに眉を顰め主を見つめる。こんのすけも焦る気持ちで主を見上げた。すると主は意気こもった瞳を上げた。

「申し訳ありませんが私は時間圧の影響で長くこの世界に留まってることはできません。和泉守兼定、堀川国広、薬研藤四郎、蜻蛉切、陸奥守吉行…あなた達5名を第二部隊とし和泉守兼定を隊長に任命します!」

主は一振り一振り名を呼びながら最後に部隊長を和泉守に任命し、部隊結成を表明した。思わぬ主の発案に「俺が?」と動揺する和泉守に堀川は心の底から嬉しそうに大きく青い瞳を揺るがせた。

「おまんに務まるんかの?」
「ま、少なくともてめぇがやるよりはマシかな」

陸奥守は少々揶揄う口ぶりだが、どこか納得している様子でその顔は無邪気に笑んでいた。和泉守は、どこか誇らしげである。

「では最初の指令を。時間遡行軍が再度この地に現れます。早ければ次の夕暮れまでに。みなさんで歴史修正主義者の企みを暴き歴史を守ってください!」

第二部隊結成初の指令に皆、真摯に主の言葉に傾聴する。そして主は第二部隊の真っ直ぐな表情に安気し、新たな部隊の誕生に喜ばし気な表情のプリンセスに目を向けた。

「プリンセス…ここに残り、第二部隊のサポートをお願いしても宜しいですか?」

主の謙虚に問う口ぶりにプリンセスは一瞬、大きく目を見開き、直ぐに目を細め「勿論です!」と満面の笑みで主からの申し立てを請け負った。しかし、それに「冗談だろ…」と拒む様に憂鬱な表情を浮かべる者が一人いた。

「なんじゃ、和泉守、嬉しいかえ?」
「あり得ねえ!」
「兼さん嬉しそう!」

和泉守に意地の悪い笑みを浮かべ耳打ちする陸奥守。和泉守は即座に否定の声を上げた。更に堀川が、先ほど和泉守とプリンセスの間柄について聞いた故、把握している上か、更に畳みかけると「黙れ!国広」と言葉を荒げた。プリンセスはそんな和泉守を何かと"愛弟子"としているのになあ、と困った様に眉を下げ笑む。

「はっはっはっ、プリンセス殿がいてくれれば心強い!」
「姉御、手柔らかに頼むぜ。」

蜻蛉切も薬研もプリンセスの臨時配属には賛成している様子だった。その様子に主は満足気にプリンセスに笑みを浮かべ、プリンセスもそれに笑みを返した。そして主は天から注ぐ幾つもの繊維を束ねた様に流動する青い光に包まれ消えていった。